第86話/身勝手なサブリミナル

カラフルな世界の中で踊る私達は紛れもなくアイドルで、憧れていたアイドルに一歩近づいてきた。

でも、芸能界は非情で残酷だから、落ちないように頑張らないといけない。売れなければ解散なんて当たり前の世界だ。


私は下克上をしたい。私を落としたグループに並ぶために。そして、抜いてみせる。グループとして、個人として。

ダンスパートを何パターンも撮り、最後にリップシーンを撮り、みんなでスタッフの人達にありがとうございます!と頭を下げた。


私はリーダーとして美香や由香里に挨拶だけはきちんと教えてきた。挨拶は芸能界で最も重要だし、これからどう関わるか分からないスタッフに好印象を持ってもらうことは大事なことだ。これもイメージ戦略。


撮影を終えた私達は最後まで色んなスタッフの人に挨拶をしスタジオを後にする。

よっちゃんとMV楽しみだねと話しながら控え室に戻ると、みんな緊張と何回も踊ったせいで疲れており椅子にすぐに座った。


私は休憩がてらに携帯でSNSを見ているとCLOVERの公式SNSに私と梨乃が車の中で寝ている姿の写真があり苦笑いする。

よっちゃんはいつの間に撮ったのだろう…と思ったけどファンからの反響がよく、梨乃にキスされて以来みのりの人気は鰻登りだ。


きっと、ドラマの発表がされたらもっと反響がくる。意図をせずみのりの人気が上がり、あれだけ梨乃に迷惑をかけたくないと悩んでいた時期は何だっただろうと思える。


梨乃って…


梨乃に頬にキスをされて、梨乃の私の中のイメージが変わっていった。もう大人しいってイメージはあまりない。

美香や由香里みたいに活発ではないけど、19歳らしさがちゃんとあって、やっと等身大の梨乃を見たのかもしれない。


下ばかり向いていた梨乃はもうおらず、憧れていたアイドルの仕事を満喫し楽しんでいる。

私も今が楽しい。やっとアイドルとして人生を満喫している。きっとメディアに出れるようになったら見ている景色がさらに変わる。


細かい文字を見ていると眠くなってきた。毎日コツコツと大学受験に向けて勉強をし、睡眠時間が少ないけど、頑張ってお肌に影響がないようにしているけど睡眠不足は否めない。

さっき、車で寝ていたけど寝足りず瞼が下がってくる。部屋が暖かいし私を夢の中へ…


「みのり」


「えっ、、何?」


「そろそろ着替えよう」


「あっ、そうだね」


梨乃に声を掛けられ、眠たい目を擦る。今日ぐらいは早く寝て睡眠不足を解消しないと仕事に影響が出そうだ。

ずっと眠そうな私を気にしている梨乃は私の手を取り「行こう」と連れて行ってくれる。私は重い足取りで梨乃と手を繋ぎ歩いた。


既に私服に着替えた美香と由香里は机の上に置いてあるお菓子を手に取り食べている。

元気だなと2人を見ながら梨乃と歩き、カーテンを閉め私服に着替える。


よっちゃんに「帰るよー」と言われ、鞄を持ちドアに向かう。梨乃と横並びに歩きながら疲れたねと言い合い、駐車場に向かった。

めちゃくちゃ寒い…地下駐車場は当たり前だけど建物の中とは天と地の差があるぐらい寒く眠気が一気に飛んでいく。


寒さで縮こまりながら歩く私に対し、梨乃が私に腕を組んできて少しだけ梨乃の温かい体温が伝わってきた。

冬は嫌いだけど、梨乃がいる限り人間ホッカイロで温めてくれるなとおかしな考えをする。


でも、寒がりの私がよく眠れる日は美沙とお泊まりする日で、美沙が私を温めてくれるから深い眠りにつける。

暖房や炬燵の温かさとは違う、人の体温はきっと人間がよく眠れる温度なんだろう。


私はポケットから手を出し梨乃の手を握る。梨乃の手は…腕を組んでいたせいで冷たかったけど癒しを感じれる。

手を繋いだまま歩き、車に乗り込んでも手を繋いだままにした。私の癒しの時間だ。


梨乃もぎゅっと私の手を握り、私の肩に頭を乗せる。駅に着くまでの短い時間だけど少しでも体と頭を癒したい。

美沙に会える時間がない分、代わりに私は梨乃で心の休息をとっている。

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