第27話 追跡
日の出と共にシーアの捜索に出発するのかと思っていたけれど、先生はぼくに屋敷の中で待つように告げて、そのまま屋敷の周りをうろうろして何やら探し始めた。
ぼーっと待っていると、そのうちミーナとハンスも起きてきて、結局一緒に朝食を済ませてしまった。
「先生はいったい何をしてるんだろう」
ぼくの顔に早くシーアを探さなきゃという焦燥が浮かんだのを見て、父上は先生が【追跡】スキルを使ってシーアの足跡を探してるんだろうと教えてくれた。
この【追跡】スキルを極めると魔物が持つ魔力の痕跡を辿ることができるようになる。しかし追跡対象が人間や動物、魔力をほとんど持たない魔物の場合には、地道な観察と推察の経験がすべてという地にべったりと足の付いたスキルだ。
「キース。出発するぞ!」
日が完全に昇りきった頃、先生が屋敷内に戻ってきてぼくに声をかけた。シーアの痕跡を見つけたのか、先生の顔は自信が溢れているようにもみえる。というか眼光がちょっと怖い。どちらかというと先生の目は、獲物を追い詰める狩人のそれだった。
出発したその日は王都へ向かう街道沿いを日が落ちるまで進むことになった。道中、先生はときどき馬を止めて森の奥に入りシーアの痕跡が残っていないかを探す。
「キース! こっちにきて見てみろ!」
日も傾き始めた頃、森に入っていた先生が、街道で待っているぼくを呼びつけた。急いで駆け寄ると先生が地面を指さす。地面には丸く浅い穴が出来ていた。
これならぼくにもわかる。シーアの持っている六尺棒の跡だ。
その後、街道に戻って注意深く道を観察しながら進んでいくと、ところどころで同じような丸穴を見つけることができた。先生の推測した通りシーアは夜の間に街道を進み、日中は森の中に身を潜めているみたいだ。
日も落ちて来たので、その日は街道の脇で野営をすることになった。焚火を起こしたあと、木が燃えていく様子をじっと眺めていると気持ちが落ち着いてくる。
しばらく無言のまま二人で焚火を眺めていたけど、先生が薪を足しながら口を開く。
「ヴィルフェリーシアが街道沿いで誰かと接触していたらすぐに情報が入ってくるはずだ。もし森の中を進んでいたとしても、ヴィルフェリーシアは足跡や焚火の跡はまったく隠していない。大丈夫、これならすぐに見つけられるさ」
先生はぼくを励まそうとしてくれているのだろう。その気持ちがとても嬉しかった。でも夜の静けさの中で焚火をじっと見つめていると、そのうちシーアの笑顔が思い起こされて寂しさが身体中に広がっていくようだった。
もうずっとシーアに触れていない。もしこのままシーアと二度と会えなかったら? シーアはとても強い。普通の人間相手なら遅れをとるようなことはないかもしれない。でも……もしシーアが魔物に襲われてしまったら? もしそれが森の魔女ヴィドゴニアだったら? もしシーアの【生きる】が奪われてしまったら? もし、もしもしもし……
「キース!」
先生の鋭い怒声でぼくは意識を取り戻した。焚火をずっと眺めているうちに、妄想に取り憑かれそうになっていたみたいだ。
「ごめんなさい。つい悪いことばかり考えちゃって……」
「あまり思い詰め過ぎるな。おまえが心配するようなことにはならないさ」
「そう……ですよね」
冒険者として最高位のプラチナクラス持ちの先生がシーアの無事を保証してくれている。でもぼくの気持ちはまだ晴れなかった。さすがに不安と寂しさのダブルコンボは精神的なダメージが深い。
「明日は街道を進むときにヴィルフェリーシアの名前を大声で呼びかけるといい。あいつの耳なら遠くからでも聞きつけて飛んでくるさ」
「そうします。えっと……今やってみてもいいですか?」
大声を出せば少しは気持ちが晴れるかもしれない。先生が頷いてくれたので、ぼくは夜空に向かってその名を叫んだ。
「シィィーーーアーーーー!」
森の奥で鳥が驚いて飛び立つ。さらに遠くで獣がぼくの叫びに応えるかのように吠えるのが聞こえた。
「もう寝ろ。明日は夜明け前から出発するぞ」
「はい」
ぼくが横になったのを確認すると、先生はラヴェンナ神への祝詞を唱えながら、野営地の周りに円を描き始めた。夜の魔物から身を隠すための古くから伝わるおまじないだ。
ぼくとしては、あのルーキー駄女神にそんなご利益が出せるのか疑わしい限りだ。でも、先生の低く落ち着いた声で唱えられる祝詞はとても心地がよく、ぼくは自分が眠りに落ち始めているのを感じていた。
「おやすみなさい、先生」
眠りへ落ちる直前に挨拶したその瞬間、先生の動きがピタリと止まる気配が伝わってきた。何事かと先生の方を見ると、先生は人差し指を口に当てながらぼくに静かにするように指示を出して来た。眠気は一瞬にして吹き飛んでしまった。
ぼくはそのまま動きを止めて周囲の音を聞き逃すまいと集中する。しかし、ぼくには焚火の音以外は何も聞こえなかった。
ふと気が付くと、いつの間にか先生は腰の剣を抜いて、火のついた薪を松明にしてもう片方の手で掲げていた。どうも危険な状況らしい。焚き火を消さなかったので相手は人ではなく魔物か獣か。とにかくぼくは音を出さないように気をつけながら、ゆっくりと体を起こし、すぐにでも駆け出せるように態勢を変える。
ガサッ
背後で音がした。こういうときは、とにかく先生の後ろに隠れるよう言われている。全身にどっと汗が噴き出るのを感じながら、ぼくは先生の方に駆け出そうと体をよじる。怖い。でもきっと先生があの剣でぼくを守ってくれるはずだ。あの剣……で?
あれ?
いつの間にか抜かれていたはずの先生の剣が、いつの間にか鞘の中に戻されている。さらに先生は手に持っていた松明を焚火の中に投げ戻してしまった。
「えっーー!?」
ちょっと意味がわからない先生の行動に困惑していると、背後から、
ガサッ、ガサガサガサッ!
という音が近づいてきた。振り向いた瞬間、大きな影がぼくに向かって飛び出してくる。
「坊ちゃまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
影がぼくに突進してくる。それがぶつかった瞬間、ぐぼぁっ!とぼくは変な声を出して、そのまま地面に倒れ……
地面に倒れそうになった瞬間、天地がくるっと回転し、いつの間にか下に柔らかいものがあって、気が付くとぼくはシーアの大きな胸の中に顔をうずめていた。
……シーアだ。
シーアだ!
「坊ちゃまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
それからしばらくの間、ぼくは全身全霊ではしゃいで喜びを表すシーアに頭をぐしゃぐしゃされたり、クンクンされたり、顔中をペロペロされたり、スリスリされたり、とにかく色々何でもしたいままにさせて、シーアが落ち着くのを待った。
シーアがもう少し落ち着いたら、今されたのと同じ以上のことをシーアにやり返してやる! ぼくはシーアの腰にしっかりとしがみつきながら心に固く誓っていた。
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