13 魔法使いソル

 2匹のゴブリンを倒したジンは、息を整えながらテレンスとソルの元に向かう。


「テレンス殿、“挑発”のスキルを使ってくれて感謝する。おかげで増援を呼ばれることなく討伐ができた。……さて2体のうち、先に倒したゴブリンは超反撃で倒したんだが、見ていたか?」


 テレンスはジンに頷き返す。


「もちろん見ていた。が、お前の動きは洗練されていないにもかかわらず、超反撃までの流れがとてもスムーズに思えた」


「テレンス殿にはそう映ったか。ソル殿にはどう見えた?」


「私は戦闘のことはあまり詳しくはないのですが……ゴブリンの攻撃を予知して回避しているように見えましたの」


 ふうむ、とジンは考えて答えることにした。


「俺はなにも、ゴブリンの動きを完全に予知できているわけじゃない。武器の構え、近づいてくるときの速さ、どこを見ているか、そのあたりの情報を掛け合わせて判断している。テレンス殿との模擬戦では、少しでも超反撃ができないと思った攻撃は、全て防御させてもらっていた」


「なるほど。相手を観察する目が重要ということだな」


「そういうことだ。……他の冒険者たちから同じようなことを教わったことはないのか?」


 これは素直にジンが感じた疑問だった。魔物が日常的に跋扈する世界であるなら、効率的にダメージを与えられるカウンターの技術は、より知られているほうが自然だ。


 ジンの言葉にテレンスとソルは顔を見合わせるが、すぐにソルが答えた。


「無い、ですわ。ジン様が仰っている観察眼は一朝一夕で身に着くものではないでしょうし。それに冒険者の方々にとってはこの技術を広く伝えることで、周りの実力が付きすぎ現在の立場を脅かしてしまう、と考えているかもしれませんわ」


「俺みたいな冒険者を目の前にして言う台詞ではないと思うんだがな……まあ、一理あるな。知識の独占というのはそれだけで巨大な利益を生む。もちろん本当のことかはわからないがな」


 さて、とジンは街道の先の森を睨みながら続ける。


「討伐は完了だが、どうする? 元々は少し森の中を進んで、少数のゴブリンが居る場合は倒す予定だったが……」


「こんな昼のうちに森の端にまでゴブリンがいるなんて、あり得ませんの。ゴブリングレートの影響が既に、森全体に広がっているということかしら?」


 確かに状況だけ考えればその通りなのだが、ジンにはそう結論づけることに違和感がある。


(確かにゴブリングレートには他のゴブリンを指揮できるが、指揮力は格下のゴブリン騎士にも劣る。とても森全体を覆うほどの数のゴブリンを指揮することなんて不可能だ。たまたま近くにゴブリングレートが居る可能性もあるが、それならすぐ襲ってくるはずだしな)


 原因が掴めぬまま撤退するしかないか、と考えていると、森の中から誰かが走って向かってきているのが見えた。


 森を出るまでは少し距離があるのだが、その様子は平常のものではない。


「もうすぐ森を出られる! 急げ!」


 遠くからでは正確に聞き取れなかったが、必死に叫ぶその姿から、救援を求めているのは間違いない。

 3人はアイコンタクトをすると、すぐさま救援に動き出した。


「援護する! 何があった!?」


「大量のゴブリンだ! あんたらも逃げろ!!」


「群れの領域にでも入ったか!?」


「わからない! 弓使いアーチャーでも気がつかないうちに囲まれた!!」


(おいおい、それが本当ならゴブリングレートどころの騒ぎじゃないぞ)


 具体的にどのように、何匹に囲まれたかはわからないが、もし通常のゴブリンが本来持ちようのない隠蔽系のスキルによるものなら、北の森攻略の難度は跳ね上がる。


 ジン達が出くわしたゴブリン2匹はおそらく通常のゴブリンだったことから、特に考えはしていなかったが……


 様々なことを考えているうちに、ゴブリンたちの姿も見えてきた。ざっと見ただけで30匹はいる。


 とてもではないがジンの処理できる数を超えている。恐らくテレンスも軽傷で済む相手ではないはずだ。


 冒険者たちと同じように自分も逃げてしまおうか、と考えていると美しい声が隣から聞こえてきた。


「テレンス、森の出口を死守なさい。街道上のゴブリンたちを一掃しますわ」


「! お嬢様、私以外の前で杖をお使いになるのですか!?」


「冒険者の方々を救うためですの。いくら貴方でもあの数のゴブリンを殲滅させるのは無理でしょう? 仕方ありませんの」


「……承知しました」


 テレンスが急いで森の出口に向かっていく中、置いてけぼりになっているジンがソルに声をかける。


「どうするつもりなんだ? 魔法使いメイジの使う魔法ではあれだけの数を一掃するのは難しいと思うが」


「確かに、出発前に私の職業ジョブ魔法使いメイジとお伝えしておりました。ですが私の魔法を使う能力は、それだけではないですの」


「一体どういう……」


「お嬢様! まもなく冒険者が森を出ます。詠唱の準備を」


「わかりましたわ」


 そう言うと、ソルは懐から杖を取り出す。杖の先には美しい緑の宝石がついていた。

 彼女が魔法陣を構築するのと同時にその宝石も強い光を放つ。


 魔法陣とは異なるその光に、ジンは見覚えがある。


(このエフェクトはもしや……)


 ジンが驚いているのと同じように、逃げる冒険者たちも驚きながら森の外へと飛び出した。

 それを確認するとテレンスもソルの射線上から外れる。


「“シルフアロー”」


 ソルの言葉が紡がれると、杖の先の光が風をまとった透明な矢に変わっていく。


 その矢が30センチほどの大きさになると、ゴブリンの群れに向かって射出された。


 ゴブリンの背丈の半分にも満たない小さな矢は、先頭のゴブリンに当たるとそのエネルギーを爆発させた。

 周囲の木が大きく揺れ、続いてドン、という音と共に衝撃もやってきた。


 ジンと逃げてきた冒険者は全景を見ることは叶わなかったが、ゴブリンは間違いなく全滅だろう。

 ソルはジンに向かって小声で語りかける。


「改めまして、私の正確な情報をお伝えいたします。職業は魔法使いメイジ、そして種族は亜人間デミヒューマンの“エルフ”ですわ。驚かれました?」

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