第13話 結婚

 葉月から連絡があり、雪は再び時の研究室を訪れた。鮎里の作品のコピー品の事件について相談しに来たのだ。自分には難しいと、断りを入れるつもりだった。雪はただの大学生で名探偵でも、頭脳明晰な大学教授でもない。事件の真相を究明するのは困難に思えたのだ。


 時は前回訪問した時と同じく、真を隣に同伴させていた。時は誰にも相談することなくエターナルシステムを構築し、結果、巨大多国籍企業ワッフル社の最高技術顧問を務めるまでになったが、ここにきて自分がエターナルシステムを構築するきっかけを作った真を相談相手に選び、頼っている。真も自分の構想がエターナルシステム構築のもとになったと聞かされて放っておくこともできず、時の要請に応じてそばに居る。


 雪が断りを申し出た回答は時ではなく、真から発せられた。


「自分の経験や体験がすべて偶然で、意味のないものだと思うかな?私は最近、多くのことは必然で、意味のあることだと考えているんだ。困難を乗り越えたり解決したりするカギも、今までの経験や体験の中に隠されている。そう思ってもう一度、問題を解くという試みをしてみないか。」


 自分自身の経験や体験に解決のカギがある。そう言われても雪には何がカギなのか検討もつかず、やっぱり無理ですと答えようとしたとき、時から次の提案をされた。


「一人だけで考えたのでは、解決のためのカギとやらも見つけられないかもしれないじゃない。ならば、雪さん、葉月、「結婚」してみなさい。二人で考えれば何か見つかるかもしれないわ。」


 時がさっと手をかざすとコンソールパネルが開いた。雪たちでは開けない画面で、何やらシステムを操作しようとしている。


「ちょっと待て。それは私たちでテストしてからのはずだ。未完成のものだろう。」


「真がすぐに同意してくれないからまだ試せてないだけよ。システムは完成しているからあとは実行するだけ。大丈夫、負荷がかかり過ぎたら、現行のシステムからストップがかかるから心配ないわ。」


 と言って時がパネルを操作すると雪と葉月の視界に「結婚」の同意の確認画面が現れた。


「二人の知識や経験を共有するためのものよ。お互いをより分かりあうための新システムに二人とも同意してくれるかしら。」


 突然の「結婚」の話に雪は少なからず動揺したが、どうやら現実世界の結婚とは違う仕組みで、生涯のパートナーを選ぶということとは意味合いが違うようだ。「結婚」の相手が葉月ならいいかも、と思い雪は同意した。葉月も雪に対し単なる友達以上の感情を持ち始めていたので、それほど迷わずに同意をしたのだった。二人が同意するとシステムが動き始め、二人は頭に流れ込んでくる情報の奔流に溺れそうになった。それぞれの記憶野に自分のものとは違った記憶や感情といったものが流れ込んできて、めまいがしそうになった時、ブレーカーが落ちたときの電灯のようにぱっと情報の流入が止まった。それぞれの最近の体験やそれによって生じた感情などを共有することになった。二人で一緒に体験したアルチストオンラインでの冒険や南鳥島の遊園地での出来事なども、視点や感じ方が違うので別々の体験のように感じることが分かったし、それぞれの悩み事なども感じ取ることが出来た。葉月は同級生に友達が居なくて孤独だったし、自分だけ飛び級して大学へ進学することへの不安を抱えていた。雪は自分の外見へのコンプレックスや親との関係で悩んでいた。それらを感じ取ることが出来たし、また、お互いの心に特別な感情が生じ始めているということも分かり合うことが出来た。現実世界での結婚は資産などを共有するという結果を生むが、時の言う「結婚」という新システムは知識や経験、感情といったものを共有しようとするものだった。個体として同一化しようというようなものだ。お互いを生涯のパートナーとすることよりもっと深い意味があったのだ。雪と葉月は現実世界での肉体があるので同じ個体にはなれないが、もし「結婚」をするのが肉体を持たない情報生命体であったならば、完全に同一の個体になってしまうかもしれない試みだった。


「私たち、双子になるところだったの?」


 あとから説明を受けた葉月が驚きの声を上げた。それに対し、真が諭すように言った。


「なんでも、良く調べずに同意をするものじゃないよ。同意を繰り返すうちに、取り返しのつかないことになることもある。」


 雪も同感だと、自身の選択を振り返って反省しつつ、あることが気になっていた。もしかしたら鮎里の件の真相に迫れるかもしれないと思い始めていた。


「まさか、そういうことってあり得るのかな。それなら全部つじつまが合うし、事件の全容を説明出来る。でも、そんなことって。」


「何かを掴んだようね。「結婚」、試してみて良かったんじゃないかしら」


 時は「結婚」の試みを前向きに捉えているが、真は心配事を口にした。


「私は二人の不可逆かもしれない変化が後々何かに影響して来ないか心配なんだが。未成年の我が子で試すなんてどうかしている。子どもは親の所有物ではないのに。」


「リミッターが掛かって途中で止まったわ。「結婚」の影響も限定的なものよ。」


 真と時が「結婚」の是非を話し合っている間、雪と葉月には共通した一つの仮説が出来上がっていた。


「鮎里さんともう一度会って話をしてみよう。」


「うん、鮎里さんをこの研究室に招待してみようか。」


 葉月は鮎里に連絡を取ってみたがすぐに応答がなかった。そこで重要な急ぎの案件である印をつけて時の研究室に案内する、と連絡してみた。するとなんと、断りの返信が来たのだ。前回は時の娘に会えることをとても光栄だと言っていたのに、だ。断り方もそっけないものだったので違和感を覚えた二人は時に相談してみることにした。


「断り方も不自然なの。あんまりそっけないというか、鮎里さん、そんな感じの人じゃなかったんだけど。もしかしたら私たちの考え、当たっているのかも」


「そう。ならば本当はこういうことはあまりしないものだけど、スーパーユーザーの権限を使って移送させましょう。事件の重要参考人として来てもらうわ。」

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