第5章 女神像を求めて

1 帰郷

「いやあさっきは助かりましたよお客さん。ゴブリン兵とゴブリン騎士の群れが現れた時は、もうダメかもしれない……なんて思いましたが、まさか瞬殺とは」


「まぁ、あれくらいならな」


「それなのにブロンズ冒険者なんて……ギルドは見る目がないってことなんですかねえ。まあお客さんまだ若いですし、これからポンポン伸びて行くんじゃないですか?」


「まぁ、俺が依頼をこなしてないだけだよ」


「へー、そういうもんですか。確かにあれだけ腕が立つなら、チマチマ依頼なんてやらなくても素材だけで生活できそうですもんね。それにしても……」


 馬車を引く御者の男がテンション高めで捲し立てるように喋り続けている。


 それをジンが落ち込み気味な様子で聞き流していた。時折ため息もついているのだが、御者の男はまるで気がついていないようだ。


 ジンはソルたちに今後の方針を伝えた翌日にはタルバンを発ち、ハクタへと向かった。


 現在は中継地であるモルモを抜けた先にあるゴブリンの棲む森——ジンが以前ゴブリングレートを倒した森を抜けている最中だ。


 そして間も無く森を抜けるころになって、ゴブリン騎士1体とゴブリン兵5体にかち合ってしまったのだ。


 奇しくも、無職ノービスの時に手違いで呼び寄せてしまった群れと全く同じ構成であり、当時はジン個人では歯が立たず、テレンスの手を借りてなんとか倒すことができた。


 しかし今のジンからすればダブルスコア以上にレベル差がある雑魚。


 御者の男が言うように、たった1人であっという間に殲滅させた。


 しかも全くの無傷で。


 “気配探知”に加え、盗賊シーフ特有の高い素早さと器用さに根ざす的確な攻防が可能なジンには、それすら造作もないことだった。


 それは言い換えれば、ジンにとっては当然のことということになる。よもや一喜一憂することのほどではない。


 ——ではなぜジンが落ち込んでいるのかというと。


(……よくあることだよな。求めてる時に出ないものが、もう要らなくなった時に出る、なんてのはさ……分かってはいるんだけど……はあ……)


 ジンが、傷ひとつない“鉄の短剣”を見つめながら心の中でもため息をついた。


 その上位互換である“シーフダガー”を2本持っているジンには既に無用のものである。


 そう、ハクタにいる頃あれほど欲しかった、ゴブリン兵のレアドロップである“鉄の短剣”を先程の一戦で得てしまったのだ。


 しかも“ものをぬすむ”ではなく、そもそもの出現確率が数パーセントしかないランダムドロップの宝箱から。


(ゴブリン兵から宝箱が出た時から、まさかまさかとは思っていたんだがなあ……)


 ジンのようなゲーム廃人でなくともゲームをする者であれば、誰もが感じるであろう——確率で手に入るもののうち、すぐに使うものほど手に入らず、要らないものやすぐに必要にならないものほど手に入るように思えてしまう現象、もしくはそう感じさせるシステム——物欲メーター。


 EWOのアイテムを全て手に入れることを目標とし、これまでEWOとこの世界の差を色々と検証してきたジンにとって、最も再現してほしくなかったものが存在すると分かったことは不幸でしかない。


 ジンは無意識に、もう何回目かもわからないため息を吐き出していた。




「お客さん、ほんと今回はありがとうございました。またご贔屓に〜!」


 夕日がハクタの町を照らす中、御者の男はそう言ってハクタの町の雑踏に消えていった。方角的には宿ではなく歓楽街……と呼ぶには少々店の数は少なめだが、酒場の集まる地域だ。懐にはジンが渡した報酬が入っているため、そのまま食事にでも行くのだろう。


(俺が飯に行くのは身軽になってからだな)


 ジンは右手に持った袋を見ながらそんなことを思った。

 中身は勿論、ゴブリン兵をはじめとした各種魔物の買取素材たちだ。


 ゴブリン兵以降、群れと呼べる規模の魔物には遭遇しなかったが、御者の護衛も兼ねて、出会った魔物をとりあえず全て倒しつつハクタの町に到着した。


 その結果得られた素材およびぬすめたアイテムの売却がメイン、それにいくつか目的があるため冒険者ギルドに寄ることにしたのだ。


 扉を開くと、濃い酒と汗のにおいが鼻をつく。


 酒場が併設されているハクタの冒険者ギルドでは、一仕事終えた冒険者たちがその報酬を元に酒を飲むというのが一種のルーティーンと化している。少なくともジンは、ハクタでの短い冒険者生活からそれを理解していた。


