第百三十話 奮戦、ディアローズ(1)

「ふむ……案の定、ここを決戦の場に選んだか」


 海上をすべるようにして飛ぶ"ジェッタ"のコックピットで、ヴァレンティナが呟いた。レーダー画面には、十数個の小島が密集した海域へと進んでいくディアローズ艦隊の光点が表示されている。

 戦艦でも島影に隠れてアクティブステルスを張れば遠距離からの発見は難しくなる。戦力の少ないディアローズがこうした場所に逃げ込み、ゲリラ戦を仕掛けてくるのは予想の範囲内だ。


「艦隊の突入は避けた方がよさそうですね。向こうにはあの巨大戦艦、"オーデルバンセン"がある……こちらの至近距離からの撃ち合いになったら、どれだけの被害が出るか考えたくもありません」


 ヴァレンティナ機のすぐ横を飛ぶシュレーアが思案顔で答える。ちなみに、ゼニスに乗っているのは彼女一人だけだ。先の戦いのせいでヴァレンティナやサキ、そして四天二人の愛機は大破状態のまま修理が完了していない。おかげでこちらの陣営は量産機ばかりの華のない状態だ。


「ストライカーで攻撃を仕掛け、向こうの艦隊を炙り出すわけデスか。面白みの薄い作戦デスね」


「にわか仕込みの連携で高度な作戦なんか実行できるわけがないでしょう? 総戦力ではこちらが優勢なのですから、堅実に立ち回るべきです」


 嫌味なノラの言葉にも、シュレーアは余裕のある様子で言い返した。なにしろ皇国軍は開戦以来ずっと劣勢での戦いを強いられてきたのだ。こうして力押しの戦術を取ることが出来るのは、一種感慨深さすらあった。


「とはいえ対艦装備の機体の比率を増やした編成ですから、ストライカー戦ではやや不利です。向こうのストライカー部隊は我々で蹴散らす必要がありますよ」


 今回の作戦では、少数の艦隊直掩機以外はほとんどすべてのストライカー部隊が攻撃に参加することになっている。その先頭を行くのはシュレーアにヴァレンティナ、そしてサキと四天二名という最精鋭たちだ。敵の迎撃機を速やかに沈黙させるために、こういう編成をとることになった。


「ディアローズ本人がどう出るかが問題だ。本人が"ゼンティス"で出撃してくるようであれば、対処が必要だが……はっきりいって、我々の腕でもあの超高性能機に対処するのは難しいぞ。なにしろ、あらゆる攻撃が通用しない」


 テルシスが不満げな様子で言った。同等クラスの機体……つまりは、"ヴァーンウルフ"さえあれば自分一人で対処可能な自信は彼女にもあった。しかし、今乗っているのは何の変哲もない量産機、"ジェッタ"だ。"ゼンティス"の重装甲を抜くにはパワーが圧倒的に足りない。


「その時は……私がなんとかします。このブラスターカノンが皇族専用機にも有効なのは、すでに実証済みですからね」


「むっ……」


 "ミストルティン"の肩部ブラスターカノンで機体を吹っ飛ばされた当の本人であるヴァレンティナが、その形の良い眉を跳ね上げた。


「しかしきみは一度あの女に敗北している。一騎討ちなど挑んで、むざむざやられる姿は見たくないのだけどね?」


「……」


 口をへの字にして、シュレーアは黙り込んだ。確かに彼女は一度、ディアローズとの一対一の戦いで敗北を喫しているのだ。無論二度も負ける気はさらさらないが、正面からハッキリと言われてしまえば反論はしにくい。


「それに、姉上が一騎討ちの履行などどうでもいいと思っている卑怯者なのはキミも知っているだろう? 真面目に戦っていたら、後ろから撃たれるかもしれない」


 ニヤリと自信ありげにヴァレンティナはほほ笑んだ。


「それにいかな皇族専用機とはいえ、囲んで集中砲火すればいずれ堕ちる。わざわざ単機で戦う必要性はないのさ」


「それは……そうですが」


 しかしシュレーアはディアローズを自分で討ちたいのである。自分の敗北のせいで輝星をひどい目に合わせてしまったのだから、その責任は自分自身で取るべきだと彼女は考えていた。とはいえ、無理に意地を張って負けてしまえば元も子もない。仕方なく、シュレーアは頷いて見せた。


「わかりました、一騎討ちは避けます」


「物分かりがよくて何よりだ」


 どうしてこの女は、いちいち腹の立つ言い方をするのだろうか? シュレーアはぷうと頬を膨らませた。


「連中のペースに乗っちゃだめっすよ、殿下。共闘なんて耳触りのいいことを言っても、美味しい所は全部もっていくつもりに違いないんだから……ハイハイ従ってたら、足元掬われますよ」


 サキがぼそりと忠告した。もちろん、ヴァレンティナたちには聞こえないように個別回線を用いての発言だ。シュレーアは帝国側への回線を切り、ため息を吐く。


「所詮、敵が同じというだけの関係ですからね……あまり隙を見せるわけにもいきません」


 今はこうしてくつわを並べているものの、ディアローズを倒した後はどうなるかわかったものではない。最悪、そのまま裏切られて攻撃を仕掛けてくる可能性すらシュレーアは検討していた。


「しかし……連中の戦力が有難いのも事実。まったく、困ったものです」


 輝星という一大戦力を欠いている以上、皇国軍に帝国と正面から戦う力はない。ヴァレンティナらと合流する前の作戦も、あくまで輝星個人を救出するのが主目的でありその後は速やかに撤退する予定だったのだ。


「とにかく、今はディアローズを倒すことが第一っすね。問題はその後か……」


 小さくつぶやき、サキはちらりとレーダー画面に目をやる。迎撃機らしき一群が、件の群島からこちらに向かって接近してきていた。まもなく戦端が開かれる。今は余計なことを考えず、戦いに集中するべきだと彼女は気合を入れた。

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