7 見たことのない“ゴブリン” ー前編ー
不気味なダッシュ&棒立ちゴブリンから離れて、ハクタの町の東側で狩りをしたジンは、結局宿代分相当のスライム20匹を狩ったあと、早めに切り上げることにした。
森からかなり離れているためにゴブリンがジンに向かって出てくることはないだろうが、平原でうろついている可能性はある。さっきの棒立ちゴブリンも今は徘徊しているかもしれない。
そんなわけでハクタの町に戻ったジンなのだが、何やら門が騒がしい。
兵士たちが門の前に集まり、それを囲むように野次馬がさらに多く集まっていた。先ほどのゴブリンの情報が伝わっているのだろうが、それにしては物々しすぎる。
(10匹程度のゴブリンの群れだけじゃこんな騒ぎにはならないだろうが……というか集まるのはいいが門がこんな状態では町に入れないよな)
落ち着くまでの間、スライムでも探して待っていた方がよさそうだ。
しばらくして。
「もう町には入れるか?」
兵士の数は変わらないが、野次馬が引いたところで門の前に立つ兵士に声をかけた。門番の役割をする兵士は昨日から1人増え、物見櫓にも2人ずつ待機させているようだった。
「ああ、問題ない。さっきまで野次馬が集まりすぎてて入れなかったよな、申し訳ない」
と、言いながらも兵士は持ち物検査を始めた。2日目だと持ち物検査の流れや勘所がわかってくるのでスムーズだった。
「何があったんだ?」
「あんた冒険者だろう? 冒険者ギルドに行けば詳しくはわかるだろうが、なんでも普通のゴブリンが森を抜け出して冒険者を追ってきたらしいんだ。だからそいつらが町に侵入しないように、見張りを増やしたってわけだ」
それにな、と兵士は荷物の検査をしながら続ける。
「北の森にここらでは見たこともない大型の魔物が現れたらしい。そいつはゴブリンに似ているらしいんだが、
ふむ、とジンは考える。
(この情報をもたらしたのは昼に見かけた2人組だろう。あのゴブリンだけではなく、大きなゴブリンも出たのか……森に入らなくてよかった。ただ、大男よりも大きいゴブリンか……)
話が本当ならそのゴブリンの体長は2メートル以上あると思われるが、そうなると該当するゴブリン種はかなり絞られる。
オーガやトロルなどの、似た姿の他種の魔物である可能性もあるがそこを考えだすとキリがないため考えからは排除する。具体的な種族名はわからないが確かなことは、
(今の俺ではとても対処できないか。それでも森を抜けて更なるレベルアップのためには倒さなければならないのか?)
どうしたものかと考える間に荷物のチェックは終わったらしく、町に入る許可が下りた。
ジンは早速冒険者ギルドに向かった。
「ジン様、おかえりなさいませ。今日もスライムの核の売却ですか?」
対応してくれたのは魔物素材買取担当のシアン。昨日も彼女が窓口だったため、夕方の時間はずっと彼女が担当なのかもしれない。
「ああ、今日も頼む……ところで、門番からゴブリンの話を聞いたよ。なんでも巨大なゴブリンが出たんだって?」
「はい。ハクタの町周辺の森の魔物の分布を考えればあり得ないのですが、情報の提供者は
一息ついて、シアンは更に続ける。
「平野までゴブリンの群れが追ってきたということで、現在は見張りを強化して万一の襲撃に備えております。今のところ門の封鎖までは考慮しておりませんが、明日以降はジン様もお気を付けください」
「ゴブリンが平原にも現れる……なるほどな」
ゴブリンに関して新しい情報はなかったが、知らないふりをしつつ情報提供者の
この辺りの冒険者のレベルが分かっていないのだが、この世界で上級職以上に転職できる人間が少数であるため強い部類に入ると思われる。
(一緒にいた騎士風の男はそこそこ強いようだな。ならば交渉次第で……)
自分よりレベルが高い人間がいるなら、やり方次第で
「そうだ、その情報の提供者がどこにいるか知っているか? 実際に話を聞いてみたいんだ」
シアンの注意が自分に向いたタイミングで、声を落として続ける。
「もしかしたら俺の知っている魔物かもしれない」
シアンは少し目を大きく見開きながらも、それ以外の表情を受付嬢の顔から変えずに、小声で返した。
「それは本当ですか? ……ちょうどよかったです。現在情報の提供者を当ギルドにて保護しております。上の者に許可を取ってまいりますので少しかけてお待ちください」
シアンはそう言うと席を外した。
受付近くの椅子でしばらく待っていると、シアンが戻ってきた。
「ジン様、お待たせいたしました。面会は可能ですが、正確な情報共有のために私とギルドマスターが同席いたします。構いませんか?」
提示された条件は当然とも言える内容だった。
