第二百四十五話 捕虜公爵

「ぐぬぬぬぅ……男に負けるなど一生の不覚ぅ……!」


 腹部に大穴が開いているという緑のゼニス・タイプのコックピットで、リーン・アンヘル公爵は湿った声をあげていた。ワイヤーでそれをけん引している輝星は、思わず肩をすくめた。


「くくく、無様よなあ」


 心底愉快そうな笑い声をあげるのは、もちろんディアローズだ。彼女はMを自称しているし、実際自分が責められるのも大好きだが、それはそれとしてこうして他人を責めることも好んでいる。難儀な性格だなと、輝星は他人事のように内心呟いた。


「心乱された状態で戦場に出れば、どうなるか? よい教訓になったであろう、アンヘル公爵よ」


「くっ、卑怯な真似を……!」


 ディアローズ発案の挑発を受けて興奮した結果、一騎討ちが始まって一分もしないうちにアンヘル公爵は撃墜された。一瞬で懐に入り込まれ、パイルバンカーでエンジンを貫かれたのである。おまけに捕虜として連行されているのだから、もう救いようがない。


「……というかその声、ディアローズ殿下では?」


「やはりわかるか。ふむ、その通りだ」


 帝国の高位貴族であれば、ディアローズと顔を合わせたことが一度もないということはあり得ない。当然、アンヘル公爵とも面識があった。


「ば、馬鹿な……帝国を裏切ったのですか!?」


「うむ、うむ。まさにその通りだ! くくくくっ!」


「なんということだ、四天のみならず! いったい何が起こってるんだ……」


 アンヘル公爵は頭を抱えた。この戦争が普通ではないことに、今さらながら気づいたようだ。しかし当然、捕虜でしかない彼女にディアローズは詳細を語ってやるつもりはない。

 ニヤリと笑って、ディアローズは後ろを振り返った。遠くに、離脱してきたアンヘル艦隊の姿が見える。すでに射程外に逃れているため、その対空砲はこちらに向けられてはいない。


仕込み・・・はこの程度で良いのだな、シュレーアよ」


 敵戦艦の射撃管制FCレーダーを潰すという作戦は、おおむね成功と言ってもよい成果が得られた。輝星らが大暴れしている間に、随伴の量産機部隊が一撃離脱で正確な攻撃を叩き込んだのだ。輝星たち三機のゼニスは、あくまで陽動。本命の攻撃は量産機によるものだった。

 幸いにも、敵艦からの攻撃のほとんどは輝星たちに向けられていた。一瞬の隙をついて攻撃を仕掛けるのは、そう難しい事ではない。もっとも、大艦隊に突っ込んで攻撃を一身に浴び続けても無事なパイロットなどまずいないから、作戦としてはかなりイレギュラーなものになるが……。


「ええ、十分です。あまり無理をして、墜とされるわけにもいきませんから」


 すぐ隣をとぶ"ミストルティン"から返ってきた声は、流石に疲労がにじんだものだった。戦艦三十隻とその補助艦からなる大艦隊が織りなす弾幕は、ほとんど壁のような強固さだ。それを縫って飛んだのだから、体力的にも精神的にもひどく消耗している。


「それにガレアe-1……この星の衛星から、わが軍のミサイル艇が出撃したという報告が入ってきました。そろそろ、前半戦の仕上げをしても良いでしょう」


 氷結惑星ガレアeには、いくつかの衛星がある。地球の月ほどの大きさはないが、航続距離の短いミサイル艇などの一時的な待機場所としては十分に使える。シュレーアらは戦力不足を補うため、そこにいくつかの部隊を配置していた。


「じきに、敵艦隊に我々の主力が突入する。休んでいる暇はないよ」


 空元気であることがありありとわかる声で、ヴァレンティナが言った。ずいぶんと無理をしているようだなとディアローズは小さく唸ったが、無理をしているのは彼女だけではないだろう。輝星も輝星で、あまり顔色が宜しくない。


「そうですね。しかし、弾薬もすでに乏しい。いったん、ストライカー母艦に戻って補給を受けましょう」


 "レイディアント"ら戦艦部隊のほうに戻るのは危険だ。じきに対艦戦がはじまるのだから、着艦作業をするような余裕はない。さきほど休憩を取るのに使ったストライカー母艦なら前線から離れた場所で待機しているため、安全に補給を受けることが出来る。


「うむ。ついでに、この阿呆も押し付けてこよう。捕虜を連れまわしながらでは、戦闘などできたものではない」


「ええっ!?」


 突然話題に出されたアンヘル公爵が驚きの声を上げた。


「ストライカー母艦に? この私を!?」


 ストライカー母艦は平民向けの艦艇だ。当然、高位貴族が滞在するための施設など備えてはいない。本来ならば、貴族とあらば捕虜でもそれなりの扱いが必要なのだが……今の戦況を考えれば、そんなことを気にしている余裕はない。


「あそこに公爵様を連れ込むのか……」


 ストライカー母艦の小汚い談話室を思い出しながら、輝星は小さく笑った。もっとも、同じく公爵のテルシスや伯爵令嬢のエレノールもあの部屋で過ごしたのだから、アンヘル公爵にも我慢していただくほかない。


「ま、戦争が終われば解放してやるから、少しの間我慢しておれ」


「そんなあ……」


 アンヘル公爵は、しょぼくれた声で呻いた。

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