8 見たことのない“ゴブリン” —後編—
「確かにレベル20を超える強さなら、
聞いてきたのはギルド長のクラインだ。
ここからが勝負だ、とジンは気を引き締める。
嘘のない情報を提供した上で、
「魔法の集中砲火を浴びせられればレベルが低くても比較的楽に倒せるが、弱点属性は無いし、ゴブリングレートが魔法使いに近づかれないようにするタンクの役割ができる人間が必要だ。最低でもここには、
具体的には
「ギルド長にも質問なのだが、この町の冒険者でゴブリングレートを討伐できそうか?」
「情報通りなら無理だ」
クラインは間も置かず断言した。
「現在この町で登録されている最高ランクの冒険者は
「なら
「そっちは不可能ではないが、
まあ基本職がほとんどだと言われるこの世界では、そうなってしまうのか、とジンは考える。
本来
……もっともそれは基本職であれば、の話なのだが。
「そうか、わかった……ちょっと趣旨の変わる質問になるが、ゴブリングレートがいると思われる森を避けて別の町へ避難したり、別の町の
「他の町への救援に関しては既に行っています。ただジン様の情報はありませんでしたから、手始めに魔物の種類の調査を別のギルドにお願いしているという状況です。仮にすぐ対応いただいても、街道の先の町からゴブリングレートが発見された場所までは馬車でおよそ2日かかります。ですから、すべて順風満帆に行っても1週間は事態の進展はないと思われます」
この質問には後ろに控えるシアンが答えてくれた。
(いずれは討伐されるだろう、ということだろうが……隣の町でいきなり魔物や冒険者が強くなりすぎることはないだろうし、もっともっとかかると見てよさそうだ)
よしよし、とジンは心の中でほくそ笑む。
「ありがとう……1つ、お願いがあるのだが」
ジンは意を決してテレンスに向き直り、言葉を切り出した。
「テレンス殿、俺に稽古をつけてほしい。最低でもゴブリングレートに傷をつけられるようになれば、勝機はある」
「本当か?」
「ああ。もちろん今までの情報を信じてくれるのなら、だが」
そう言うとテレンスはジンを訝しむような視線を向けてきた。
「あー、すまないジン君。テレンス殿には事前に、君の情報として
なるほど、確かに
(本当はもう少し折を見て話したかったんだが、仕方ないか)
「分かっているなら尚のことお願いしたい。
自分でも少し苦しい内容であることはわかっているのだが、今あるチャンスを逃したくはない。そう思ってジンは頭を下げる。
するとテレンスはその重い腰を上げた。
「訓練場はどちらにありますか、クラインギルド長」
「訓練場ならギルド内にありますが……本当にやるつもりですか、テレンス殿? 私も正直、彼がこんなことを言い出すとは思ってもみなかったことです」
「私はこの男が今回の騒動の黒幕、もしくはその関係者ではないかと考えておりました。魔物の情報提供も、魔物に対する的確と思われる対抗策も、嘘をついてしまえば多数の冒険者を殺せるためです。……直接会話した今も、その思いは消えておりません」
ただ、とテレンスは続ける。
「この男には何としてでも強くなりたいという強い意志を感じます。故に、ここでその精神を折ります。
「いくら町長から保護されている立場とは言え、うちの冒険者に言って良いことと……」
「いいんだ、ギルド長。訓練だから勝つ必要はない。手っ取り早く経験を積みたいだけなんだ。……案内を頼む」
ジンの言葉を聞いたクラインは一瞬シアンとアイコンタクトを取り、諦めたようにため息をついた後に歩き出した。その手はついて来いと合図をしていた。
訓練場に到着し、練習用の武器として選んだ木の短剣の感触を確かめつつ、よしよし、と考える。
(さて、ここまでは計画通りだ。後は俺がどれだけテレンスに食らいつけるかだな)
先ほどの勝つ必要はない、というジンの言葉に偽りはない。
