第九十六話 遭遇、天剣(1)

「殿下! 第666砲兵連隊より連絡! ゼニスらしき皇国機に襲撃され、機動砲を全門破壊されたそうです!」


「うぇっ!? うっ、ゴホッゴホッ!!」


 突然の部下からの報告に、ディアローズは飲んでいた緑茶を噴き出した。しばらくむせた後、口を噴きながらテーブルに湯飲みを叩きつける。


「666と言えば、司令部のすぐ近くではないか!! 何故そんな場所に皇国機が居るのだ!?」


「わ、わかりません!」


 泣きそうな顔でオペレーターが首を左右に振る。そんな彼女をしり目に、別のオペレーターが端末を見ながら言った。


「実は、数時間前から哨戒に出していた部隊との通信が突然途絶する事態が三回ほど発生しているのです。おそらく、報告を上げる暇もなく全滅させられていたのでは……?」


「そ、そ、そんな重要な件をなぜわらわ報告しなかったのだ!!」


「し、しかし……殿下は先ほどまで湯浴みをされておりましたので……お邪魔するわけには」


 ディアローズは大の風呂好きだ。暇があれば一時間だろうがに時間だろうが風呂に入っている。戦闘が始まってからこちら、皇国からまともな反撃がないせいで完全に油断していたのだ、むろん、重要な報告があったり戦況が急変したりすれば入浴中であれ飛び出してくるつもりではあったのだが……。


「入浴の邪魔をされるより、必要な報告を怠る方がよほど悪いに決まっておるだろうがこの痴れ者がァ!!」


「申し訳ございません!!」


 本人にその気があっても、普段の威圧的な態度が災いして部下が萎縮してしまっていたのだ。自業自得と言えばその通りである。しかし本人からすれば堪ったものではないだろう。ディアローズはギリギリと歯ぎしりした。


「こんな場所まで殴り込みをかけてくる皇国のゼニスなど、あの北斗輝星以外おらぬだろうな……」


 ぷるぷると手を震わせながら、ディアローズが湯飲みを取る。そして緑茶で唇を湿らせてから、周囲には聞こえないほどの小さな声で呟いた。


「こんなすぐ近くに出てくるのは予想外だが、ヤツが本隊から離れているのならばむしろ好機。よし!」


 一転してニヤリと笑ったディアローズは、手元の端末を操作してとある部隊に通信を繋げた。


「例のプランを始める! 全艦浮上! 指令書に従い攻撃開始!」


 それだけ言って、彼女は通信を切った。そして無言で空になった湯飲みを従者に向けて突き出す。従者はすぐに急須から新しい緑茶を注ぐ。礼も言わず、ディアローズは湯飲みに口を付けた。


「あちっ! ……ええい! こっちを見るなバカ者ども! とにかく、作戦を第二段階に進める。近衛に出撃の準備をさせろ!」


「はっ!」


 司令部がにわかに騒がしくなってくる。もともと、砲撃で皇国軍をくぎ付けにするのは作戦の第一段階にすぎないのだ。次の手の布石はすでに打ってある。後は実行するだけだ。


「第964砲兵連隊より報告! 例のゼニスから攻撃を受けているそうです! 現状の戦力では対処不能であり、増援が欲しいとのこと!」


「ほあああああっ!? さっきよりさらに近づいておるではないか!」


 第964砲兵連隊が展開していた場所は、この司令部から数キロと離れていない場所なのだ。ストライカーの機動性なら一瞬でたどり着ける距離だ。この司令部は強化コンクリートと回生装甲により厳重に防御されているが、あくまで即席で構築された物。ストライカーから集中攻撃を受ければ、崩落してしまう可能性もある。ディアローズの額に冷や汗が浮かんだ。


「殿下、機体の準備はできておりますよ!」


「う、うむ、大儀である」


 こんな状況になれば指揮官自ら出撃して対処するのがヴルド人の流儀ではあるのだが、当然ディアローズには輝星ほどの化け物を倒せる自信はない。わざわざ負けるために出撃するなどご免被るディアローズは、脳を高速回転させて自分が出なくていい理由を探した。


「……そ、そういえばテルシスがスクランブルの用意をしていたな。四天の汚名は四天が雪ぎたいだろう。ヤツに機会をあたえてやる」


「は、はあ……」


 あからさまに失望した視線を向ける部下たちを無視して、ディアローズは通信端末を片手に立ち上がった。そして理由も告げず部屋から出て行ってしまう。追いかけようとしたものも居たが、叱責を恐れた別の幕僚によって止められる。


「テルシス、聞こえるか!」


 人気のない資料室へ入っていったディアローズは、四天の一人……"天剣"・テルシスへと通信を繋げた。


「どうした、拙者の出番か?」


「件の傭兵が出た。貴様が迎撃に当たれ」


「ほう……」


 テルシスの声にあからさまな喜色が混ざった。戦闘狂のケがある彼女は、自分と同じ四天である同僚……ノラを容易に撃退した輝星との戦いを心待ちにしたのだ。


「いいだろう、今すぐ出撃する。任せておけ」


「待て待て!」


 そのまま通信を切ろうとする雰囲気を察したディアローズが慌てて止めた。輝星の異常な戦闘力を考えれば、テルシスとてタダでは済まない可能性がある。一度ならずも二度までも四天が倒されるようなことがあれば、帝国軍の士気は恐ろしいほど下がってしまうだろう。輝星への対処は、しっかり準備してから行う必要があると彼女は考えていた。


「今回は追い払うだけでいい! 本格的に攻撃を仕掛けるのは、ほかの四天どもの準備が出来てからだ」


「なんとご無体な!」


 テルシスは極めて残念そうな声で叫んだ。ご馳走を目の前で奪われた子供のような雰囲気だ。


「司令部に接近さえさせねば良いのだ! どうせ、ヤツはすぐに退く。そのための手はすでに打っているのだからな……。安心せよ、すぐにちゃんと戦わせてやる」


「く……承知した。約束は違えるなよ?」


 答えも聞かずに、テルシスは通信を切った。残されたディアローズが深いため息を吐く。


わらわは次期皇帝であるぞ? なぜこんなぞんざいな扱いを受けねばならんのだ……」

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