2ー2


 発汗し呼吸が荒くなる不良。変態だ。じゃなく大変だ。


「どうした、タケっち?」


「いや、なんでもない」


 かと思えばピタリと止んでいい笑顔。大変だ。変態だ。


 なるほど。


「じゃあ、そろそろお暇するね? これ以上遅くなっても迷惑だろうし……」


「ハハハ、俺とお前の仲で何を今更。泊まってけよ? 遠慮するな」


 浮かびかけた腰に反応して肩を掴まれる。万力のようだ。ふむ。なんだそれ?


「必死か。離せ、推しアニメの生視聴を逃してしまう」


「さっきまで帰るつもりゼロだったろうが! いいから座れ! 直ぐに済む……!」


 ……これは、ヤバい。タケっちがいつになく必死だ。なんだ? なにが起ころうとしてるんだ?


 このトントンからパタパタに変化した足音が原因なんだろうけど……多分八千代ちゃんでしょ? なにビビってんの? 未だに続く兄いびりからのトラウマでも生産してるんだろうか?


 タケっちの家庭内ヒエラルキーが泣ける。


 それはノックもなく唐突に開けられたドアからも察せられる。


「お兄ちゃん、ご飯できたよー」


 現れたのは、予想通りの八千代ちゃん。


 玄関で会った時はセーラー服姿だったが、今はティーシャツ短パンと家服姿の上にエプロンなんてつけちゃってる。髪もポニテに纏めて気合十分。機嫌もいいのか鼻歌でも歌い出しそうな笑顔だ。もしかしなくても料理は八千代ちゃんのお手伝い付きだろうか?


 可愛い妹の手料理とか羨ましい。タケ氏、ねばいいのに。


「あ、大洋さん! お久しぶりです!」


「うん、久しぶり」


 一時間さっきぶり。


「良かったら……ご飯、あの……食べていきませんか?」


「いいの?」


 神様ありがとう!


「はい! 両親が急な仕事とかで出ていってしまったので、このままじゃ余っちゃうから、大歓迎です!」


「じゃあ……」


 今日のカロリーを考えると、夕飯が二食になろうとなんでもない。男子高校生的に普通。嬉しい。


 しかも可愛い妹女子中学生の手料理。合法だ。嬉しさ十倍。


 二つ返事で返そうとした刹那。



 ……タケっちの拘束が緩んだ……だと……?



 気のせいかマテリアル濃度が濃い……。星が死滅してしまうレベル。発生源はなんだ?


「……お呼ばれ、しようかな……」


 しかし集中力散漫だったためか考える時間が足りず流れのままに返事をした。よせ。間違ってない。笑うな、タケっち。


 一人静かに笑みを浮かべる武居家長男を訝しげに思うも、ここで八千代ちゃんの気分を害すのもよくないと本能が告げているので表情を隠す。


 全員が笑顔。全員が英雄。一人が犠牲者。そんな空気。修羅場。


「はい! それじゃあ下で待ってますので! 手を洗ってから来てください!」


「……うん。直ぐに……」


 なんだ……俺は何を見逃している?


 閉まる扉にパタパタという足音。聞く分には近づく時より軽く感じられるそれが十分に離れたことを確認してタケっちを振り返る。


 いい笑顔だ。


「マジきめぇ」


「おいおい、酷いな親友」


 アメリカ人ばりのリアクションを取るタケっちから、自分が決定的な間違いを犯したことを知る。


 待って待って、本気でなんだ?


 おばさんの手料理は本気で美味い。うちの母ちゃんより美味い。言ったら三食調味料になるから言わないけど。


 そこに女子中学生成分なんて入ろうもんなら二度美味しいだろ?


 妹所持者特有の「妹はそんなにいいもんじゃねえ」とかいうあれか? それはポーズだって証明されたじゃないか。  


 ハハハがhahaha! に変化し始めたタケっちを放っておいてゲームの電源を切る。セーブしてないので戦績が無効。しかし笑いは収まらない。


 もはやポーズなのか本当に壊れてしまったのか分からない親友。


「じゃ、逝くとするか! 楽しい最後の晩餐に!」


「うん……」


 ガッシリと肩を掴まれた。きもい。


 ……なんだ? タケっち的にも俺のせいでおかずが減るのは歓迎しないはずなのに……この『絶対に逃さない……絶対にだ!』感。


 部屋を出て、階段を下りてるにも拘らず脳裏を過る十三階段。死刑執行人よろしく肩を掴む親友クズ


 タケっちの家は玄関から直ぐのところにキッチンがない。うちとは違う構造。



 ――なのに鼻をつくこの異臭。



 目が?! 目があああ?!!


「た、たけ……」


「黙って歩け」


 タケっちは涙を流しながらも笑顔だ。いや、目、痛いんじゃないの? 無理すなや。


 しかし警告を聞き入れるより俺を連行することを選んだのか、ズルズルと首を引っ掴んでリビングの扉の前へ……普通に酷い。


 地獄キッチンとびらが蓋開く。


 そこにはあの世に相応しい光景と防毒マスクをした八千代ちゃん。獄卒かな?


「どうぞー! ちょっと失敗してしまったのもあるんですが……味は大丈夫、自信作です!」


 むしろ頭大丈夫? って聞きたい。


 テーブルに用意されているのは黒のサバト。


「これがシチューでぇ、これがカレーです!」


 どっちも黒いや。


 メニューの内容よりも色がね……うん。


 喜々として……いや鬼気として説明を続ける八千代ちゃんに足が震える。品数もおかしい。


 え? ……うん? …………え?


「どうぞ、めしあがれ!」


 これを食えと?


 遠くに聞こえる啜り泣き。泣いてるのはタケっちか俺か……。



 いや両方だな。

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