どっちだっ、花宮っ! いや、どっちでもいいんだがっ!


 ……なにをしているんだ、花宮。


 なに気安く藤崎に触ってるんだ。


 いや、お前たちのグループが仲いいのは知っているが。


 そいつは、イケメンで男だぞ、と炊き始めたスープをかき回しながら、総司は思っていた。


 女性が気安く男に触れるのには、二パターンあると聞いた、と総司は、萌子に、


「いや、それ、何処から聞いてきたんですか……」

と言われそうな怪しげな知識を持ち出してくる。


 蘊蓄好きの総司だったが、恋愛関係の蘊蓄にだけはうとかった。


 確か女性が気安く男に触れるのは、その男をなんとも思っていないときか。


 すでにその男と関係があるときなんじゃなかったかな。


 どっちだっ、花宮っ。


 いや、どっちでもいいんだがっ、と思いながら、総司は卵を割り入れたスープを回しすぎる。


 ふんわりした感じの卵スープを作ろうと思ったのに、卵は粉砕されたようにバラバラになって、コンソメスープの中を漂っていた。


 こちらを見た萌子に動揺し、総司は急いでスープをステンレスのカップに入れて、二人に渡した。


「わ、おいしいっ。

 卵もするっと喉に入って飲みやすいですっ」


「……そうか、それはよかった」


 いや、その喉にするっと入る状態の卵は偶然の産物なんだが、と思う総司の前で、藤崎は萌子に文句を言っていた。


「おいしいです、課長。

 ありがとうございます。


 は、いいんだが、花宮っ。

 なんで俺にノミがついてる話になるっ?」


「いや~、ノミなんて言ってないじゃん。

 小さなおっさんかもしれないじゃん」


「小さなおっさんついてるのもやだろっ。

 っていうか、いるかっ、小さなおっさんなんてっ」

と藤崎は叫んだが、


「いや」

と総司は言った。


「小さなおじさんの歴史は古い」


 またなんか語り出した~、という顔を萌子がしているのが視界の端にチラと見えた。





「小さいおじさんは昔から居たんだぞ。


 緋色の装束を着た30センチくらいのおっさんが平安の世にも観測されている。


 ま、それは付喪神つくもがみだったんだがな」


 残りのスープを飲みながら、萌子は総司が語る蘊蓄うんちくを聞いていた。


 頭の中を緋色の装束を着た30センチくらいのおっさんがちまちまと走り回っている。


 ……可愛いではないか。


 っていうか、課長の言い方だと、小さなおっさんの存在は疑われるが、付喪神は普通にいていい、みたいな感じなのだが……。


 萌子は、眠らないのか、ずっと立って遠くを見ているダイダラボッチを見上げて思う。


 まあ、あんなデッカイおじさんがいるんだから、小さなおじさんのひとりやふたり、いるよね。


 そして、藤崎の首や背中の辺りを見た。


「……なんだ。

 まだ俺に憑いてるものを探しているのか」

と藤崎に問われ、


「いや、猛烈に見たくなって、小さなおじさん」

と萌子は言う。


 だが、そこで、

「いや、ちょっと待て、花宮」

と総司が言ってきた。


「お前はダイダラボッチが見えるし、止まっていれば、ウリ見える。


 相性もあるだろうが、条件が合えば、だいたいのあやかしは見えるんじゃないのか?」


 そうなんですかね……?


 いや、今まであんまり、あやかしの存在を意識したことがなかったので、

と思う萌子に総司は言う。


「俺も基本、あやかしに関しては、そうなんじゃないかと思う。

 なのに、藤崎に憑いているものが、一度も俺たちに見えないということは……」


 萌子は改めて、藤崎を見た。


 もしや、藤崎に憑いているのは……


 霊っ!?


 藤崎もそう思ったらしく、怯えた顔で、何度もおのれの背後を振り向いていた。


「やや、やめてくださいよーっ、課長っ。

 霊とか勘弁してくださいよーっ」

と藤崎は叫ぶ。


 あやかしか、霊か、とふんわりとした感じで語られていたときは気にならなかったようだが。


 霊と断言されたら、怖くなったようだ。


「霊か……。

 だったら、司さんに見てもらったらどうだろう?」


 あなたを運命の相手と思っている兄にですか……。


 いや、どういう運命なんだか知らないが。


「そうですね。

 帰りに寄ってみましょうか」

と萌子が言うと、藤崎が慌てる。


「帰りって明日か?

 今夜怖いじゃないかっ」


 そう藤崎は主張してくるが。


「いやいや。

 今、気づいたってだけで、もう長い間、いっしょに暮らしてたんでしょ? その霊と。


 何度も共に夜を過ごしてるわけじゃない。


 一晩伸びたくらい大丈……」


 大丈夫だって、と言い終わる前に、萌子は恐怖で白くなった藤崎の顔を見てしまった。


 落ち着かせようとして言ったのだが、逆効果だったようだ。


 藤崎は完全に思考停止したようで、スープのカップを持ったまま固まっている。


 そんな藤崎を見ながら、総司は、


「いつから憑いてたんだろうな。

 やはり、そのいきなり火が怖くなったときだろうかな。


 藤崎は霊のせいで、火が怖くなり。


 俺はあやかしのせいで、山に来ないと苦しくなり。


 お前は……」

と言いかけ、萌子を見た。


「お前はだけはわからんな。

 ウリのせいで落ち着きがないとは言い切れないものがあるからな」


 そう駆け回っているウリと萌子を見比べ、総司は言ってくる。









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