第百七十話 姉妹の絆

 自分の知らない間に、自分の周りの人間が全員輝星とくっついていた。ヴァレンティナからすれば、面白くないどころの話ではない事態だろう。


「や、やっぱり怒るかな」


「いや、むしろ泣くかもしれぬな」


「そっちの方がキツイな……」


 別に輝星とて、ヴァレンティナのことが嫌いなわけではない。どうするべきか迷い、彼は頭を抱える。


「ヴァレンティナといえば、あの女……今はどうしているのでしょう? 我々がこうして一部屋に集まっている以上、怪しまれているのでは……この部屋に突入でもされたら、ヘタをすれば刃傷沙汰ですよ」


 チラリとサキの方を見ながら、シュレーアが言った。このサムライ女も、当然の権利のように帯刀している。ディアローズによる説得がなければ、主君であるシュレーアとて斬られていたかもしれない。


「ぐっすりと眠っている。昨日遅くまで、拙者がコンコンと説教していたからな」


 ヴァレンティナと同室のテルシスが、腕を組みながら問いに答える。説教したというのは、昨日彼女が輝星にキスの雨を降らせた件についてだろう。もっとも、その説教をした本人が抜け駆けしているのだからひどいものだ。テルシス自身は、別に悪いとも思っていないだろうが……。


「ふむ、タイミングが良いな。では、今のうちに我が愚妹への基本方針を決めておこう」


「基本方針? なんだよ、また悪だくみでもしてんのか?」


 不信感に満ちた視線をディアローズに向けるサキ。一応矛は治めたものの、寝起きそうそうショッキングな写真を送り付けられた件については当然今も根に持っている。


「うむ、まあ言ってしまえばそうだ。しかし、貴様らも一度わらわの策に乗ってしまっている以上、共犯者であろう。悪いようにはせぬから、話くらい聞け」


「チッ……」


 そっぽを向いて、サキは舌打ちした。そんな彼女を見てニタニタ笑った後、ディアローズは言葉を続ける。


「まず最初に、ご主人様にひとつ頼みがある」


「な、何? これ以上俺に何をさせようっての?」


「あ、あー……いや、すまぬな。ご主人様には苦労をかけている自覚はあるのだ。本当に申し訳ない」


 一連の流れですっかりしょぼくれてしまった輝星の不安げな瞳に、さしものディアローズも少し怯んだ様子で弁明する。慌てて彼によると、その小さな体を抱きしめた。


「別に、ご主人様が嫌いでこのような所業をしておるのではないのだ。むしろ、愛しておるからこそ……」


「わかった! わかったから!」


 豊満な胸の柔らかい感触に昨日の熱い夜を思い出した輝星は、あわてて彼女の抱擁から逃れた。一度交わった相手とはいえ、それですっかり慣れてしまえるほど彼はスレていない。むしろ、何もかも知ってしまったからこそ感じる気恥ずかしさもある。


「で、なんなのさ」


「端的に言えば、ヴァレンティナとも結婚してほしい」


「ウワアアアアアッ!!」


 悲鳴を上げて輝星は畳に転がった。ヴァレンティナが嫌な訳ではない。嫌なわけではないが、いくらなんでも嫁が多すぎる。すでに結婚届に記入した相手が四名、数年後結婚予定の相手が一名である。ヴァレンティナとまで結婚すれば、片手の指の数を超えてしまう。地球人テランとしてはまっとうな貞操観念を持っている彼としては、もう想像の埒外にある数だった。


「いや、本当に申し訳ないとは思っておるのだ。しかし、結婚を望む姉妹が居るのなら、自分の配偶者を共有させてやるというのはヴルド人我々の義務と言っていい規範でな」


 冷や汗をかきながら弁明するディアローズの言葉を聞き、シュレーアの脳裏に電流が走った。彼女の姉、フレアも輝星との連婚を望んでいる。ディアローズの言う通り夫の共有はヴルド人の姉妹としては当然のことであり、これを拒否するのは不義理が過ぎる。組織間の仲間意識は極めて薄いが、そのぶん家族間の結束が強いのがヴルド人なのだ。


「そ、そうですね。私はハッキリ言ってあの女は嫌いですが、それでも一人だけ仲間外れというのはさすがに哀れです。書類の上だけでも、認めてあげては?」


 挙動不審な様子でそう言いつつ、シュレーアはディアローズにチラチラとアイコンタクトを送った。それを見て、ディアローズは彼女が自分も姉妹をねじ込もうとしていることを察する。一瞬げんなりした表情になるディアローズだが、この援護射撃は確かにありがたい。仕方なく、乗ってやることにした。


「うむ、その通りだ。助けると思って、どうか我が妹にも手を差し伸べてやって欲しい」


「……」


 輝星は黙り込んで、しばし考えこんだ。確かにディアローズは輝星を拉致した時も、『触ったり舐めたりくらいはさせてやる』だのなんだの言っていた。存外、姉妹愛は強い方なのかもしれない。そもそも彼女は一度ヴァレンティナに裏切られてなお、彼女と遺恨を残さず付き合っているのだ。ヴァレンティナを相当大切に思っているからこそ、そんな態度が取れるのかもしれない。


「……わかったよ」


 結局、輝星はディアローズの提案を飲むことにした。彼女のことは、すでに憎からず想っているのだ。一度身体を重ね合ったことで、その気持ちはより強くなっていた。その彼女が頼むのだから、断りづらい。それに、ヴァレンティナが周囲や自分と余計な軋轢を生むことも、できれば避けたかった。


「やーいモテ男」


 面白くなさそうなノラが、笑顔を顔に張り付けて輝星の脇腹をつつく。輝星は情けない声を上げつつまたも畳の上をごろごろと転がった。


「とはいえ、今すぐというワケにもいかぬ。ヤツは身の程知らずにも、帝国の皇帝位を狙っておるらしいからな」


 ディアローズの言葉に、シュレーアが嫌そうな顔をした。確かに彼女は、輝星と共に赴いたすき焼き屋でそんなことを言っていた。しかし、シュレーアたちとしてはそれでは困るのだ。


「輝星さんと結婚する、帝国の皇帝になる。この二つの両立を認めるのは無理ですね」


 いったいどうするつもりなのかと、シュレーアは強い目つきでディアローズを睨みつけた。



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