冒険者ギルドとしては魔物に対する情報が欲しい。加えて広く情報を拡散するためそれが正確でなければならない。
更には目の前でジンが暴れたとしても、
対してジンとしては冒険者ギルドへの情報提供自体にメリットはほぼなく、
なんなら冒険者ギルドがバックについているぞ、と勘違いしてくれそうでありがたいくらいだ。
「問題ない。その人がいる場所まで案内してくれ」
「感謝します。こちらです」
そう言われて、シアンが出てきた扉に入る。
中はシアンのようなギルド職員たちの仕事場のようだ。皆、書類や素材に目を通しながら何かを次々と書いていく。紙のサイズ的には依頼書だろうか? あの職員が持っている素材は牙のようだが、
「気になるとは思いますが、今はお控えください」
シアンからそう注意され、ジンは目線を前に固定すると、正面の通路の少し先から、1人の男がこちらの様子を見ていた。
「君と話すのは初めてだね、ジン君。私がこの冒険者ギルドのギルドマスター、クラインだ。よろしく。冒険者ギルドが注意喚起をした、巨大なゴブリンについての詳細を知っているかもしれないということだが、間違いはないかね?」
「その通りだ」
うむ、とクラインは鷹揚にうなずきながら彼の左手の扉を示した。
「では部屋に案内しよう。情報提供者はこの部屋の中で待機してもらっている。魔物に関する情報は最低でもギルド内で共有させてもらうが、人々の安全にかかわらない事項に関しては何も聞かなかったことにする。防音設備もしっかりとしているから盗み聞きの心配もいらないぞ」
「まるで俺が何か企んでいる、とでも言いたげですね?」
「事実そうだろう? なんの見返りもなく、ギルドですら知らない情報を開示するのはよほどの馬鹿がやることだ。場合によってはジン君自身の立場も危うくなる」
ジンはそこまでばれているか、と思いながらも言葉には出さず、微笑みという形で答えた。
「ふむ、やはり君は頭が良いね。将来が楽しみだ……さて」
と、クラインは扉の横に置いてあったベルを鳴らした後、扉を開けた。
部屋の中はきらびやかではあるが豪華すぎることはなく、適度な応接室といった雰囲気だ。
部屋の奥には
街の外でのように武装はしておらず布の服を着ているだけだが、鍛え上げられた肉体がその上からもわかる偉丈夫だった。年齢は今のジンより少し上、といった具合だろうか。
クラインがジンに向き直って話し始める。
「ジン君。こちらが今回、魔物の情報提供をしてくれたテレンス殿だ」
「テレンス殿、よろしく」
と、ジンは右手を差し出すがテレンスは手を出さないどころか立ち上がろうとすらしない。
クラインはその空気を気にしたのか、咳ばらいを1つして続けた。
「……今回ジン君は、テレンス殿が遭遇した巨大ゴブリンについての情報を知っているかもしれない、ということです。調査にご協力いただけますね?」
テレンスはその言葉にうなずいた。一言も話さないのは警戒の表れだろうか。
「じゃあジン君、質問を頼む。席はここのを使っていいぞ」
と、クラインは苦笑いして目の前の椅子を指し示した。そこからテレンスまでだいたい3メートルは離れているんだが……。
(こんな雰囲気で振られてもまともなやり取りになる可能性は低いと思うのは俺だけだろうか)
「……わかった。ではテレンス殿、俺からの質問は3つです」
とジンは椅子に腰かけながら、右手の指を3つ立てて問いかける。
「1つめ、その魔物の大きさはこの部屋の天井よりも大きかったか。2つめ、体色あるいは体毛の色は緑色だったか。3つめ、歯が立たなかったと聞いているが具体的にどう戦ったか。です」
ふむ、とテレンスは考え込むポーズをして固まってしまったが、数秒後、ジンに向き直り口を開いた。
「魔物は大きかったがこの部屋の天井ほどではない。体色は焚火に照らされただけで正確に確認できていないが、緑色だと思う。毛は生えていなかったはずだ。最後に戦いの様子だが……私は
「すみません、追加で質問です。持っていた剣は普通の剣ですか? 魔法などが付与されていることはなかったですか?」
ジンの質問に対して、テレンスは馬鹿にしたかのように鼻で笑いながら答えた。
「そんなものを一介の平民が持っているわけがないだろう」
「……そうでしたね、ありがとうございます。テレンス殿が
EWOでは近接職の中級者への登竜門、と呼ばれることもある有名な魔物だ。
統率力がゴブリン村長やゴブリン騎士より低い分、直接的な戦闘力が高いため、しっかりした装備やスキル構成が必要な相手である。
「正攻法で倒すためには
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