第百三十二話 奮戦、ディアローズ(3)

 シュレーアがディアローズと直接矛を交えるのは、これで二回目だ。しかし、彼女の駆る"ゼンティス"の動きは慣れていても対応が難しい鋭さだった。


「っく!」


 殺到する散弾を、大きな動きで回避する。多少命中したところで装甲が貫通されるような攻撃ではないが、センサー部や武装などの装甲によって保護されていない部位に当たれば機体の戦闘力は大きく減じることになる。連射力といい攻撃範囲と言い、きわめて厄介な武装だ。


「まったく、中身も厄介なら機体も厄介と来ている! 面倒な相手ですよ、あなたは!」


 叫びながら、脚部ミサイルランチャーを一斉に発射した。大量の小型ミサイルが白煙の尾を引きつつ"ゼンティス"に殺到する。


「その程度で!」


 ディアローズはこれをフルオートショットガンで迎撃した。無数の散弾のカーテンは、一瞬にしてミサイルの大半を吹き飛ばす。生き残った数発が"ゼンティス"の装甲に命中して炸裂したが、せいぜい表面の塗装を弾き飛ばす程度の効果しか発揮しなかった。


「姉上! 貴女にはここで果てていただく!」


 その隙を突くようにして、ランスを構えたヴァレンティナが突撃する。その槍の穂先を、ディアローズは片手で抜いた長剣でたやすく受け流した。


「この愚妹が! 欲をかきおって……貴様までわらわの手元から出ていこうというのか!」


 妹に裏切られたことは、流石にディアローズとしてもかなりショックが大きかったらしい。叫ぶその表情は、彼女にしては珍しく悲痛なものだった。


「欲をかいたのは貴女だ! 悪道に手を染め、我が愛に手を出し……このような女が次期皇帝など、許せるものではない!」


「やかましい! あの男はわらわのものだ! だが今すぐ謝って北斗輝星を返せば、少しくらいなら貸してやる! さっさと戻ってこんか!」


 ディアローズの言葉に、ヴァレンティナは言葉ではなく突撃槍に固定されたブラスターの一射で答えた。その赤いビームを回避しつつ、ディアローズは叫ぶ。


「愚か者め、コトが終わったら折檻してくれるッ!」


 激情のままショットガンの砲口をヴァレンティナの"ジェッタ"に向けるディアローズだったが、そこへシュレーアが肩部ブラスターカノンを撃ち込んだ。ディアローズは慌ててそれを回避する。


「これは我々姉妹の問題だぞ! 外野が手を出すで無い!」


「申し訳ありませんがそうはいきませんね! 残念ながら、今回に限ってはこの女と利害は一致していますから!」


 実際問題、一般量産機に乗ってハイエンド・クラスのゼニスと一対一で戦えるのは輝星レベルの化け物だけだ。ディアローズ自身パイロットとしても十分以上にエースとして通用する腕前なのだから、ヴァレンティナ一人に対処を投げられるわけがない。


「面倒な女だ……ッ! おいエレノール、何とかしろ!」


「殿下ぁ! 無理です、ちょっと今は無理!」


 部下にシュレーアの対処を任せようとしたディアローズだったが、マゼンタのゼニスに乗った帝国最高戦力から返ってきたのは無情な答えだった。


「さすがのわたくしも、テルシス様とノラちゃんとついでによくわからないサムライを同時に相手にしては身動きが取れませんわ! 申し訳ありませんが、自分で何とかしてくださいまし!」


「だれがよくわからないサムライだコラァ!」


「無論あなたのことですわよこのポン刀ブンブン女!!」


 とにかく、エレノールの援護は期待できそうにない。ディアローズは歯ぎしりした。フルオートショットガンでヴァレンティナをけん制しつつ、言い返す。


「ふん、まあ構わぬ! どうせ勝つのは、このわらわなのだからな」


「姉上も男に狂って頭が鈍ったと見える。どう見ても優勢なのは我々ではないか!」


 ヴァレンティナは勝ち誇った表情でそう言った。たしかに、周囲の戦いも皇国・ヴァレンティナ派連合軍が帝国軍を押しているようだ。だいたい、帝国軍は二線級部隊の"ジィロ"まで投入しているのだから、まともにぶつかればどちらが勝つかなど火を見るより明らかだ。


「くくくく……まったく、その程度だから貴様は皇位継承争いの末席だったのだ!」


 しかし、ディアローズは余裕の表情でその挑発を受け流した。彼女とて、なにも無策で戦いを始めたわけではない。それなりの作戦は立てていたのだ。


「な、何!?」


 その落ち着き払った声音から、けっしてその言葉が虚勢やブラフではないことを察したヴァレンティナが表情を強張らせる。


「別動隊が今、貴様らの艦隊に向かっておる! リレンと共にな……ヤツの機体も修理済みだ、まともな護衛もいない艦隊など、ものの数ではない! わらわはこうして時間を稼いでいるだけで、貴様らはいずれ帰る場所を失って敗走するしかないという寸法だ!」


「く、妙に迎撃機が少ないと思ったら……そういう事でしたか!」


 シュレーアが歯噛みした。半数が離反してなお強力なディアローズ艦隊と戦うため、連合軍はほとんどのストライカー部隊を攻撃に回している。ディアローズの言葉が本当なら、艦隊に大きな被害が出ることは間違いないだろう。


「どうする、いったん退くかい?」


 ちらりとシュレーアに目をやるヴァレンティナ。確かに、いま主力艦隊をやられてしまえば勝ち目は薄くなる。何しろこの惑星の周辺はいまだに帝国軍の支配下にあり、補給すらままならないのだ。ディアローズは艦隊を撃破後、そのまま宇宙へ退避すればいい。補給のないシュレーアたちは短時間で干上がってしまうだろう。


「おっと、そんなことをさせるとでも思ったか? 貴様らはここで釘付けにする!」


 勝利を確信した笑みとともに、ディアローズは"ミストルティン"に急迫して散弾の弾幕を張った。冷や汗を垂らしながら、シュレーアはそれを回避する。


「く……油断しすぎたか!」


 後悔の言葉を口にするシュレーアだが、どうしようもない。とにかく、今はできるだけ早くディアローズを撃破するなり何なりして艦隊に戻らねばらないのだが……彼女ははそれもままならぬほど手ごわい相手だった。



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