第23話 実技試験

 筆記試験は無事に合格していた。


【本年の試験はダンジョン踏破となります】

 

 合格通知書には実技試験の内容と集合場所が記載されていた。エ・ダジーマの実技試験は毎年その内容が異なる。


 一昨年は森林踏破、昨年は古城を借り上げての模擬攻城戦だったらしい。毎年何が行われるのか予測ができないところがこの試験を難関なものにしていた。


「まぁ、キースならなんとかなるだろ」

 二日酔いがようやく収まったばかりの先生が適当な感じでそう言った。おそらく先生はぼくの試験にはあんまり関心がないのだろう。それでも色々と尽力してくれているのはありがたい限りだ。


「坊ちゃんなら大丈夫ですよ」

 二日酔いで顔を真っ青にしたシーク師匠が声を振り絞って言った。とりあえず師匠に水の入ったコップを渡す。


「アハハ。もし落ちてもヴィルが喜ぶからぜーんぜんダイジョブれすよー」

 二日酔いの迎え酒を浴びながらノーラがヘラヘラ笑って言った。コイツ……スマホがあったら、このだらしない顔をSNSに拡散してやるのに!


「キース、おまえ宛てに手紙が届いているぞ」

 ふてくされるぼくの頭の上に先生がポンと封筒を乗せる。


「ウヘヘー、坊ちゃまー、ヴィルからラブレターでちゅよー」

「ノーラはそれ以上お酒飲んじゃだめ!」

「わかりましたわかりましたー。これで終わりにしましゅから、坊ちゃんはラブラブしててくださいー」


 酔っ払いの相手はやめにして、ぼくは受け取った手紙を確認する。


 王都での滞在先がこの宿屋に決まったことを実家に知らせてから、毎日のようにぼく宛ての手紙が届くようになった。


 最初の手紙2通は、父上がぼくの様子伺いや家の状況……おもにシーアの状況を知らせる内容だったが、それ以降は基本的にシーアが手紙を書いて、最後に父上がひとこと追記するという形式に落ち着いていた。


【坊ちゃまがいない毎日はとても寂しいです。シーアより】

【母上も心配している。身体には気を付けるんだぞ。父より】

 

 こんな感じだ。ぼくはというと毎日シーアに手紙を書いているので、いつの間にかホームシックもすっかり消え去っていた。


【今日立ち寄った村ですごくおいしい卵料理を食べたよ。いつかシーアにも食べさせてあげたいな。キース】


 シーアに触れることができないのは今だって寂しいけど、毎日手紙でやりとりしていると、それほどお互いが遠いところにいる感じはしない――


 ――なんていう、ぼくの思い込みとは裏腹にシーアからの手紙は日を追うごとに、少しずつ不安ヤンデレ要素を増幅し続けていた。


【坊ちゃま、シーアはとてもとても寂しいです】


【坊ちゃま、坊ちゃま、一目でいいからお会いしたいです】


【坊ちゃま……坊ちゃま坊ちゃま坊ちゃま坊ちゃま坊ちゃま坊ちゃま坊ちゃま】


 シーアの手紙に何度も何度も綴られる言葉が段々と長くなってきている。そして手紙の最後には、毎回念を押すように父上の言葉が記されていた。


【キース。試験が終わったら超全速力で戻ってきて欲しいかな。父より】


 そう。既に手紙の中に危険な予兆は出ていたのに、ぼくは試験のことで頭が一杯でその重要性に気が付くことができなかった。


――――――

――――


 実技試験となる会場は王都の北にある山脈を貫く「青の大回廊」と呼ばれる深く巨大なダンジョンだ。創生神話にも登場するほど古くから存在しており、ドワーフたちによって造られたと信じられている。


 ダンジョン自体は隅々まで既に踏破済みであり、主回廊は馬車1台なら十分通れるほど広く整備されており、交易の重要な要路になっていた。


 主回廊から脇に延びる副ダンジョンがいくつも伸びており、そのうち小さいものは初級冒険者のダンジョン訓練用に利用されることもある。


 合格通知書に記載されていた第7ダンジョンの入り口前には、すでに多くの人が集まっていた。


 主回廊は一定間隔でランプが灯されており、さらにどういう仕組みなのかわからないが、回廊全体はほんのり青白く輝いている。そのため一人ひとりの顔をしっかりと視認することができる。


 ぼくが試験官に到着を報告すると12番と書かれたカードを渡された。よく見ると周りの人達もカードを持っている。


「それでは今から読み上げる番号のカードを持っている受験者は、ダンジョン入口前に集合してください。まずは第1番!」


 試験官がそう声を上げると受験者の中から4人がダンジョン入口前に進み出た。さらにもう一人、大柄の冒険者らしき男がそこに加わる。


「このように受験者の皆さんには4名でチームを組んでこのダンジョンを踏破していただきます」

 

 周囲からざわざわと声が上がる。みんな自分が組むチームメンバーが誰なのか気になったのだろう。


「ダンジョンの最奥に最終的な合否を決定する試験官がいます。彼にカードを渡せば面接試験を受けることができ、その場で合否が決定されます」


「今ではこのダンジョンにモンスターはいませんしトラップもありませんが、要所に試験官が配置されており、彼らから課題が出されます。課題の内容は様々で、例えば、モンスターに見立てた模擬戦や用意された罠の解除といったものです」


「各チームには、皆さんの行動や判断を採点する採点者が1名同行します」


 そう言って試験官は、ダンジョン入口に立つ大柄の冒険者を指さした。


「俺はお前らが最奥部に至るまでの行動や課題をチェックする。課題によっては、クリアできなかった時点で個人若しくはチームそのものが失格になることもあるからな」


 しばらく細かな説明が続いた後、最初のチームがダンジョンの奥へ入って行った。そこから30分毎に次のチームが入っていく。


 2時間を過ぎた頃になると、ここから少し離れたところにある横穴から最初に入ったチームが採点者に先導されて出て来た。先頭の1名を除く3人は肩をがっくりと落としてトボトボ歩いていることからその合否は明らかだ。


 長い待ち時間の間に、自然と同じカード番号を持った受験者同士が集まり、それぞれ自己紹介したり作戦を練ったりと会話を始めていた。


 先ほど第11番が入ってから数十分。そろそろぼくたちの番だ。


「そろそろわたしたちの出番ですね」

 ダンジョンに潜るにはふさわしいとは言えない執事服姿の初老の男性が立ち上がった。

 

「オレ、ゼッタイゴウカク、ソレイガイニミチナシ」

 シベリアンハスキーが二足歩行したような獣人が続いて立ち上がる。その背中にはナタをそのまま大きくしたような獲物が吊り下げられている。


「こんなメンバーで大丈夫なの? 頼むからわたしの足をひっぱらないでよ」

 ぼくと同じくらいの年齢の赤毛ポニテ少女が立ち上がる。二本のナイフがその細い腰の後ろに据えられていた。


「うん。そうならないようにがんばるよ」 

 王都に到着してすぐに新調した小型魔術弓と加速弓用の矢を背負って、ぼくも立ち上がった。


 いつの間にか、ぼくたちの後ろには背の高い女性冒険者が立っていた。彼女が採点官なのだろう。


「それでは第12番、ダンジョンへ!」


 そう試験官が高らかに告げると、ぼくたちはダンジョンの中へと入っていった。

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