第89話/真っ赤な林檎のタネ

私が芸能人だと実感できる1日。自己紹介の時は緊張したけどワクワク感の方が強く、テレビで見ていた人が目の前にいて、人が沢山いて私のテンションが上がる。

やっと、アイドルになりたくて、将来女優になりたくて頑張ってきた日々が報われる。


衣装が置いてある部屋に入り、私は衣装の制服に袖を通す。19歳(今年20歳)だけど、まだ制服は大丈夫そうだ。

この制服は私が通っていた高校の制服と似ており、私はリアルで過ごした高校生活とは違う高校生活をこれから過ごすことになる。


制服を着ると背筋が伸びる。制服姿の私は藍田みのりではなく鮎川早月なのだ。隣で同じように制服を着る梨乃。梨乃も制服姿がよく似合っている。

それに、ヒロインの佐藤小春そのもので漫画から飛び出してきた小春に会えた。


制服を脱いだ後、一度体の寸法を測り私はスタイリストの人にお礼を言う。

初めて尽くしのことに緊張するなと一息ついていると森川さんとまた目が合った。

テレビで見ていた女優さんと初めての大きな仕事で共演をするなんて夢みたいだ。


私はまた会釈すると、笑顔で会釈を返してくれて私も笑顔になる。遠い存在だった人が近くに感じられ、私に笑いかけてくれた。

年齢も同じで、仲良くなれたらなと思っていると梨乃が私の服の袖を握ってくる。

拗ねた子供みたいな顔で今日の梨乃の表情が豊かで、これは梨乃なりの自己表現。


梨乃は美香や由香里と仲良くなるのに時間がかかった。私とはすぐに仲良くなったけど、よっちゃんとも打ち解けるまで時間がかかり、内気な性格は今も変わっていない。

今の梨乃の心情はきっと、私を置いていかないでという不安の現れなのかもしれない。


この場を和やかにするため、悪戯っ子みたいな感じで梨乃の頬を軽く抓ると「もうー」と笑顔で私の手を退かそうとする。

私は3人で仲良くなれたらいいなと思っている。梨乃は自分からいけないタイプだし、梨乃を早月のように支えてあげたい。


私は梨乃の手を握り、大丈夫だよと意思表示をする。一緒に頑張ろうと思いを込めて、握っている手に力を込めた。





森川愛.side


オーディションで初めて出会った松本梨乃ちゃん。一緒にオーディションを受け、私は確信していた。この子が受かると。

そして、思った通り受かりやっぱりだと思った。ヒロインの佐藤小春にピッタリのイメージだし、演技も上手かった。


ただ、1つ気になるのは監督とプロデューサーが松本さんを最初から意識していたこと。

既に売れっ子なら分かるけど、松本さんはまだ駆け出しの子だ。調べたら今度、アイドルとしてメジャーデビューすると書いてあった。

だから接点なんてって思っているけど、芸能界はどこで繋がりがあるか分からない。


まさにそう思ったのが鮎川早月役を演じる藍田みのりちゃんの存在だ。

この子も松本さんと同じグループのメンバーで最初、バーターか事務所のバックアップと思ったけど藍田さんの雰囲気が鮎川早月そのもので受かったのも納得である。


私はオーディションのために漫画本を読み込み、鮎川早月が大好きになっていた。

2人は私と同い年で、仲良くなれたらなと何度も見てしまい、早月役の藍田さんと目が合ったとき嬉しかった。


芸能界はライバルだらけだ。時には友達もライバルになり競わないといけなくなる。

2人が羨ましい。同じアイドルグループの2人には私が簡単に入れない絆がある。

特に松本さんと藍田さんの距離感が近く、私は上手く話しかけられるか不安になった。


2人の繋がれた手をジッと見つめ、疎外感を受ける。まだ出会ったばかりだけど2人の空気感は特別な何かを彷彿させる。



事務所から今が大事な時だからと恋愛禁止されている私は妄想の中で楽しむ癖がある。

2人が小春と早月みたいな関係性だなと考えると勝手に口角が上がっていく。

漫画で見ていたあゆはるのコンビが目の前にいる。原作好きには堪らないリアルだ。


って、いい加減妄想から抜け出さないといけない。原作が好きすぎてのめり込みすぎた。

私は女優の森川愛に戻り、スタイリストの人にお礼を言う。今は仕事の時間だ。

だけど、羨ましさが募る。仲が良すぎる2人は一度も離れようとしない。


いくつもの恋愛ドラマや映画に出演して、主人公やヒロインを演じてきたのに、リアルでは今も恋に恋をする女の子だ。

恋に憧れる私は2人をジッと見つめる。いいな…と本音がいつのまにか口から出ていた。


漫画の中では森田翔平は佐藤小春に矢印が向いており、小春はきっと鮎川早月に。

早月の矢印は誰に向いているのかな?やっぱり小春?凛は誰が好きなんだろう?

明るく、性格的にみんな好き!ってイメージの子だから矢印が分かりづらい。


私はみんなを振り回し、掻き回す久保田凛の役が気に入っている。だから、小春の役がダメだったら絶対に凛を演じたかった。

久しぶりにドラマの撮影が楽しみになってきた。友達になりたいと思える人達に出会え、私の心は高揚感で浮き足立っている。

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