待て
「花宮」
と昼からの仕事で、萌子は総司に呼ばれた。
はいっ、とすぐさま立ち上がり、総司のデスクまで駆けつけると、
「これ、急ぎだから、社内のポストに出さずに裏の郵便局まで持ってってくれ」
と紙袋に入ったA4封筒の束を渡される。
「絶対、出し忘れのないように。
急げよ」
と睨まれ、はいっ、と行こうとしたが、
「待て」
とすぐに止められる。
「やっぱり俺も行こう。
お前じゃ、ちょっと心配だ」
ええっ?
課長自らっ?
どんな大事な書類? と萌子が緊張して紙袋を抱いていると、総司は、
「いや……、急ぎで大事な書類なのは確かだが。
ついていくのは、単に、朝からずっと座ってたんで。
ちょっと裏まで歩きたかっただけだ」
そこまでではない……と青ざめている萌子の顔を見て言ってきた。
「あ、そうだったんですか」
ははは……と笑いながら、ふたりで社屋を出る。
外に出ると、パラパラと雨の音がしはじめた。
「あれ? 課長。
雨ですねー。
傘……
課長はいらないでしょうけど。
人目もあるので、一応、さしておかれた方が」
と萌子は言った。
ダイダラボッチが常に上空にいるせいで、総司だけは傘をささずとも雨には濡れない。
……はずだった。
萌子は、総司が萌子の頭の上を見つめているのに気がついた。
「花宮……」
はい? と総司を見上げると、総司が萌子の頭のてっぺんを手で撫でた。
びくっとしてしまったが、総司は自分の手を見つめたあとで、
「……お前の上にも雨、降ってない」
と言ってくる。
ええっ?
そういえばっ、と思いながら、萌子は思わず、総司の大きな手をつかむ。
濡れてない……と思ったあとで、気がついた。
総司の手をつかんだ上に、ものすごく総司の近くでその手をガン見していたことに。
慌てて離れ、ごまかすような笑いを押し上げる。
そして、空を見た。
曇っていて、白いダイダラボッチはよく見えないが。
どうも萌子の上にも雨が降っていないようだった。
え? なんで?
「私もダイダラボッチに憑かれたんですかね?
ウリにも憑かれてるのに」
と今も周りをどどどど……と駆け抜けているウリを目で追いながら萌子は言ったが。
「いや――、
そうじゃないんじゃないか?」
と総司は空を見上げて呟いていた。
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