第19話 人生80年と言われている最中での出来事。
『・・・しんどい。』タバコが底をつき、吸わなくなってから9時間半が経過。今日は遅番で10時からの勤務。
・・・そう、つまりルーティン化としていたあたしは喫煙所で貧乏ゆすりをしていた。
良介は夜勤明けで今日は休み。おまけにあたしの心を表すかの様に雨がどしゃぶり。
『遅番頑張ってね』のLINEに、『禁煙頑張ります』と返したあたし。
喫煙者ならば分かるであろう、寝起きのタバコと食事後のタバコの気持ち良さ。しかし、近年喫煙者が減っている事は確かで、吸う場所も減ってきている。噂によると、近々この喫煙所も撤退させるらしい。
『動物が森林を無くされてさ迷う気持ちが今なら分かる。』
『隠れて吸っちまえよ。』という悪魔と『ダメよ、ダメダメ。』という天使が格闘している。・・・若干悪魔が有利。
『どれ、フロアに行くか。』施設内に入り、エレベーター待ちをしていると、ゆき主任が非常階段から凄い形相で降りてきた。
『ゆき主任!?どうしたんですか!?』『あ、安部さん!利用者様が1人、朝食後から見当たらないのよ!!』『えっ!?』『全フロア探しても見当たらなくて、今一階に降りて来た所なの。安部さん、すれ違ったりしてない!?』
あたしのフロアには、1人だけ気を付けている男性利用者様がいた。その利用者様は自宅に帰りたい願望が強く、でも身寄りがいない。じたくは既に取り壊されており・・・。
そう、つまり『帰る場所』等ないのだ。
『すれ違ってもいないし、それらしき人も持てません。』『どうしよう・・・。報告書書かなきゃいけなくなっちゃう。』
そうじゃねーだろ。主任のくせに、何ほざいてんの!?万が一、この寒さの上にどしゃ降りの雨の中、施設の外から出ていたとしたら・・・。
『ゆき主任、全フロア、ちゃんと確認したんですよね!?』『隅々まで探したわよ!!』『主任、一応実家があった住所、教えて貰ってもいいですか!?』
あたしはゆき主任に昔存在していた実家の住所を教えて貰い、車で15分程の場所にある『売り地』へと向かった。
『それにしても、凄い雨・・・。』車のワイパーを全開にしても見えずらい位の雨。車内も暖房をつけてようやく温まる気温。
『着いた!!』あたしは車を降り、利用者様を探す。『いない。ここじゃない。じゃぁ、何処に・・・』辺りを見渡していたその時。
『・・・いた。』利用者様は『売り地』と書かれてある場所から少し離れたら小さな公園のブランコにトレーナー一枚と素足の状態で発見した。
『こんな所にいたんですね。』敢えて穏やかな口調で語りかけるあたし。ずぶ濡れで小刻みに震えてる利用者様に、傘と自分が着ているコートをかけてあげた。
『・・・家が恋しくなったんですよね!?』あたしの問いかけに、利用者様はボソボソと何かを呟いている。
『風邪、引いちゃいます。また今度天気のいい時に来ましょう!?』傘とコートを貸している為、あたしは全然ずぶ濡れの状態。すると、利用者様があたしの顔を見ながらこう言った。
『俺の家は・・・なくなっちまったのかい?』
誰だって我が家が1番だと思う。施設は『自宅』ではない。勿論、そう思って貰えるように努力はしている。でも、『帰る居場所がない』。
・・・誰だって途方に暮れ、寂しさが襲うにきまっている。
『ううん、無くなってないよ。今ね、新しく建て替えてるだけなの。』『んじゃぁ、おっかぁ達とまた暮らせんのかい!?』
・・・奥さんは数年前に他界している。この夫婦には子供がいなく、親戚とも疎遠な状態。
でも、それでもこうして必死に生きている。そして、それを支えてあげるのがあたし達介護士の役目・・・。
『うん、暮らせるよ。家が完成したら、遊びに行ってもいいですか?』『勿論いいよぉ。おっかぁの話し相手になってやってけろな。』
胸が痛い。でも、傷付けたくない。後々『嘘つき』だと罵声を浴びせられてもいい。
・・・今、あたしに向けられているこの笑顔を守ってあげたい。
『今日は、帰りましょう?そして、また今度一緒に来ましょう。』『んだな。あんだも風邪引くと大変だから帰るからわ。』
利用者様を車に乗せ、明るい会話をしながら施設に到着。すると、玄関には介護長と、事務長、そして佐野さんの姿があたし達を待っていた。
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