5章「紅音が視る未来」
51話「家族」
「あれ、四宮くん忙しそうだね」
「あ、白川先輩お疲れ様です。今度の文化祭の準備でちょっと」
ある日の放課後。
学校は今週末に行われる陵南祭の準備で、いつもより残っている生徒が多かった。
俺もその例外ではなく、クラスでやる縁日の準備のため近くのスーパーでビニールプールを買って来たところだった。
白川先輩も、両手に大きなビニール袋を持っている。
どうらや何処かへ買い出しに行った帰りのようだ。
「あはは。お互い大変だね。僕も、クラスの買い出しでさ。四宮くんのクラスは何をするの?」
「俺のクラスは縁日ですね。って言ってもヨーヨー釣りとか、射的とか輪投げとか……そういう簡単なやつですけど」
「あー、縁日ね。意外と準備が大変なんだよね。ウチは焼き鳥屋をやることになったんだけど、準備が買い出しくらいだから進みが遅くてね」
「……焼き鳥屋、ですか」
「ん?どうかした?」
「…いえ、なんでも。先輩も大変そうですね」
焼き鳥屋は確か、ウチのクラスの第二希望だったと思う。
つまり白川先輩のクラスにくじ運で負けたということになる。
なんてことを考えても仕方ないので、頭の隅に追いやることにした。
「まあ、こういうのは嫌いじゃないからね」
「あれ、会長は一緒じゃないんですか」
「さっきまで一緒にいたんだけど…。もし見かけたら、ウチのクラスまで戻るように伝えてくれないかな?」
「分かりました。時間があったら探してみますね」
「ありがとう。まあどうせ、作業に飽きてどこかにサボりに行ってるだけだと思うんだけどね」
そう言って、白川先輩は自分のクラスへと戻っていった。
会長はいつも白川先輩と一緒にいるイメージがあった。
まあ会長のことだ、気まぐれに何処かへと遊びに行っているのかもしれない。
「…とりあえずこれを運ばないとな」
決して軽くはないビニールプールを抱えて、俺は自分のクラスに戻る。
戻った教室には2、3人ほどしか残っていなかった。
どうやら今日の分の準備は大体終わってしまったようだ。
「あ、四宮くんありがとうー」
「はいこれ。中々見つからなくて、思ったより遅くなった。悪いな」
「ううん、わざわざありがとね。今日はもう解散だから、四宮くんも帰って大丈夫だよー。こっちも後少しで終わるからさ」
「分かった。じゃあ、お言葉に甘えて先に帰るよ」
「うん、また明日ねー」
残っていたクラスメイトに軽く挨拶をして、俺はそのまま屋上へと向かう。
「屋上くらいしか思いつかないけどな…」
白川先輩が言っていた会長の行方。
せっかく時間が出来たので探してみることにする。
と言っても俺が思い付く会長の行き先なんて生徒会室か、屋上くらいなものだ。
もしその両方にいなければ大人しく帰ろう。
そう思って階段を上がると見慣れた金髪が扉の前に立っているのだった。
「……こんなところで何してるんですか、会長」
「さ、サボっててごめんなさいすぐに戻ります!……ってなんだ、薫くんかぁ」
慌てて言い訳をしていた会長は、俺の顔を見て安堵の表情を浮かべた。
やはり白川先輩の予想していた通り、彼女はサボろうとしていたようだ。
ため息をつく俺を見て、会長は不満げな表情をした。
本当によく表情が変わる人だな、この人は。
「なにー?もしかして私がサボってるって思って呆れてるんじゃないのー?」
「いや、自分で今サボってるって言いましたよね」
「こ、細かい事は気にしないの!それにね、ただサボってた訳じゃないんだよ、私だって」
「何かしてたんですか」
「よくぞ聞いてくれました!これ見てよ、電子ロックに変わってるのよ!」
会長がそう言って指差した先には、確かに見慣れないパネルがあった。
よくオートロックのマンションの入り口とかに設置されているようなものだ。
前に会長と屋上に来た時は、こんなものはなかったと思う。
「確かに、前に来た時にはありませんでしたね」
「でしょ。つい最近出来たらしくてね。なんでもこの頃屋上を無断で使用する生徒が増えてるらしくて、その対策で出来たらしいの」
「無断で…」
ふと頭に最近連日のように告白されている春菜の顔が過ぎる。
そういえばあいつ、つい最近も屋上に呼び出されてなかったっけ。
「それで生徒会長の私にもこの話が校長先生から来て。ほら、代々屋上への扉の暗証番号を知ってるのは職員以外には生徒会長だけでしょ?だから私も早速ちゃんと解錠できるか試しに来たの」
「なるほど」
「ね、ただサボってるわけじゃないでしょ?」
「そうですね。とりあえず俺は、この件を白川先輩に伝えて来ますんで」
「な、なんでよー!?ちゃんと仕事してるでしょ、私!」
「そうかもしれませんが、今は文化祭の準備が優先だと思うので」
「す、すぐに戻るから!少し景色を見たら、すぐに戻るつもりだったの。薫くんも一緒に見て良いから、ね?」
上目遣いでこちらを見てくる会長。
まあ、本人もこう言っていることだし少しなら構わないだろう。
……決して年上美少女の色香に惑わされたわけではない、断じてない。
「…別に、俺は構いませんよ。でも少しにしてくださいね。白川先輩も大変そうだったので」
「さすが薫くん、話が分かる!じゃあ、ちょっと待っててねー!」
会長は手慣れた手つきでパネルに暗証番号を入力し、ロックを解除した。
