第27話/マイペース・マイウェイ

今日の梨乃はどうしたのだろう?電車の中でも私に引っ付き、私との距離が近い。

人が多いから仕方ないのかもしれないけど、私に抱きつくように引っ付いている。


私は吊り輪に掴まり、ボーッとしていた。電車の中は頭を休める時間だ。

でも、電車がガタンっと揺れる。吊り輪に掴まってなかった梨乃は「キャ」と言いながらバランスを崩し私に寄りかかってきた。


この光景は電車あるあるで、私が梨乃を支えることができて良かった。

私の服を掴む梨乃の腰に手を回し、もう梨乃がよろけないよう固定をする。


「梨乃、またバランス取れなくなったら私に寄りかかっていいからね」


「うん…ありがとう」


満員電車は体や頭が休まらない。せめて窓から景色が見れたらなと思いながら、家の最寄りの駅まで無の感情になり我慢する。

明日は夕方からレコーディングだ。梨乃と一緒に練習をしないといけない。


頭の中でデビュー曲のサビをループする。

Kiss Me Kiss Me

遠くにいる貴方を振り向かせる


この歌詞の貴方の意味は好きな人になるけど、私はセンターという立ち位置を意味する。

私は好きな人を振り向かせたい。


梨乃の首筋から甘い香りがしてきた。美沙と同じ果物の香り。爽やかで甘い香りだけど美沙とは違う果物の香りだ。

美沙が葡萄だったら梨乃は林檎だ。2つとも私の好きな果物の匂い。


いい香りだなと思っていると梨乃と目が合う。いつもだったらすぐに目を逸らすのに今日はジッと私を見つめてくる。

梨乃の変化になぜ?が浮かぶ。デビューするから心情の変化なのだろうか?


梨乃はもっと明るい性格だったら、もっと早くオーディションを受けていたら、もっと早くアイドルになれていた。

中学の時の苛めが梨乃に自信を無くさせた。きっと、梨乃は自信をつけたらもっと光る。


今も可愛いけど、まだ原石。きっとこれから磨けば宝石のように光り輝く。

私は最初から完成されているアイドルより、原石が磨かれ輝いていくアイドルが好きだ。


成長過程を見るのが好きなのかもしれない。綺麗になっていく推しメン。

なんて事を梨乃に当てはめる。アイドル好きの私は梨乃が磨かれていくのを見たい。

私もアイドルなのに変な感情だね。


梨乃はきっと恋をしたら一皮剥ける。私は恋愛不適合者だから無理だけど、梨乃は恋に憧れているから変わるだろう。

梨乃が羨ましい。私のこのドライな性格はきっとずっと変わらない。


「みのり…」


「何?」


「みのりの目って、ずっと見つめていると惹き込まれそうになる」


「引き込まれそう?梨乃が私の目の中に入るの?そんなに目力あるかな?」


梨乃が私の言葉に苦笑いする。何か間違ったことを私は言ったのだろうか?

諦めた顔をし、私と梨乃の視線が外れる。梨乃の態度に不思議に思いながら、私は聞きたかったことを思い出し聞くことにした。


「あっ、そうだ。梨乃、バイトどうする?」


「そうだね…どうしようか?」


明日も朝から夕方までバイトだけどこれから先、デビューに向けて忙しくなるためバイトの時間が取れなくなる。


これを機にバイトを辞めた方がいいのかもしれない。どうせ、バイトはすぐに辞めれないし1ヶ月後だったら丁度いい。

まだ、アイドルとしてのお給料じゃ厳しいけど節約したらいける気がする。


「梨乃。私、バイト辞めるよ」


「じゃ、私も辞める」


「暫くは節約の日々だね」


「だね。でも、この前みのりとパンケーキ食べにいけて良かった。最後の贅沢できた」


大きなステージで歌えるアイドルにならなければ色々と苦しい現実が続く。小さな贅沢も我慢しなくてはいけないお給料事情だから。

売れないとどれだけ憧れたアイドルになれても地獄だ…私は今の生活から脱却したい。


駅から家までの道のりで冷たい風を浴び、寒がりの私の体は冷え切っている。やっと、家に着き梨乃に先にお風呂に入るよう伝えた。

ライブで汗もかいているし、梨乃にも冷たくなった体を早く温めて欲しかった。


でも、梨乃は首を振る。私に先に入ってと言い、頑なにお風呂を拒否する。


「梨乃はお客さんだから先に入って」


「みのり、寒がりじゃん。だから、先に入っていいよ」


私達の間で言葉の押し問答が続く。梨乃は頑固な所があるからきっと引かない。


「じゃ、一緒に入る?」


「えっ、みのりと…」


女子校出身とか関係ないかもしれないけど、私は友達とお風呂に入る事を気にしない。

梨乃と一緒に入ったことはないけど、もしかしたら梨乃は誰かと一緒にお風呂に入ることが苦手なのかもしれない。困惑している。


「やっぱり、梨乃が先に…」


「一緒に入る!早く…入ろう」


梨乃に腕を掴まれ「早く入ろう」と急かされる。私はお母さんにお風呂に入ることを伝え、脱衣所で梨乃と2人で服を脱いでいく。

恥ずかしそうに服を脱ぐ梨乃はやっぱり人とお風呂に入るのが苦手みたいだ。


冬のお風呂は気持ちいい。2人で入るから足は伸ばせないけど湯船に浸かれるだけで体が休まるし癒される。

だけど、梨乃が気になって仕方ない。下ばかり見て表情が暗く、後悔する。梨乃に無理強いをさせたみたいだ。

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