第15話 介護士としての自分の在り方を教えてくれた北風と太陽。
『安部、お疲れ様。』『お疲れ様でした。お先に失礼します。』一階の事務所前。佐野さんはまだ仕事が残っているらしく、まだ施設に残るとの事だった。あたしは呆然とした頭の中で、後悔の念が徐々に襲い掛かって来ているのを感じていた。
施設を出て、喫煙所の椅子に座りタバコに火をつけたと同時に、むせ返るほどの涙が溢れ出た。
初めての『看取り』。利用者様、利用者様のご家族の前では、決して涙を見せないと決めていた。そのツケが今になってドッと噴き出してしまった。
辛い、悲しい、寂しい・・・。働きたての頃、介護長に言われた言葉を思い出す。
『利用者様に寄り添いすぎてはいけない。』『感情移入してはいけない。』
ずっと心に留めながら仕事をして来たつもりだった。でも、実際は寄り添いすぎて、感情移入しまくりで。
介護士として、まだまだなのだと思い知らされてしまう現実。
『介護士・・・向いてないのかなぁ・・・』止まらない涙を手で拭っていると、ガラリと出入り口のドアが開いた。
『あ、佐野さん。』『まだいたのか。』『タバコ吸ったら帰ります。』
泣いていたのをバレたくない一心で、あたしは俯いたままタバコを慌てて吸い、吸い殻にタバコを捨てた。
『帰ります。佐野さんは仕事、頑張って・・・』『思う存分泣けたのかよ?』『え?』『よく頑張ったな、安部。』
優しい言葉なんていらない。いつもみたいに辛口であたしをバカにしてくれたらいい。
・・・今のあたしは、平常心をとても保てない。
『さ、佐野さんらしくないですね(笑)』『よくあの場で泣くのを堪えたな。偉い。』『からかうの、やめて下さいよー(笑)』『お前は立派な介護士だと、俺は思うよ。』
もう無理。限界。これ以上佐野さんと一緒にいたら・・・ 。
『帰りますね!お疲れ様でした!』『安部!』『さよならぁー!!』佐野さんと視線を合わせる事すらせず、荷物を持ったあたしは椅子から立ち上がり、駐車場へと向かおう走り出した。
・・・その時だった。
『こんな時まで強がんなよ。』あたしの腕を掴んだ佐野さんは、逃げようとするあたしを引き寄せた後・・・、あたしを抱き締めた。
『さ、佐野さんっ!?』『泣きたいだけ泣けよ。付き合ってやる。』『でも、佐野さん仕事っ・・・』『優先順位ってもんがあんだろーが。』
『今は安部が1番大事なんだよ。』
ヤバいでしょ。こんな事言われたら間違いなく泣きわめいてしまうだろーが。あー、ヤダヤダ。どないしよ。
『ねぇ、佐野さん?』『何だよ。』『あたし、このまま介護士やっても大丈夫ですかね?』『お前はこれからも介護士を続けるんだよ。そして、そんなお前を俺が・・・』
『陰ながら支えてやるから。』
キュン死に確定。辛かった心が、身体と共にポカポカと温かくなっていくのが分かる。
『佐野さんって、北風と太陽みたいですね。』『何それ?ディスってんの?』『いや、何か冷たかったり優しかったり。』『グダグダ言ってねーで早く泣けよ。』『えーん、えーん。』『・・・うざ!!離れてくんない?』
絶対に誰にも知られてはいけない光景。
絶対に忘れられない佐野さんからの言葉。
『えーん、えーん、おえっ。』『大概にしろよ、このやろう』
この後、佐野さんに首を閉められたのは言うまででもない。
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