9 宿屋にて

 白鳥の旅立ち亭に着いたジンは、ネームタグを店主に見せるとすぐに部屋に案内された。


(なかなか良い部屋なんじゃないか?)


 冒険者ギルドで1泊1000クルスからという言葉を聞いて、正直宿の質には期待していなかったのだが、部屋は綺麗に掃除されており、簡素なベッドがあるだけだが出入り口にちゃんと鍵がかかる。


 またカウンターで聞いたのだがお値段は朝夕の食事付きで、1泊2000クルスなのだからかなり安い。価格を考えれば非常に良い宿屋であると言える。


 まだ日が落ちかけの時刻ではあるが、あまりにも濃密な1日であったためか、部屋に入って一息つくと途端にお腹が空いてきた。

 ジンは早速荷物を置いて下の階の食堂に向かった。


 食堂はエントランスに併設されているタイプで、部屋の鍵を見せるとしばらく席で待ってくれるよう頼まれた。しばらく待っていると、従業員からお盆に乗った食事をもらえた。どうやら夜は定食らしい。


 肝心の中身はパンにスープ、それに野菜と焼き魚の切り身のプレートだ。

 水はギルドと同じように井戸水を使っているらしく、特にスープが美味しかった。また別の客が話しているのが聞こえたが、魚は毎日変わるようだ。客を飽きさせない店主のこだわりが垣間見える。




 腹ごしらえもして、風呂にも入ったジンはベッドの縁に腰掛けてこれまでとこれからの事を考える。寝転ぶとそのまま寝てしまいそうだからだ。


(俺は本当にこの世界に、生まれ変わってしまったんだな……でも何故なのかはわからない。記憶にある限り、日本での俺はEWOで“ジョブマスターズ”を取るためにギリギリ2徹して椅子に座って寝た……飯もそんなに食べてた気がしないから、日本での俺は餓死でもしたのかもしれないな)


 そこまでの飢えなんて感じてないはずなのにな、と思い、文字通りゲームに命をかけてしまったかもしれないことに我ながら呆れる。


(とはいえ、いまそのことを考えても仕方がない。俺がこの世界で生きていくしかないのなら、俺はEWOと同じようにありとあらゆるものを集めたい。俺の知識がどこまで通用するかわからないが、やれるだけやってみたい。……もちろん痛いのも死ぬのも嫌だけどな)


 ただ、とも思う。


 自分が生まれ変わった、転生したのが偶然なのだろうか。


 自分が最も熱中し、あらゆるアイテムを収め、あらゆる魔物を倒し、あらゆる職業ジョブを極めたEWOと、似通った世界に偶然転生することなどあるのだろうか、と。


 そんな天文学的確率は、ありえない。

 誰かが自分のようなEWO廃人を選んでこの世界に召喚させている、と考えるのが自然だ。


 そんなことが奇跡を起こせるのはそれこそ神的存在くらいだろうが、生憎日本でそんな神様の話なんぞ聞いたことはない。


 ではそういう神的存在がこの世界にあるとして、どうして自分が選ばれたのか。


(順当に考えればEWOの知識を活かして、特に職業ジョブやアイテム関係で何かをしてくれってことなんだろうが……EWO通りなら職業ジョブの女神が本当に居る、のか? ……でももし居るとしたなら……)


 自分一人だけ転生したと考えるのは些か無理がある、というか神的存在の目的を叶えられない可能性が高くなる。それに自分の今の境遇を考えた場合、リスクが勝ちすぎている印象をジンは受けてしまう。


 例えば、神的存在(仮に女神、とする)がこの世界の職業ジョブ制度をEWO通りにすることを目的に、知識を持ったEWOプレイヤーを転生させたとしよう。


 女神が転生を完璧に行えるとしたら、ジンを安全な街中に転生させたり、立場的に危うさの少ないであろう裕福な庶民の子供や、いっそ王族や貴族に転生させても良いはずなのだ。


 親の顔や住んでいた土地すらわからない天涯孤独の身、かつ魔物の縄張りからスタート、さらには残された希望がジンだけ、というハードモードを設定する必要性が女神には全く無い。


 それに加えて、森で出会ったのがスライムよりもっと凶悪な魔物だったら、平原で出会ったのがもっと数の多いスライムの群れだったら、ジンに限らず生身の人間がそこで死んでしまってもおかしくない。


 すなわちこの転生自体が無理のある行為で、女神にとっては非常に切羽詰まっている状況にある、と予想もできる。


 さらに言えば、森に飛ばされ、魔物達を倒し、町にたどり着くところまでが偶然ではなく女神の必然によるものだとしたら、そもそも女神自身が必然を操作して職業ジョブ制度をEWOのそれに戻すことだって不可能ではないはずだ。


 女神にとって、必然を操作することと、人間を転生させることのどちらが労力がかかるかは知らないが。


 つまり、女神は何らかの原因で直接力を振るうことができない状況に置かれている、とも予想できる。


(いっそ女神の気まぐれ、と言ってくれたほうが気は楽なんだけどな)


 ここまでの予想はある程度の理論に則ってしたものだ。神の気まぐれであったり、本当にただの偶然であったりした場合はこの限りではない。


 ただ、そこまで楽観視してはいけないとも思う。


 相手はEWOで敵として現れたことがないキャラクターであり、詳細は不明なものの全く別の世界に住む人間の命を操作できるのだ。敵対するようなことがあれば即座に殺されかねない。


 ある程度は望みに叶うような行動をすべきだ。


(と、いろいろ理由はつけたが結局EWOとやることは同じだ。この世界でも全てを集めてみせる……そのために、まずはこの町で頑張ってお金と経験値を稼がないとだな)


 EWOと同じなら、無職ノービスでしかできない裏技もそのまま残っているはずだ。それが叶えられれば、盗賊王シーフキングまでの道のりを少しだが短縮できる。


 そんな希望を持って、ジンは心身の心地よい疲れに身を任せてベッドに寝転がった。

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