第22話/君は輝くButterfly

私に抱きついて寝ている美沙からそっと離れベッドの上から降りる。

美沙を起こさないように起きるのは慣れたもので、足音を立てず窓の方へ歩き、音を立てないようカーテンを開けた。


陽の光が眩しく、今日も1日が始まるなと思いながら腕を上げ伸びをする。

美沙に抱きつかれながら毎回寝るから起きたとき体が固まっていて、パキパキと鳴る体を解きほぐすための恒例の行事だ。


「みのり〜」


「こら、重い」


静かにストレッチをしていると、いつのまにか起きた美沙が私の背中に抱きつく。美沙の突然の行為に冗談で重いとあしらったけど…昨日はこの温もりに助けられた。


「みのりは相変わらず起きるのが早いね」


「これから仕事だからね」


「大人だな」


私は全く大人ではない。バイトをし、まだメジャーデビューもしていない地下アイドルで、優良な娘から落ちた不良債権だ。


「美沙は大学でしょ」


「うん。一度、帰らなきゃ」


「ほら、だったら着替えようよ」


「えー、もう少しみのりを感じたい」


「こら、動けないでしょ」


美沙が甘えてくるから着替えられず困っていると、更に私を抱きしめる力が強くなる。

意地でも私を離したくないみたいで、後ろから「ふふ」と聞こえるから遊んでいる。


美沙は良い子だけど時々こうやって私を困らせる。子供みたいに私で遊ぶ。

だけど、遅刻は厳禁だし、リーダーとして美香に遅刻しちゃダメだよと叱ったばかりだ。


「美沙、遅刻しちゃう」


「ちぇ」


「ほら、大学に遅刻するよ」


「分かってるもん」


駄々っ子のように拗ね、やっと離れてくれた美沙。そんな美沙を叱ることが出来ない私はやっぱり甘いなと自覚する。

美沙にはきっと勝てないのだ。勝てる自信もないし、簡単に勝負を放棄してしまう。


「着替えよう」


「みのりが着替えさせて」


「やだよ。自分で着替えて」


「ケチ」


「ほら、早く」


美沙を置いて1人で出掛けてもいいけど、美沙が拗ねるのが分かっているから急かす。置いていったら拗ねて大学をサボりそうだ。


「美沙、ご飯食べる時間なくなるよ」


「やだー。でも、着替えるのが面倒い」


「仕方ないな。前、開けるよ」


駄々を捏ねる美沙に根負けし、私は美沙のパジャマのボタンに手をかける。2つ程外し終わった時、美沙に耳元で「みのりはもっと自分を知った方がいいよ」と言われた。


どういう意味だろうか?結局、さっきの言葉の意味が分からないままボタンを全部外し終わった後、美沙に「ありがとう」と言われ、美沙は自分で着替え始めた。


昨日から私は美沙の言葉に惑わされる。だけど、悩む時間なんてない。早く着替えて、ご飯を食べ、出る準備をしなくてはいけない。



あっ、昨日から放置していた携帯によっちゃんから「頑張ろうね」とLINEが来ており、返事が遅くなったけど返した。


昨日の私から脱却する。美沙のお陰でモヤモヤも無くなったし、前を向けている。

もう悩まないと意気込む私に着替え終わった美沙が畳んだパジャマを私に「洗濯よろしくね」と渡してくる。


美沙用のパジャマを受け取った私はパジャマと美沙と一緒に洗面所に向かった。

洗濯カゴに2人分のパジャマを入れ、美沙と一緒に化粧と髪を整えながら身支度をする。


私も美沙も悩み事があってもこうやって新しい自分になるため、化粧をしてきた。

辛いことも隠してきて、化粧は武装と一緒だ。新しい自分になるために変化する。


化粧をして更に綺麗になった美沙は無敵に見える。きっと、恋愛以外では無敵の子でだからこそ私を困らす。

肝心な恋愛が最弱で泣いているから。でも、立ち直りも早く、苦笑いしてしまうよ。


美沙は私と同じ恋愛不適合者で恋愛が最弱で、幸せな恋愛が出来ていない。

私は恋愛に興味がなく、今まで流されてきた。恋愛なんてどうでもいいから。


「みのり、終わったよー」


「私も終わったよ。ご飯、食べよう」


「うん!」


まだ、私達は19歳。もう、19歳。《まだ》と《もう》で言葉の意味が変わる。

美沙はきっとまだの方だろう。私はもうの方で、だからこそ美沙はいつも余裕がある。


美味しそうに朝ご飯を食べる美沙をお母さんは笑顔で見つめる。優良友達だから。

私はこれから仕事で美沙は大学。まだ、1年生だから先は分からないけど、きっと美沙は大手の商社に入社するだろう。


これからはもっと私と美沙の間に差が生まれる。同じ高校出身なのに、私は常に未来が不確定でどうなるか分からない。

美沙はエリートという道が確定している。


美沙だけが天空に羽ばたき、翼がない私は地面から離れられずもがいている。

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