第127話/まだら模様の光

休みのない日々が続く。でも、私は仕事が楽しいから休みなんていらない。

そのせいで、美沙には会えてないけど今が頑張りどきだからドラマの撮影が終わるまでは仕事に集中すると決めている。


ドラマの撮影、個人・CLOVERとしての雑誌の撮影と取材、ライブで最近寝不足だけど大丈夫。私は体力には自信があるし、やっと掴んだ仕事に手は抜けない。

大学受験の勉強もコツコツとやり、頭が痛い時があるけど頭痛薬を飲めば治る。


今日はライブの日で一度、事務所に集まってよっちゃんが運転する車でライブハウスに向かう。だから、あと少し我慢すれば大丈夫。

事務所の最寄り駅まで15分。電車の壁に寄りかかりながら目を瞑り、頭と体を休ませる。


少しだけ疲れが溜まっており、頭痛薬を飲んだけど頭が痛い。

最近、ベッドで寝ると爆睡で移動の車の中では私と梨乃は常に寝ている。


アイドルとしての仕事が無く、ずっとバイト漬けだった日々が懐かしい。

私と梨乃に気を使って美香と由香里が静かに会話してくれているから有難いし、2人が大人になったなと改めて思った。


「あの…藍田さんですか?」


目を瞑り、体を休めていた私に誰かが声を掛けてくる。目を開け、前を向くと制服を着た高校生の女の子達だった。

モジモジしながら私を見つめ、声を掛けたのはそっちなのに2人の世界に入り「やっぱり、藍田さんだった」と騒がないでほしい。


まだ、駅の構内だったらいい。でも、電車の中で声を掛けられてしまうと他の人に注目されてしまうし逃げられない。

別に逃げないけど…こんな風に周りから注目されるのが苦手だ。だって、みんながみんな私を知っているわけじゃない。


「あの…握手してもらってもいいですか?」


「あっ、はい」


疲れた体を動かし、頭痛がする頭で色々考え、必死に笑顔を作り握手をする。


「ドラマ、見てます!私、早月が大好きで…あゆはるが好きなんです!」


「嬉しいです」


電車の中での会話は基本マナー違反だ。でも、そんなこと女の子達は気にしない。

自分の価値が上がった証拠だけど、体調が悪い時はしんどくて心が黒くなる。

笑顔が引き攣る。でも、マスクをしているから良かった…苦笑いがバレない。


ドラマに出る前は一度も声を掛けられたことがない。ファンしか知らない地下アイドルで、知名度なんて皆無だった。


体と心に余裕がないと感情が昂らない。やっと、名前を覚えてもらえたのに贅沢な悩みで、同じ同業者の人に怒られるだろうね。

変わってよと、私だったらもっと上手く対応できるのにって。


体を休められると思った15分。降りる駅に着くまで、疲労とストレスが蓄積されていく。

しばらくして2人がやっと私を解放してくれた。だけど、2人の視線は私に向いたままで、他の乗客の視線も私に向いている。


これは何の仕打ちなの?私を見ても何も起きないし、私からさっきの高校生に話しかけることはない。



そういえば、愛がこんなことを言っていた。芸能界に入ってプライベートがないと。


愛はずっとこんな感じなんだね。常に色んな人から見られ、どれだけ疲れていても森川愛を演じないといけない。

華やかな世界の代償。愛が凄いよ。19歳で人気女優で…


でも、だから愛の瞳の奥は曇っているのかな。笑顔とは対照的な闇がある。

愛と私は似ている。心の奥底に闇を持っており、今まで笑顔で誤魔化してきたものが沢山あり、我慢してきた。


奥底に隠れているダークな部分が破裂した時、人はどうなるのかな?

闇がその人を飲み込むの?

それとも、見た目上は変わらない?


疲れた…早く逃げたい


痩せ我慢していた疲れがピークにきてしまったのかもしれない。やっと駅に着き、フラフラと電車から降り歩いているとまた後ろから声を掛けられる。


「みのり、同じ電車だったんだね」


振り向くと梨乃がいて…涙が出そうになった。ヒロイン役の梨乃は出番が多く、私よりハードな仕事をしている。


だからこそ、今の自分が情けない、、


「えっ、、みのり」


私より忙しい梨乃、愛、高橋君など…みんな頑張って踏ん張ってやっている。

逃げたいって思った自分が不甲斐ない。私は自分だけが大変だと逃げていた。


「どうしたの…」


「大丈夫。この涙は嬉し涙だよ」


「みのり…」


一筋の涙が流れたけど、ちゃんと自分と向き合えた結果の涙。ほら、自然と笑顔になれた。


「甘いもの食べたいな…梨乃、コンビニ行こう!プリン食べたくなった」


「うん。私も甘いもの食べたい」


大切な仲間が切磋琢磨していると、自分も頑張ろうと鼓舞できる。

この華やかな世界を生きるには強くならなきゃいけない。さっき私に声を掛けてきた女の子達が「あゆはる!」と騒いでいるし。


私は梨乃にそっと声を掛け、後ろを振りむく。梨乃と一緒にその子達に手を振り、芸能人としてパフォーマンスをした。

私はもっと上に行きたい。高橋君や愛は遥か高みにいる。

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