 転生前から居酒屋のような雰囲気が好きではなく、モルモまで仲間をつくらなかったジンは例外であるが。


「買取を頼む」


 ジンは酒を煽り騒がしくする他の冒険者を無視し、一直線に買取カウンターに向かう。


 今の担当はマゼンタでもシアンでもない、何度か見たことはあるが話したことのない受付嬢だった。


 ぱっと見ではあるが、容姿的な部分で2人に劣るところはなく、酒に弱い人間ならむせ返りそうな空気の中でも微笑みを絶やさないところにプロフェッショナリズムを感じる。


 そこに好感は持てるが、顔馴染みではないことにジンはなんとなく残念な気持ちになった。


「かしこまりました。タグの提示をお願いします」

「ん」


 とはいえそんな感情はおくびにも出さず、微笑んだままの受付嬢に短く返事をすると、すぐに出せるようにしておいた胸元のブロンズのプレートを見せた。この辺りはタルバンで何度も経験しているため慣れきっている。


 最初の登録の時のような光るエフェクトなどは無いが、この時に冒険者としての情報を読み取るらしい。それこそ登録時に出てきた“命の波動”というものを読み取っているのかもしれないとジンは考えていた。この辺りの検証はいずれ行うことにしよう、とも。


 そうこうしていると冒険者としての身分証明は終わったようで、タグをしまうよう指示された。


「ありがとうございます。今回得た素材は何になりますか?」


「スライムの核8個、ゴブリンの魔石4個、ゴブリン兵の魔石5個、ゴブリン騎士の魔石1個だ」


「はい……はい……はい……? ……え??」


 とりあえずいつものように報告したジンだが、受付嬢から返ってきたのは驚きと疑問だった。


 タルバンでは得られなかった反応に、何故だろうかとジンが頭を働かせる。

 結論はすぐに出た。


(そうか、俺ひとりが持ってくるには多すぎたわけか。それにゴブリン兵もゴブリン騎士も、ブロンズ冒険者1人が相手をするには荷が重いもんな)


 ゴブリン兵のレベルは7、ゴブリン騎士は10。どちらもブロンズ冒険者の目安(と勝手にジンは思っている)であるレベル1〜5は超えている。


 となればパーティーを組むなりして対処するのがこの世界におけるセオリーなのだろうが、今のジンは1人だけで冒険者ギルドを訪れているし、冒険者パーティーを組んだもない。


 冒険者パーティーはただの口約束や自主的な集まりではなく、冒険者タグを用いたれっきとした制度が存在する。

 

 パーティーを立ち上げる、あるいは既存のパーティーに加入する冒険者がギルドで所定の手続きを行うと、冒険者タグの情報にその内容が記録されて正式なパーティーメンバーとなるというもの。


 主にギルド側でのメリットが大きく、大型依頼の指名先とできることや、欠員などが出た場合にすぐその事実を把握できることがあげられる。


 冒険者としても、大型の指名依頼は報酬が高くランクアップの功績にもなりやすく、より上を目指すのであればいずれパーティーを組むというのが常識でもある。


 また、単純に人数を増やすことによる生存率の増加や戦略の幅が広がることも無視はできない。


 勿論、ジンにとってのアンドレのように冒険者でない者を仲間にすることも考えられるが、その場合、特に依頼を受注する際に代表の冒険者がギルドへの申告を推奨している。


 依頼の中には隠密行動や秘密保持のために少人数向けの依頼を発行することもあるし、逆に護衛など多人数向けの依頼もある。


 冒険者ギルドとして、冒険者でない者には何も関係しないが、依頼は話が変わるからだ。


 もっとも、金や契約関係が理由で冒険者が冒険者でない者と共に行動するのは珍しいことらしいのだが。


 さて、現状そのどれにも当てはまりそうもないジンを見た受付嬢は、完全にフリーズしてしまっている。


 嘘をついても仕方がないため、ジンはひとまず本当のことを説明することにした。


「モルモからハクタに来る途中にゴブリン騎士たちが現れてな。俺以外にも御者がいたからとりあえず倒したんだ。まあ色々あってレベルは多分ブロンズに見合わないことになってるからな、ゴブリン騎士くらいどうってことない」


