20 合流 ー後編ー

「なあジェフ、ルミオン伯爵は領民から不当に搾取するような部下を許すような人間なのか? ハクタの町を見る限り、そんなことはない気がするんだが」


「うーん……そこは俺も疑問なんだよなあ」


 ジェフは腕を組みながらジンの質問に答える。


「確かにハクタの町の町長、ノーマン子爵は優秀で不正もしない人だ。俺が出向く機会が全くないくらいだからな。ただ、その上のルミオン伯爵は最近少し変わられてな、各地の税の金額を徐々に上げ始めているんだ」


「何か大規模な戦の準備している……のか?」


「俺もそう考えたんだが、この伯爵領は知っての通り国境に面していないから外国との戦の線は薄い。内乱の可能性を考え出したらキリはないが、そういう話も聞かない。私腹を肥しているだけってならいっそわかりやすいんだがな」


 苦笑いと共にジェフは組んでいた腕を膝に置く。今度はジンの番だというような態度に、ジンは腕を組み直して語り出す。


「……第三者に操られている、としたら?」


「ふむ、俺も可能性は考えたんだが繋がりは何も得られなかったぞ?」


「なら、闇の眷属という言葉に聞き覚えはあるか?」


 ジェフは顎に手を当てて考え出す仕草を見せるが、すぐに結論は出たようで口を開いた。


「いや、無いな。アンドレ、“やみのけんぞく”って何か知ってるか?」


 アンドレは机の方を向いてペンを走らせつつも、空いている手を横にひらひらと振った。知らない、と言うサインだろう。

 そんな感じでジェフは近くにいるメンバー何人かに声をかけたが、知っている人間はなかなか見つからない。


 そんな中1人だけ、正解に近い答えを出したメンバーがいた。宿屋でジンと最初に交渉を行った、人見知りの商人だった。


「確か、小さい頃のお伽噺で似たような言葉がありました」


 彼が言うには、ジェフが他のメンバーにした質問を雑談混じりに聞いてわざわざ来てくれたらしい。ジェフに対して堂々と語るあたり、本当に人見知りが激しいのだろう。


「ほお、どんなのだ??」


「たしか世界を乗っ取ろうとするデッカい魔物と英雄の物語で、そのデカい魔物に従う側を“けんぞく”って言ってました。妙に言葉の響きが好きで、子供の頃によく口に出してたのを覚えてます」


 ジェフはその商人に礼を言うと持ち場に帰し、ジンの方をしっかりと見据える。


「まさかとは思うが、その“やみのけんぞく”ってのは……」


「さっきの人が言ったことでほぼ正解。もっと正確に言うと、魔物たちの王、“魔王”の配下だ」


「……おいマジかよ。今の時代にそんなお伽噺の存在が居るってのか……ということはジン、お前さんはルミオン伯爵は魔王、ないしは魔王の配下に操られてるって言いたいのか?」


「少なくとも、俺はそう考えている。ハクタの町の防衛戦は知ってたよな? あれの指揮官が【闇の眷属】だった。少なくとも俺の観察にはそう写った」


 そう、自分の目を指さしたジンをもう一度しっかりと見つめ、ジェフが返す。


「嘘じゃなさそうだな……だったら色々疑問が残る。まず、ゴブリンの指揮官と伯爵家をつなげた理由は何だ?」


「これだよ」


 そう言って、ジンは懐から一通の手紙を取り出す。本来他人に見せるものではないのだが、説得力を上げるためには致し方ないと言う判断だ。


「伯爵令嬢のソルシエール殿直筆の手紙だ」


 その名前に、ジェフは驚いた表情を見せる。


「は? ソルシエール・ルミオンっていえば“深窓のエルフ嬢”か? すげえビッグネームが出てきたな……見せてもらって本当に大丈夫か?」


 “深窓のエルフ嬢”とはまた大層な二つ名だなとジンは思うが、あの一流の職人が造形したと思わせる完璧な顔を思い出し全く名前負けしていないなと思い直す。


「俺も自分宛の手紙を他人に見せるのはあまり乗り気ではないんだが、信じてもらうためにな。この件は手紙の後半に書かれている、できれば前半部分は見ないでくれるとありがたい」


 わかった、とジェフは恐る恐る手紙を受け取り、ジンの言った通り後半くらいから読み始めてくれた。


 1分くらいかけて読み終わると、ジェフは手紙をしっかりと折りたたんでジンに返した。


「どうやって彼女と知り合ったかは聞かない。署名は伯爵家の印璽こそないが、偽装バレのリスクを考えれば本物だと言える……とすれば残りの疑問は1つだ」


 人差し指を立てたジェフは、これまで以上に真剣な態度でジンを見る。


「なぜジンは【闇の眷属】が魔王の配下だと確信を持って言える? 魔物を操る王の存在なんぞ、今は影も形もない。知っていたとしても、勇者サマやら教皇サマやら、なんかそういう使命感バチバチのお偉い方々だろう」


 その言葉を受け、ふう、とジンは息を吐く。


(とうとう言う時が来てしまった、というわけか)


「……ジェフから見せてもらった女神の言葉、あれが分かるメンバーを呼んでくれるか?」


「女神サマ関係ってことだな。……あー、そのことなんだが」


 ジェフは真剣な態度を少し崩し、バツが悪そうな表情で頭を叩く。


「宿屋では人数をぼかした言い方をしたが、実際に読めたのは俺とアンドレだけなんだ。期待させていたなら申し訳ない」


 謝るジェフを見て、むしろジンに申し訳なさが募ると同時、よく見知った2人に共有できるという事実に安堵感も抱いた。


「謝らなくていいさ……なんだ、だったらそこまで気を張らなくてもよかったな。アンドレを呼んでもらえるか?」


『その必要は無いぞ』


 アンドレは書き物を終えたようで、定位置であるジェフの後方へと近づいて来ていた。


「丁度呼ぼうと思っていたんだ」

『気にせずとも良い。話は途中から聞こえておったが、例の女神文字のことでよいか?』


 女神文字とは安直だな、と思いながらジンは頷くと、持ち物の中から分厚い表紙に複雑な模様の入った本を取り出す。

 そしていつの間にか、“図鑑”とタイトルが変わっていた表紙を2人に向けて見せた。


「随分と豪華な本が出てきたかと思ったら……“図鑑”? 何だそりゃ? というかその表紙の文字は……」


「そうだ。ジェフやアンドレの言う女神文字、だ。俺はこれを書くことができる……今から書くものをジェフとアンドレ、2人同時に読み上げてくれ」


 そしてジンは持ち物から、自身のノートとペンを取り出す。そこに文字を書いていき、あっという間に書き終えて二人に見せる。


「『これが読めれば日本という国の言葉がわかる』」


 言い終わるとジェフとアンドレは顔を見合わせ、同じタイミングでジンの方を見た。


「少し難しい内容かもしれないんだが、聞いてほしい。俺の出身地は日本、この世界に無い国からやって来た。女神文字は日本という国の言葉なんだ。そして俺は、日本でココと良く似た世界のことを知った……だからかはわからないが、俺はこの世界に連れてこられてしまったんだ。恐らく、女神の手によって」

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