第百七十二話 追撃開始

 電波・目視による索敵が極めて難しい状況下であっても、戦艦の発砲となるとさすがに目立つ。その閃光を捉えた皇国軍の偵察型ストライカー"トワイライト・アイ"は、即座にそれを本体へ報告した。

 当然、敵の撃滅を目指す皇国軍としては、このチャンスを逃すはずもない。動ける部隊をまとめて追撃部隊を編成し、退避シェルターから出撃した。


「これは……同士討ちをしているとみて間違いなさそうですね」


 荒れ狂う大気を切り裂きながら飛ぶ"ミストルティン"のコックピットで、シュレーアが唸った。サブモニターには、偵察機が撮影した敵艦の写真が表示されている。嵐・粉塵・暗闇と、撮影には不適な状況が揃っているものの、"プロシア"級高速戦艦が"レニオン"と交戦しているということはなんとか読み取れる。


「わたしの"プロシア"は後方に待機させてあるからね。こんな場所に居るはずがない……つまり、これは帝国軍同士で戦っているとみて間違いないだろう」


 ヴァレンティナは、操縦桿の表面を指で撫でつつ答えた。隕石落着直後よりはずいぶんとマシになったが、それでも気を抜けば機体が明後日の方向に吹っ飛ばされそうな暴風が吹き荒れているのだ。慎重に操縦する必要があった。


「業腹だが、ディアローズの策が聞いたと見て良いだろう。いくら負けそうな戦況でも、皇帝直轄の部隊が反乱をおこすなどそうあることではない」


「うむ、計画通りだ。しかし、問題が三つばかりある。皇帝は生存しているのか? 交戦している部隊のうち、どちらが皇帝派なのか? そして最後に、これは本当に同士討ちなのか?」


 やることが終わったので輝星に操縦権を返したディアローズが、だらしなくシートに身を預けつつ言う。久しぶりの戦闘で、ずいぶんとくたびれてしまったようだ。


「前二つの疑問は、現場に到着すればおのずとわかる事でしょう。しかし、最後の一つは……」


「我々をおびき寄せるため、わざと同士討ちをしているように見せかけている可能性がある、ということだな。こちらに味方をするフリをして、後ろから撃たれたりすれば、たまったものではないからね」


「なにせ、ディアローズの母親ですからね。どんな汚い手を使ってくるやら」


 二人がごくごく真剣な声音でそんなことを言うものだから、ディアローズは思いっきり頬を膨らませた。事実と言えば事実なので言い返しづらいが、あんなのと一緒にするなというのが正直なところだ。


「とにかく、用心するに越したことはないって訳だ」


 苦笑しつつ、輝星は手をひらひらと振る。艦隊に対する隕石攻撃など、めったにあることではない。当然、敵も味方も混乱しているのだ。セオリーが通用する状況ではなく、臨機応変に動くしかない。


「そうですね、後詰の部隊の投入は慎重に判断しましょう。こう視界が悪くては、戦艦も本領を発揮できませんよ。駆逐艦にでも絡まれたら、大変なことになってしまう」


「進むにしろ退くにしろ、先鋒である我々がかなめというわけだ。燃えてくるじゃないか」


 シュレーアの言う通り、視界が悪すぎて大型艦艇は迂闊に前に出すことが出来ない。そのため、先鋒はシュレーア指揮下のストライカー部隊と、駆逐艦を中心とした快速打撃部隊で編制されていた。主力部隊を投入するのは、戦場がどのような状況になっているのか確認がとれてからだ。


「うむ、うむ。それはその通りだ。しかし……」


 頷くディアローズだったが、困ったように視線を手元のサブモニターに向けた。そこには、データリンクシステムを通じて送られてくる味方機のステータスが表示されていた。


「テルシスらは、大丈夫なのか? できれば貴様らには、後方に下がってもらいたいのだが」


 そう、問題は新四天と交戦した三人だ。撃墜された者こそいないものの、彼女らは全員機体にひどい損傷を負っていた。腕や頭がもげている機体まである。通常ならば、大破判定で後送されるレベルだ。間違っても、前線に出すべきではないとディアローズは考えているのだが……。


「いや、奴らにも手傷は負わせている。騎士として、ここで退くわけにはいかんな」


「だいたい、連中の方が先に撤退したんデスよ? 他の奴に追撃を任せたら、手柄を取られるじゃないデスか!」


「ええ、その通りですわ! 貴族の誇りにかけて、あの化け物共はわたくし手で墜としてみせます!」


 この調子である。意気軒昂なのはいいが、危なっかしいことこの上ない。三人は、クローン兵にかなり危ないところまで追い込まれていたのだ。もっとも彼女らからすれば、だからこそ退けないという気分になっているのだろうが……。


「戦後にはお楽しみ・・・・が舞っているのだから、無理だけはするでないぞ。死んでしまえば、元も子もなくなってしまう」


「……あの・・ディアローズに心配されるなんて、新鮮な経験デスねぇ」


 もともとのディアローズは、苛烈な指揮で有名な人物だった。ずいぶん丸くなったものだと、ノラは鼻で笑う。しかし、彼女のいう事にも一理ある。


「うるさいわっ! まったく……」


 ため息を吐きつつ、ディアローズは戦術マップを表示した。敵艦が確認された地点まで、あと少しだ。そろそろ敵と遭遇してもおかしくないだろう。彼女は心配そうな目で、輝星の後頭部を眺めた。

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