第159話/痛みのカケラ
恋は人間を愚かにする。
どれだけ心の悪態をついても晴れることない私に向けられる悪意の感情が辛すぎる。
「きゃー」
私は下を向いたまま、早く時間が過ぎてくれたらいいのにと思っていると女の子の叫び声に驚き、顔を上げる。
よっちゃん達も急な叫び声に反応し、横を向くと私に対し「普通だよね」と言った女の子の頭が水で濡れていた。
そして、今も騒いでいる女の子達の横には美沙がおり…手には空のグラスを持っている。
何で、、と思ったけど、美沙が低い声で「カッコ悪っ」と女の子達に言い、私は見たことのない美沙の怒った表情に呆然とする。
水をかけられた女の子が激怒しながら立ち上がり「何するの!」と言い、手のひらで美沙の肩を強く押す。その瞬間、私は怒りが湧き上がり立ちあがろうとした。
でも、横に座っている梨乃に腕を掴まれ、よっちゃんからも目でダメだと合図をされる。
大事な友達なのに…確かに美沙は突然、相手に水をかけた。でも、それは私の為で、、
「お客様、申し訳ありません!ほら、谷口さん、謝って」
美沙と同じ制服を着た男の人が慌てて、今も怒っている女の子達前に来て謝る。私はやっと美沙がここでバイトをしていることに気づいた。でも、ここは私が知っている美沙のバイト先のカフェじゃない。
美沙は支配人か分からない人に「早く!」と促されて頭を下げ「すみません…」と謝る。
悔しくて仕方なかった。なんで美沙だけと…
でも、いつのまにか周りのお客さん達は美沙達に注目し「喧嘩?」と小さな声でコソコソと話している。
私はやっと今の状況を把握し、梨乃やよっちゃんが私を止めた理由が分かった。
「クリーニング代を弁償いたしますので…」
「結構です!行こう!」
怒ったまま女の子達が帰っていく。でも、ここでクリーニング代を請求しなかったのはきっと早くこの場から逃げたかったから。
「お客様…ご迷惑をおかけしてすみません。ほら、谷口さんも」
「申し訳ありません…」
私達に頭を下げる美沙を見るのが辛く、私は手を丸め必死に怒りの感情を抑えた。
美沙だけが謝るなんておかしいよ。そして、何もできない自分の不甲斐なさが憎い。
きっと、この後に美沙はこの男の人から怒られるだろう。もしかしたら、バイトをクビになるかもしれない。私のせいで…
美沙が上司の男の人と歩いていく。そして、別の店員さんが来て机の上を片付ける。
私は見ているだけで…胸が痛い。
「みんな…出ようか。ご飯は私がお弁当を買ってくるから」
よっちゃんの言葉にみんな立ち上がり、私は梨乃に手を繋がられ歩き出す。
人生は山あり谷ありと言う。楽しいこと、苦しいことが交互にあるのは分かっている。
でも、こんなの不条理だ。私も一緒に謝りたいのに何もできない。
私は売り出し中の新人アイドル。ここで問題を起こすのはまずいし、映画の撮影をしているからこそ動けずにいる自分がいた。
私はいつも美沙に守ってもらってばかりだ…
私はいつも何も出来ない…
松本梨乃.side
みのりと手を繋ぎながら店内を歩き、みのりと同じぐらいの苦しさと戦う。
みのりはきっとめちゃくちゃ辛くて、悔しいと思う。何もしていないのに、陰口を叩かれて…敵意を向けられて。
でも、一番辛いのは谷口さんのことだろう。みのりは友達の谷口さんが自分のためにしたことに対し、何も出来ずにいる自分を悔いている。どうなるか分かっているから…
私だって悔しい。みのりは何も悪くないのにみのりが落ち込むなんて馬鹿げている。
美香も由香里も怒った顔をしており、みんな納得なんてしていない。
なぜ、芸能人だからといって我慢しなきゃいけないの?無抵抗の人を叩くのは虐めじゃないの?なぜ、愚かさが分からないの?
みのりは必死に我慢をしているけど、目には涙を溜め…我慢と怒りで体が強張っている。
ドラマに出る前はこんなこと一度も無かった。ファン以外、誰も私達のことを知らないから敵対視と言う言葉は無縁だった。
変わっていく周りの環境。グループの影響力が大きくなればなるほど更に変わっていく。
良いこと、悪いこと…この2つを受け入れ、止まることなく走らないといけない。
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