もしかして今日が初めてじゃないんじゃと思う俺の手を引っ張って、そのまま屋上へと駆け出す。
目の前にはフェンス越しに以前見たような真っ赤な夕陽が広がっていた。
確かにこの景色は、定期的に見たくなるのも分かる気がする。
そして会長はというと、ぼーっとした表情で夕陽を眺めていた。
そういえば会長は以前言っていた。
何か悩みがあったり、疲れた時はいつもここで夕陽を眺めるのだと。
ということは、今も彼女は何か悩みを抱えているのだろうか。
しばらくの間、俺たちはただ黙って段々と沈んでく夕陽を眺めていた。
「……ねえ、一つ聞いてもいいかな?」
会長は俺を見て静かに言った。
いつもとは少し違う彼女の雰囲気に一瞬戸惑ったが、黙って頷いた俺に彼女は語りかける。
「薫くんには、妹がいるんだよね」
「はい。というか会長も知ってますよね」
「うん、春菜ちゃん。本当に可愛いよねぇ。私の妹にしたいくらい」
「そう言って貰えるなんて、きっと春菜も喜びますよ」
「ふふ、そうかな?……ね、妹がいるってどんな感じなのかな」
「どんな感じ、ですか」
「薫くんと春菜ちゃんって、本当の兄妹じゃないんでしょ」
「…知ってたんですか、会長」
「まあ名字が違うしね。それに2人とも同じ学年なんて、双子以外有り得ないけど…2人はそんな感じじゃないし」
「そう言われれば…確かにそうですね」
会長の言う通り、よく考えればすぐに分かることだった。
俺と春菜は同学年なのだ。
本当の兄妹ではないくらい、勘の良い人ならすぐに分かる。
「もしかして、気に障った?だとしたらーー」
「あ、全然気にしないで下さい。別に俺も春菜も、血の繋がりとかそういうのは全く気にしてないですから」
「それなら良かった…。それでね、薫くんは急に妹が出来たわけじゃない?それってどういう気持ちだったのかなって」
「どうしたんですか急に」
「……少し、気になったのよ」
会長はそれ以上話してくれそうにはなかった。
何か事情があるのか、それとも単に好奇心なのか。
どちらにせよ、真剣そうな表情をする会長をはぐらかすのは無理そうだった。
「まあ……最初は色々戸惑いましたけど、今は上手くやっている方だと思います」
「そうだね。二人は本当に仲の良い兄妹だと思うよ。体育祭の時も見せつけてたもんね、わざわざおんぶまでしちゃって」
「み、見てたんですか…!」
「見てたというか、あれだけ目立ってれば誰だって見ちゃうと思うけど。ダンスの直後だったし、結構な人が知ってることだよ?」
会長の言葉に思わず顔が赤くなるのを感じる。
あの時は周りが見えていなかったからだろうか、そんな視線には全く気がつかなかった。
でもよく考えればそれは当然の事だ。
応援団の直後なんだから周りの注目は集まっていたわけで。
改めて自分がしていたことの大胆さに赤面する俺を、会長はくすくすと笑って見ていた。
「ふふ、今更になって恥ずかしがらなくてもいいのに。カッコ良かったよ、あの時の薫くん」
「…そういう慰めはいらないですから」
「本当なのにー」
「や、やめてくださいって…!」
「あはは、ごめんごめん。…でも、本当にカッコいいよ」
「だからからかうのはーー」
「本当だよ。本当に、君はすごいよ…」
「会長……?」
会長はもう笑ってはいなかった。
少し俯いているせいと、辺りが暗くなり始めているせいで彼女の表情がよく分からない。
それでも声の感じから、少し雰囲気が変わったような気がした。
「血が繋がっていなくても、君はそうやって簡単に家族になることが出来るんだもん。私は、私、は…」
「……会長」
「家族って、何なんだろうね。血の繋がりだけじゃない、本当の家族にはどうしたらなれるんだろうね…。私には分からない。急にあんな事言われたって……」
「…あんな事?」
「あ……あはは、今のはなし!忘れて?」
そう言って急にその場を取り繕おうとする会長。
まただ、前の時と同じ。
父親のことで悩んでいた時と同じように、彼女はまた誤魔化して一人で抱え込もうとしている。
「会長――」
俺が一歩踏み出そうとした時、屋上に電話が鳴り響いた。
表示を見て一瞬動揺した彼女は、すっと無表情になって電話に出る。
その動作で、俺には相手が誰なのか大体の検討がついた。
「――はい。…はい、分かってます。はい…それは……分かりました。はい。それではすぐに…」
淡々と会話とも言えない頷きを数度繰り返し、彼女は通話を終えた。
パタンと閉じた携帯電話を見る会長の表情は、どこか諦めたようなものだった。
それでも俺はなんて言葉を掛ければ良いか分からなくて、気まずい静寂だけが屋上を支配する。
「……今日は、ありがとう。急に変なこと聞いちゃってごめんね。私、ちょっと用事が出来たからもし英に会ったら、悪いけど先に帰るって伝えておいて?それじゃあ」
「あ、会長……」
そのまま、会長は屋上から逃げるようにして走り去っていった。
そして俺はただそれを見ていることしか出来なくて、その場に立ち尽くしていた。
どうして彼女があんなことを聞いたのか、どうしてあんな悲しそうな表情をしていたのか。
今の俺には全く分からなかった。
それが俺と、そして‘彼女’の運命を大きく左右することになんて、この時の俺は思いもしなかった。
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