EWOでは、
そして得られる経験値は善戦すればするほど、レベル差があればあるほど増える仕様だ。
(もともとはサブキャラ育成加速用のシステムだったが、この世界にも実在してくれるとありがたい)
実在しない場合でも、訓練自体に特にデメリットは無いため、試してみたかった内容である。
ジンの企みの終着点は、
そのため裏技的な
そして
ただ、もちろん魔物の特徴次第ではもっと強い魔物の可能性があった。その場合は本当のことを知らせた上で拠点を移すつもりだったが。
とはいえ、本質的には
(ゴブリングレートの通常ドロップ品、“グレートなバングル”は火力が不足気味な
―――――――――――――――――――
グレートなバングル 【装飾品】
物理攻撃力が少し上昇する。
ゴブリングレートが落とすバングル。
装飾もサイズもなかなかにグレート。
―――――――――――――――――――
グレートなバングルはゴブリングレートが高確率で落とす固有のドロップ品で、装備キャラの物理攻撃力を10%上昇
させる。
討伐適正レベルを考えると上昇量は低めだが、序盤で入手できるなら恩恵は大きい。
またテレンスの話が本当なら、この世界では魔法を纏った武器は平民では持てないほど貴重なものらしい。
であれば、特殊な効果を持った装飾品も同様に貴重である可能性が高い。つまり次にゴブリングレートに会うまで手に入らないかもしれないのだ。
(貴重な
そう気合を入れて訓練場の試合スペースへと足を進める。
正面に立つテレンスは、服装はそのままだが右手に木の剣、左手に鉄の盾を装備している。どうやら普段は剣を主に使う
(盾は厄介だが、武器が剣ならやりようはある)
試合開始時の立ち位置に着くと、ジンは深呼吸をしてテレンスを再び見る。
テレンスもジンのことを静かに見つめており、一切の隙が見当たらないように見える。
どう攻めていこうかと考えているうちに、2人の間に立つクラインから声がかかった。
「この模擬戦は私が審判を行う。通常の模擬戦と同様に、相手が気絶・ないしは降参を宣言した場合、もしくは私が模擬戦を止めた場合に終了とする。魔法の使用は禁止とし、スキルも殺傷性の高いものは使用禁止だ。……双方準備はいいか」
「ああ」
「もちろんです」
「では、模擬戦始め!」
クラインの掛け声とともに駆け出したのはテレンスだ。剣を肩口に構え一直線にジンを目指す。その速さは今まで見てきたスライムたちとは大違いだ。
(振り下ろし、もしくは袈裟切りの構え!)
思うと同時にジンも動いた。テレンスの右手の剣よりもさらに右にステップ。
「ふッ!」
とテレンスは息を強く吐き出すと同時、剣を斜めに薙ぐ。ジンの右への移動は大した移動量ではないために、振り下ろしの角度を少し変えるだけで問題なく届くと判断したからだ。
ただ、ジンの読みはその先を行く。
「はッ!」
ステップを終えてテレンスが剣を振り始めるよりも数瞬早く、ジンは体を前に動かしていた。利き手ではないが左手には木製の短剣が握られている。
2人の身体が交差した瞬間、吹き飛ばされたのはテレンスだった。体格・移動の速さを考えればあり得ない光景といえる。
ジンは左手の短剣をほぼ真横に振りぬいており、テレンスの脇腹を狙って攻撃することで“カウンター”を成功させた。
(ふう……さっきの応接室での発言から、最初は力に任せた攻撃だろうと考えていたがその通りだったな。“カウンター”の吹き飛ばし力が3倍になる仕様を生かせば何とか戦いの形になりそうだな)
と思うが、吹き飛ばされたテレンスはすぐに立ち上がる。
(攻撃力、防御力、素早さ……身体能力全てに劣る俺がテレンスに立ち向かえるものはEWOでの莫大な知識と経験。とことん食らいつかせてもらうぞ!)
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