47話「偶然の交差」
「あ、センパイこっちです!」
人混みの中で手を必死に上げる真白台。
小さい背丈で頑張って手を伸ばしているその姿は、どこからどう見ても小学生だった。
まあそれを言えば怒らせてしまうことは分かっているので、言わないことにする。
「おう、少し遅れた。悪いな」
「いえ、ウチの学校駅から少し離れてますから。迷わず来れましたか?」
「あー、うん。特に問題なかった。人の波がここまで続いてたしな」
「そうですか。良かった」
心配する彼女には悪いのだが、桜陽附属には何度か来たことがある。
それは勿論、社会人になってから仕事の関係で、という意味でだ。
塾講師という仕事柄上、私立の説明会で呼ばれた事がある。
でもそれを言うわけにもいかないので、適当に答えて校内へと進む。
「しかし、大きなとこだな。やっぱり私立はお金掛かってるわ」
真白台に連れられて、中に入るとそこには広大な敷地が広がっていた。
やはり超有名私立高校。
学費が高い分は、こういう施設面に使われている事が窺えた。
そこら中に露店が出ており、学生が一生懸命食べ物や飲み物を販売している。
「なんか、出店の数多くないか」
「そうですね。ウチは一学年、30クラスくらいありますから」
「さ、さんじゅう…」
「ふふ、驚きですよね。あたしも最初聞いた時は、耳を疑いましたよ」
そういえば以前行った説明会で、そんなことを聞かされた気がする。
ということは合計で90クラスくらいあるということだ。
なんという超大型高校。
それは当然、敷地も大きくなるわけだと納得した。
「しかし、これだけたくさん出店があると壮観だな」
「はい。本当は、あたしも興味あったんですけど。特進クラスは文化祭の出し物は出来ないので」
「そうなのか」
「文化祭の準備期間も、ウチのクラスは授業をどんどん進めてました。特進クラスの生徒は勉強一番ですから。部活も、イベントも関係ないんですよ」
少し寂しそうな横顔をする真白台。
俺が想像していた何倍も、この学校の特進クラスというのはハイレベルなものらしかった。
こないだ聞いた、彼女が学年2位を取った話。
何も考えず喜んでいたが、その裏には熾烈な競争があったのではないだろうか。
「…真白台さ、今のクラスで何かーー」
――困ったことがあれば、相談に乗る。
そう言い掛けた俺の言葉は、急に目の前に現れた女の子によって遮られる。
「あー!やっと見つけた冬香!」
「…真理亜。何でここにいるの」
息を切らせながら、真っ赤に燃えるような赤いツインテールを揺らす女の子。
真白台と同じ制服を着ているので、どうらや同じ学校の生徒のようだ。
真白台は歩くため息をついて、やれやれといった顔をしている。
もしかして、何かトラブルでも抱えているのだろうか。
「約束したでしょ!あたしにも見せるって!なのに気が付いたらどこか行っちゃうんだから!」
「別に、約束なんてしてない」
「したの!もう本当に自分勝手なんだから!」
「真理亜にだけは、言われたくないんだけど」
「まあいいわ。だって、こうして…会えたわけだし?」
ふん、と鼻息を荒げた後、真理亜と呼ばれた少女は俺を睨み付けてきた。
そして舐め回すように全身を見ていく。どうらや興味を持たれているようだ。
「えっと、こんにちは。俺は四宮薫。真白台とは友達で、たまに一緒に勉強とかしてます。よろしく」
「…天王寺真理亜。冬香の‘友達’よ。会えて嬉しいわ、四宮」
何故か高圧的に挨拶をする天王寺さん。
しかも初対面でいきなり呼び捨てにしてくるとは。
彼女から溢れ出るお嬢様オーラが、どこぞの名家の娘さんである事を想像させた。
「す、すいませんセンパイ。この子も悪気があるわけじゃないんです…。真理亜、年上の人には敬語使ってよ!」
「私は、年齢は関係ないと思ってるの。それに、冬香の友達なら、私の友達でしょ?変な気を遣う必要なんてないと思うんだけど。ね、四宮もそう思うでしょ?」
「ははは、そうかもしれないね」
「セ、センパイ…」
「別に気にしなくていいよ、真白台。じゃあ俺も敬語なしで。改めてよろしくな、天王寺さん」
「素直でよろしい。よろしくね、四宮」
自信満々に握手してくる天王寺さんを見て、俺は自分の考えが杞憂であったことに気がつくのだった。
真白台にはちゃんと友達がいる。
それが分かっただけでも、今日来たことに意味はあったというものだ。
「おーい、真理亜!先に行き過ぎだって!」
「慎太郎が遅いからでしょ!じゃあ、冬香、私たちはこれで失礼するわ…上手くやりましょうね、お互い」
「よ、余計なお世話だから!早く行きなよ!」
「うふふ、それじゃあまた!」