「……あの、その御者さんというのは……?」


「ん? 普通の御者の男性だよ。定期便じゃなくて、旅人向けの契約便を生業としているモリスさんと言うんだが……知らないよな?」


 近代的な公共交通機関が無いこの世界において、町から町への移動には基本的に馬車が使われており、最も一般的なものは隔日くらいで出ている定期便と呼ばれているものだ。


 定期便は数人から数十人が乗れる大型の馬車が決まった時間に出発して目的地に向かう。馬車の護衛をつけることもあるが、それでも一度に多人数を輸送できるため比較的安価であることが多い。


 転生前の世界で最も近いイメージとしては長距離バスだった。


 一方今回ジンが使った契約便というのは、定期便に比べ割高にはなるが御者の都合があえばすぐにでも出発できる。少人数の輸送となるため足も速い。こちらのイメージとしてはタクシーになる。


 タクシーと異なるのは、輸送距離によっては護衛や食料の調達が必要だったり、そもそも契約してくれる御者が見つからないこともある。


 定期便に比べて色々不安定ではあるものの、行きたい時にすぐ行けるというのは魅力的だ。


 今回は護衛無しの1人輸送ということもあって少々どころではない値段となってしまったが、それでも定期便よりも2日は早く到着できたので満足している。


「そう、ですね……普通のお名前ですし、存じ上げませんね……ゴブリン騎士の死体が転がってたとかではないんですよね? 魔物の見間違いということでもないですか?」


 現実に話を戻すと、目の前の受付嬢はまだジンのことを疑っているようだ。訝しげな視線を向け、いろいろな方向から質問をしてくる。


(悪気はないんだろうが……面倒ではあるなあ)


 ジンは半ば脳死でそれらの質問に対して答えていった。


 疑われていることで良い気分ではないが、買い取ってくれるならそれで良いと割り切り早く時間が過ぎるのを待った。


 しばらくして、質問が尽きたのか受付嬢が腕を組んで何も言わなくなった頃に助け舟が来てくれた。


「エステルさん、それくらいにしてください。ジン様に失礼ですよ。ジン様も、無用な時間をとらせてしまい申し訳ありませんでした」


「シアンさん……!」

「シアンか」


 買取担当の受付嬢に注意を促し、すぐにジンに向かって謝ってきたのは以前ハクタを訪れた時に顔馴染みになったシアンだ。今日も今日とて鮮やかな水色の服を纏っている。


 意外かもしれないが、受付嬢の制服は統一されていない。職員の証として、冒険者ギルドの紋章を胸につけていること以外は普通の冒険者たちと同じだ。


 よく見るとシアンの紋章は、今買取担当をしている受付嬢、エステルのものと比べて少し豪華で造りもしっかりしているように見受けられる。


(以前クラインギルド長と話をした時もシアンだけは近くにいたし、立場的にも実は上だったりするのか? 今も頼れる上司として振る舞っているように見えるし)


 ジンが考え事をしている間、エステルとシアンは何やら小声で話し合っている。魔物素材のあれこれは疑いの余地が残るものの、真実しか話していないジンにこれ以上できることは残っていない。ので、成り行きを見守ることにした。


「……事情はわかりました。ひとまず、ジン様の素材は買い取るように。ジン様の言葉におそらく嘘はありません、次以降も気をつけてください。ジン様は私が引き継ぎます」


「は、はいっ!!」


 エステルは勢いよく返事をすると、ジンが持ってきた素材を半ばひったくるようにカウンターから自分に引き寄せ、そのままバックヤードに戻っていった。


 ジンがその強引さに呆気に取られていると、目の前のシアンがカウンターの向こう側から出てきた。


「お久しぶりです。最後にお見かけしたのは1ヶ月程度前……でしたか」


「それくらいになるかな。あれからハクタはどんな感じだ?」


「ゴブリンの襲撃から、かなり立ち直りましたよ。とはいえ外壁をはじめとして、建造物が全て直るのはまだまだ先になると報告を受けておりますが。……さて、今からお時間に余裕はありますか?」


 シアンの唐突な話題の切り替えに面食らうが、特にそのような用事はないためジンは首を横に振った。


「それは良かったです。……今からギルド用の商談スペースを使いますので、こちらにいらしてください。食事と飲酒はできませんが、お飲み物なら用意できますから必要であればおっしゃってください」

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