第百三話 一騎討ちなんか大っ嫌いだ!(2)

「相手は白兵型……森の中ではやや不利、ってところか」


 メインモニターに映し出された黒金のストライカーを観察しながら、輝星は呟いた。一目で装甲の厚さを想像できる重厚なフォルムに、その重量を振り回すための背部の大型スラスターユニット。タイプとしては、先日戦った"天轟"ノラの"ザラーヴァ"に近いだろう。

 しかしもっとも特徴的なのは、右手に携えた大型のショットガンだ。機関部から伸びたベルトリンクは背中に装備されたドラムマガジンにつながっており、連射性の高さがうかがえる。


「フルオートショットガン……変わった得物だが、閉所で相手にするにはツライ。回避も迎撃も難しいな、よし」


 頭の中で戦術を組み立ててから、輝星は一気に機体を加速させた。先ほどまで"カリバーン・リヴァイブ"がいた空間を、ショットガンから放たれた散弾の暴風が襲う。代わりに弾を浴びた巨樹の直径十メートルはありそうな幹が粉々に砕け、すさまじい粉塵が上がる。


「ちぃ!」


 攻撃をたやすく回避されたディアローズが舌打ちする。無論そう簡単に捉えられるような相手ではないことは理解しているが、相手の動きが予想以上に遅い・・ことに苛立っていた。普通、あの速度で回避したところで避け切れるはずがないのだ。にもかかわらず、彼の機体には一切の傷がない。まるで魔法でも使われているようだ。


「なにかチートでも使っておらぬか、貴様!」


「弾の飛んでくる場所がわかってれば、このくらいはね?」


「く、くそ!」


 ディアローズは冷や汗をかきながらトリガーを引き続けた。連続するマズルフラッシュが薄暗い森の中を照らし出し、無数のボールベアリング弾が木々を粉砕する。


「あっ!」


 そんな中、輝星の放った一発のビームが"ゼンティス"のショットガンを撃ち抜いた。弾薬の詰まった機関部が吹き飛び、小爆発を起こす。破片が装甲を叩き、甲高い嫌な音がコックピットに響いた。


「なんてことを!」


「弾を垂れ流してるだけで俺が止められるとでも!」


 射撃の止まった隙を逃さず、輝星はフットペダルを踏み込んだ。青い噴射炎を背に、まっすぐに"ゼンティス"へと向かって飛ぶ。


「させぬっ!」


 フォトンセイバーによる居合のような抜き打ちを、ディアローズは腰から抜いた長剣でなんとか受け止めた。緑のビーム刃と銀の刀身が交差し、スパークが散る。


「ぬうっ……!」


 続く二撃目を剣で受けようとしたディアローズだったが、セイバーによる攻撃はフェイントだった。下腹部を蹴り飛ばされ、たたらを踏む。


「く!」


 追撃しようとライフルを構える"カリバーン・リヴァイブ"を睨みつけながら、ディアローズの白魚のような指がトリガーを弾いた。"ゼンティス"の肩に装備された太く短い大砲が火を噴き、巨大な投網が射出された。


「ネットガン! そういうのもあるのか!」


 ヒラリと軽くネットを回避しつつ、輝星が感心したような声を上げた。地面に覆いかぶさったネットはバチバチと激しくスパークし、苔や倒木を焼き焦がす。


「虎の子だぞ! 簡単に避けよって!」


 これまでの戦闘データから、輝星の回避力が尋常ではないことはディアローズも承知していた。だからこそ回避の難しい武装を揃えたというのに、彼は平気でその作戦を打ち破ってしまう。


「小手先の工夫で倒されてやる義理はないので!」


「うるさいうるさい! 貴様など!」


 "ゼンティス"の袖からヘビを思わせる動きでスタンウィップが飛び出し、輝星を襲う。しかし苦し紛れの攻撃を喰らうような輝星ではない。鞭はフォトンセイバーによって切り払われ、代わりに鋭い踏み込みで再度"ゼンティス"へ肉薄した。


「ぐぇっ!」


 コックピットを激しくシェイクされ、ディアローズが潰れたカエルのような声を上げる。パイルバンカーが"ゼンティス"の腹部に炸裂したのだ。


「そこまで硬いか、皇族専用機!」


 しかしその分厚い装甲は鉄杭を弾き飛ばし、貫通を許さなかった。攻撃の反動で崩れた態勢を立て直しつつ、輝星が感心の声を上げる。


「す、好き勝手やりおって!」


 顔をびっしょりと濡らす冷や汗をぬぐう余裕もないままディアローズが叫ぶ。そして長剣を構え、鋭い突きを放とうとする。


「無理に攻めるから!」


「わあっ!?」


 だが踏み込んだ足元にビームを打ち込まれ、土が吹っ飛んでできた穴につまづいた"ゼンティス"は転びかけてしまう。それと同時に強烈な回し蹴りがそのの胸へ炸裂した。"ゼンティス"が錐もみをしながら吹っ飛んでいく。


「う、うわああああっ!!」


 地面を転がり、目を回したディアローズは猛烈なスピードでとびかかってくる"カリバーン・リヴァイブ"を見て情けない悲鳴を上げた。身をよじって回避しようとするが、もう遅い。"ゼンティス"の胸に馬乗りになった"カリバーン・リヴァイブ"の背中を見たディアローズが熱い息を吐く。


「このわらわの上に乗るだと!?」


 言葉とは裏腹に、彼女の表情は興奮にとろけたようなものだった。一瞬その気配の異様さに困惑する輝星だったが、だからといって攻撃の手を止めるわけにもいかない。"カリバーン・リヴァイブ"が、逆手に持ったフォトンセイバーの切っ先を腹へと突き立てる。


「終わりだッ!」


 一瞬で装甲を貫かれるようなことはなかったものの、回生装甲の蓄電器コンデンサーの残り容量が危険域に達していることを知らせる警告音がコックピットに響き渡っていた。このままでは、数秒もしないうちにエンジンを破壊されてしまうだろう。


「い、いまだ! エレノール、やれーっ!」


 恍惚とした表情で警告音を聞いていディアローズだったが、装甲を貫かれる寸前にハッとなって叫んだ。すると呼応して森の中から一機のストライカーが飛び出してくる。鮮やかなマゼンタ色の、重装型ゼニスだ。その機体は、左手に持った連装ガトリングガンを"カリバーン・リヴァイブ"へと向ける。


「汚名を被ってでも! わらわは墜ちるわけにはいかぬのだ!!」


 獰猛な笑みを浮かべ、頬を赤く染めたディアローズが吠えた。

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