「え、ちょっと真理亜!?」
そう言って、天王寺さんはこっちに来たばっかりの男子を引っ張って、また人混みの中に消えていった。
すごいパワフルな女の子だ。
あれじゃあ、一緒にいる男子も将来苦労するに違いない。
「はぁ……。すいませんセンパイ。騒がしくて」
「全然気にしてないけど。あれ、真白台の友達だろ」
「ま、まあ一応、そうですけど…」
「仲良さそうだったじゃん」
「別に、そんなことはありません…」
「そうか?今の真白台の態度見てて、出会ったばかりの俺たちを思い出したよ」
「そうでしたっけ。というか、さっき何か言い掛けてませんでしたか」
「ああ、もう大丈夫。余計な心配だったみたいだからさ」
「そうですか…。あの、センパイ何かありましたか」
「ん?別にないけど、どうした?」
「何か吹っ切れた感じがするので…」
「そうか?気のせいだろ。それより、俺たちもそろそろ行こうぜ。この広さじゃ、サクサク行かないと全部回れない気がするわ」
「そうですね。それじゃあ、行きましょうか」
まだまだ文化祭は始まったばかりで、俺は真白台と一緒に人混みの中を進んで行く。
真白台は、俺が吹っ切れているようだと言った。
実際、そうなのかもしれない。もう悩むのは止めにしたのだ。
相手と向き合っていくことの大切さを、俺は学んだのだから。
「ふー、結構回ったし、結構食べたな」
「センパイは、少し食べ過ぎなんですよ。あのチョコバナナは、絶対にいらなかったと思いますよ」
「仕方ないだろ。買って下さいって、懇願されたらあんなの買うしかない」
「…センパイが、将来変な詐欺に引っかからないか、心配です」
回り始めてから数時間程経って、俺たちはようやく一息ついた。
予想以上の広さに驚きながらも、なんとか全体の半分くらいは回っただろうか。
それでも後半分は残っている事実に、若干の諦めを覚え始める。
「こりゃあ、全部回るのは無理かもな」
「いや、そもそも全部は回らなくて良いんですよ。センパイが勝手に言っているだけですから」
「でもなぁ…海斗とかも呼べれば、手分けして行けたかもだけどなぁ」
「すいません。家族を除く部外者は、1名しか呼べない決まりなんです」
「ああ、それはもう聞いたし、真白台が謝ることじゃないから大丈夫だよ」
少し申し訳なさそうな顔をする真白台。
彼女だって本当は俺以外にも呼びたい人がいただろうに。
そう思って、ふと浮かんだ疑問を口にする。
「そういえばさ、なんで俺を誘ってくれたんだ?」
「それは、言ったじゃないですか。いつも勉強を教えて貰ってるから、ですよ」
「そうか」
「そうです。他に、意味なんてありません」
真白台の声のトーンが少し暗くなった気がして、どうしたのか聞こうとしたがやめた。
彼女にだって言いたくないことはある。
余計な詮索はしない方が良いだろう。
「…あ!センパイ、今何時ですか」
「えっと、1時前だけど、どうした急に」
「センパイを連れて行きたいところがあったんです!まだ間に合うと思うんで、ちょっと良いですか」
「お、おう」
真白台は慌てて歩き出す。
一体急にどうしたと言うのだろうか。
何か俺に見せたいものがあるようだ。
とりあえず彼女について行くことにする。
「実は、今日ウチの学校にゲストが来てるんですよ。それが、あたしの知り合いの人なんです」
「そうだったのか。ゲストって、芸能人とかか?」
「まあ、本人曰く今売り出し中らしいんですよ。その人の講演会みたいなのが、そこの大講堂で1時からやるんです。折角なんで、センパイと見ようとしたの、すっかり忘れてました」
「へえ、そんな人と知り合いなんて、すごいな真白台は」
「まあ、偶然出会ったんですけど、その人桜陽学院の大学生なんですよ。だから意外と接点があって、それから話すように…あ、ここですよ」
「でっかい講堂だな……え?」
講堂の入り口には立て看板があり、そこには真白台が言うように講演会が行われる旨の説明書きが書いてあった。
でもそんなことはどうでも良くて。
俺は、講演会をやるそのゲストの名前から目が離せなかった。
こんな偶然、あるのだろうか。
でもよく考えたらここは桜陽附属高等学校。
つまり‘彼女’が通う大学の附属高校なのだ。
「あれ、センパイも知ってましたか?若い人の間では、まあまま有名みたいですからね」
「……青、ねえ」
「え?」
そこには確かに書いてあった。
俺が今、一番会いたくて、でもそれと同じくらい会いたくない人の、真夏川青子の名前が、あった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます