7ー5
ブラフだ、ブラフに違いない。
箱と手紙を折りたたんでゴミ箱に突っ込んだ瀬戸先生は、そのまま器材の片付けを指示して授業を終えた。
教室へと帰る群れに溶け込みながらキョロキョロと周りを見渡してしまう。挙動不審。
絶対にバレる訳がない。
鍵の掛かった部屋の中に、たまたま人が隠れられそうなダンボールがあっただけで、その姿を見られたわけじゃないのだ。
俺が居たという証拠も残してない。
高城さんの疑いなんて、気のせいで済むような微かな物音を聞いただけじゃないか。
実際に居たけど……聞いたけど!
個人の特定ができる要素がまるでない!
待て待て。
落ち着け! わーい!
結論は出てるじゃないか……!
ブラフ、つまりハッタリだと。
化学室なんてどのクラスも使うんだし、意味ありげな文章を書いて揺さぶってるだけで犯人の特定どころか居るかどうかすら分かってないって!
でも怖い!
仮に……もし万が一だが、本当にあの時間あの場所に俺が居たと分かっているのなら……。
いやないよ。
なななないよ! 大丈夫! 助けて!
押し切るんだ……!
精神的に揺さぶってるだけにしろ疑いを持たれているだけにしろ、まだ確証には至っていない筈!
そう! だってまだ生きてる! 不思議。
やってやるぞ……!
このまま知らぬ存ぜぬを通して彼女から隠れきってやる!
かかってこい! 俺は逃げも隠れもしない!
決意を新たに教室の扉をくぐる。
当然だが、特にダンボールなどが置かれてるということはなかった。
それに一安心しつつ、表情に出すことなく自席に座る。
ドキドキしながら机の中を弄る。
持論への確信を得るためだ。
机の中には、教科書、漫画、ノート、筆記用具、電子パッド、バールが入っていた。
変な物はないな。
深く静かに息を吐き出す。
やはり個人の特定は出来ていないようだ。接触を告げるような物は入っていなかった。
それどころかクラスの特定も出来ていないと見ていい。
俺ならクラスの教卓の上にダンボールを置くからな。
その上で机の中に手紙を入れる。
それで完璧。
精神的に
いや取られちゃダメだ。
しかしあれだけの毒を心中に溜める女子だ。それぐらいのことはやりそう。
やられてないということは、バレてないという逆説。
とにかく安心を得たい精神状態。
「あーーー!」
そんなことを考えていたら背後から声が上がった。
チラリと振り返った視線たちが俺に刺さる。
違うよ? 俺じゃないよ?
更に後ろだとばかりに俺も振り返る。
そこには抱えていたプリントを床に撒く女子の姿があった。
なかなか奇抜な趣味ですな。
「落としちゃった……」
そうだったのか。それは気付きませんで……。
なんでそんな目で見てくるの?
バッチリ目が合ったのはクラスメートの女子生徒。女子グループの中では一番派手で目立つところの一人。全力で青春してる系女子。
肩に掛かる髪は軽く内巻き。薄い化粧とパッチリとした目は愛嬌があって可愛い。爪にも髪にも色が入っていて「地毛でーす」で通してるのを見たことがある。名前は……うん。あれだ。個人情報保護の観点だよ。覚えてないわけじゃないよ。
今も『やっちゃった、てへ』系の視線をあざとくよこす女子生徒に、逃げ出すために軽く浮かしていた腰を動かして応える。
つまり床に散らばったプリントを拾い集める。
「わお、ありがとー。まさか手伝ってくれるとは」
いや、そういう目で見てたじゃん。
腕に残っていたプリントを先に後ろのロッカーの上に置く内巻きさん。
その間にプリントを集め終わる。
実質拾ったのは俺だけですね。分かります。
「サンキュー。……。あ〜っと、あの、あれ。……あれ? ごめん、名前なんだっけ?」
クラスメートの名前も覚えてないのか! なんたる鬼畜! 鬼! 畜生!
受け取ったプリントを重ねながら「あれ、あれだ!」と指を突き付けてくる内巻き。
指差すな。
「う〜ん、あ! 低田! 低田だ!」
「呼んだ?」
「うえ?!」
プリント拾いに参加していた鈴木くんが茶化しながら自分の集めた分を内巻きに渡す。
「あんた鈴木じゃん」
「おう」
「じゃあやっぱりこっちは低田でしょ? なんで返事しないのよ」
なんでって言われても。
「うかつに返事したら吸い込まれるから……」
「それ知ってる! ……なんだっけ?」
天然かな?
そんな会話で癒されてる場合じゃないのだ。
鬼に存在がバレてるかどうかに思いを馳せなきゃいけないのだ。
それが隠れんぼ。
そもそも二年になってから知った顔の名前を覚えてないのはしょうがない。うん。しょうがない。まだ短いつきあいだから。僕らこれからお互いをよく知っていくべきだと思うんだ。
なので携帯の番号……とは言わない。
体に関する数字を三つ教えてくれたら、それで。
「まあいっか。ありがとね、低田」
「うす」
「あはは、うッスだって! なにそれ〜」
「知らないの? モチつくる時に杵で付くやつだよ」
「それはお餅でしょ」
……本当だ!
「モカー」
そこでクラスで一番華やかなグループから内巻きに声が掛かった。
「ほーい」
それに手を上げて応える内巻き。
「そんじゃね、低田。これ四時間目に使うらしいから、飛ばないように見といてね?」
ポンポンとプリントを叩きサラッと仕事を振って自席へと帰っていく上位カースト。
思わず鈴木くんに視線を向けたら逸らされた。
会話代が高ぇよ、ここ……。
流石は現役女子高生である。
頼まれた仕事に従うのが底辺。
故にロッカーから辞書を取り出して、それを重しにプリントの上に置いた。
これ飛んだら責任は俺にあるんだろうなあ。
やはり何事も、見て見ぬ振りが正解なのだ。
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