44 フレーバーテキスト
「あ゛〜〜…………マジで疲れた」
伯爵邸を後にし、宿屋に戻ったジンは荷物を置くと倒れ込むようにベッドにダイブした。
既に陽は落ちきっており、併設の食堂は既に多くの客で賑わっていたが、ジンはそんな光景を無視して部屋まで戻ってきていた。
『うむ。お疲れさまである、の』
「アンドレは気楽でいいよなあ、俺がこんなに苦労してなんとかソルたちをパーティーに引き入れる手筈を整えたってのに」
『我が出るのは伯爵と剣を交える時、という話だったであろう。そもそも提案したのはお主ではないか』
「まあそりゃ、そうなんだけどさあ……」
アンドレの頭脳であれば交渉はできるだろうが、どうしたって彼の種族と装備がキツい。
そう感じるのは人間だけかもしれないが、
一目で何者か分からない相手に、対等な立場で交渉を行うのは無茶というものだろう。
『それよりもジン、本当に良かったのか、の?』
「……何が〜?」
既に緊張を解きだらだらモードに突入しているジンは、首だけアンドレを向いて気のない返事をする。
『伯爵が見せたプリーマの手紙のことだ。どう見ても怪しすぎるアレを、本当に信じておるのか?』
「あれか〜……」
ジンが思い出すのはプリーマのサインが入った上質な手紙。宛先はなんと自分の1番上の上司とも言える公爵本人というのだから驚きだ。
内容も仕事の報告はそこそこに、伯爵家の各使用人のスケジュールをはじめとしたおおよそ公爵には毒にも薬にもならないような内容だ。
これを活用する場面があるなら……伯爵家を内部から悪意を持って切り崩す時くらいだろう。
そんなあからさまに怪しい手紙だったのだが……
「まあ
『む? 説明を頼めるか、の?』
言いながらもアンドレはベッドの近くまで椅子を持ってきており、長時間の会話に臨む体勢を整えつつあった。
「……今?」
『今』
こうなったアンドレは諦めが悪いことを知っている。というか諦めが悪いとかそういう次元ではない。
最初は
この手の籠城戦で、
ジンはせめてもの抵抗として、数十秒かけてゆっくりとベッドから体を起こし、その縁に腰を下ろした。
「信じらんねぇよ……完全に寝る体勢だったのに……まあ話すけどさ……そうだな、じゃあ俺の発言の意図からだな」
「……信じましょう」
ロベールから手紙の信用を問われた時に、ジンは確かに口ではそう答えた。
厳密に言えばそれは、伯爵がプリーマの
”コピーペーパー“の話を聞いたことで、手紙を偽造をする方法がいくつも思いついてしまったからだ。
EWOには筆跡を真似られる筆、文字を綺麗に消せる粉、特定の読み手以外には別の文字を見せるインク……などなど、偽造に活用できそうな合成アイテムが存在する。
それらも本来は効果のないアイテムだが、“コピーペーパー”のフレーバーテキストが現実に効力を発揮するのなら、偽造用のアイテムとして実際に力を持っていると考えるべきだ。
ではなぜ、ジンがロベールの発言を信じようと思ったのか。
打算的な部分もあるが、それとは別の答えがジンのスキルにある。
(伯爵はもちろんそれ以外の伯爵家の人間が“気配探知”に反応していない。少なくとも、俺という特定の人物に敵意がないというわけだ。まあ20メートル以上離れていたらわからないが……少なくともこの場での不意打ちや暗殺は考慮しなくてもいいだろう。最低でも40レベルを要求される“気配隠蔽(大)”以上を持っている可能性は無いだろうし……まあ俺を騙す気は無い、ということなんだろうな)
そこまで考えると、ジンはおもむろに手を挙げ、
「私からはこれで最後です。これから伯爵は、その公爵を……」
という具合にプリーマの手紙の件はそれ以上聞くのが無意味と判断し、公爵の戦力確認に移った。
「あの時信じられないと伝えなかったのは、今言ったように伯爵家との関係確保の面が大きいんだが……それと同じくらいアイテムの影がチラついたんだ。貴族なら嘘を知らせる道具くらいは持っていてもおかしくない、ってな」
『だから部分的には、という意味を含ませて信じると答えたわけか、の』
「そういうことだ。それなら嘘をついていることにはならない……と思うからな。まあそれだけ、“コピーペーパー”の存在は大きい。俺が今まで行動できてたのは、言っちゃ悪いがハクタやモルモとかの平均レベルが低かっただけなんだろうなって気付かされたよ」
元々各種アイテムの原料となる合成アイテムでジンが今まで見てきたものは、水や鱗といったそれ単体では効果が発揮しないものだった。
故に、合成アイテムがフレーバーテキスト通りの効果を持っているというのは確認のやりようがなく、また考えの外であった。
EWOの合成アイテムにはRPGらしく、毒劇物や心身を不調にさせる呪具、認められた者以外が触れると感電死するような危険物が少なからずあるにもかかわらずだ。
「不幸中の幸いは、合成アイテムにも効果があると分かったのが“コピーペーパー”っていう直接的な危険のない物だったことだな。これが触れるだけで死ぬような物だったとしたら……想像しただけで体が震える」
『ジンの知識はもはや疑いようがないが、それほどか。不明な物には手を触れぬ方が良いだろうな』
「まあそういうのは、この世界で生きてきたアンドレなら大丈夫だろ。俺が好奇心で触れるのが一番危険だし一番ありうる」
『まあそれもそうだ、の。……ところでジン、飯は良いのか?』
アンドレは聞きたいことが聞けたのか、話を切ってジンに食事を勧めてきた。
部屋に戻ってきて時間はそう経っていない。今ならまだ食べに行けるだろう。
……人間とは不思議なもので、そう考えると途端に腹が減ってくる。
「じゃあ行ってくるか。いつも通り留守番頼む……と思ったらお客さんだな」
トーンダウンしたジンの声に合わせ、アンドレもまた音を立てずにジンの側に寄る。
『我も出るか?』
「反応はない」
たった一言ずつだが、2人は(敵ならば)我も出るか? というアンドレの問いに対して(“気配探知”の)反応はない。という情報共有を行った。
それだけ言葉を交わし黙って待っていると、部屋の外から控えめなノックの音が聞こえてきた。
意を決して、ジンが扉に向かって答える。
「はい」
「部屋にいらしてよかったです。ジン様アンドレ様、私、ソルですわ。今お時間よろしいですか?」
外から聞こえてきた声にさてどうしたものかと、ジンとアンドレは顔を見合わせた。
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