第九十話 ノロケと恨み節と

「また来たの? アンタたち、随分暇みたいねえ」


 入室した二人を出迎えたのは、あきれ顔のミランジェだった。輝星とサキが皇国のトップエースであることは、当然彼女も知っている。それが連日遊びに来るのだから、仕事をしていないと判断されても仕方がないだろう。


「しゃーないだろ、帝国は地味な嫌がらせしかしてこねーし。大規模な正面戦闘なんか、しばらく起きてねえんだよ」


「あのディアローズ様にしちゃ、随分と消極的な作戦ね」


 友人相手のような気安い口調でサキが言った。敵国とはいえ大貴族を相手にするにはあまりにも不敬な物言いだったが、ミランジェはそれを咎めることはなかった。どうもこの二人は相性がいいらしく、短い期間で妙に仲良くなっていた。


「ビビってんじゃねえのか? この前、大負けしたわけだし」


 そう言いながら、サキは部屋の中央に置かれた椅子へと腰を下ろした。輝星もそれに続く。


「だとしたら面白いわね。あの高慢なお姫様が怖がってるところなんて、大金を払ってでも見たいくらいだけど」


 ニヤニヤと底意地の悪い笑みを浮かべるミランジェ。貧乏くじを引かされたことが腹に据えかねているようで、彼女は自軍の総大将に対して辛辣だった。


「ま、それはいいとして。今日は何の用?」


「差し入れ持ってきたんですよ。ほらこれ」


 輝星がカップ麺を差し出した。ミランジェはそれを受け取り、興味深そうにラベルを読む。


「ギガ盛とんこつラーメン・ニンニク三倍バージョン? アンタ、貴族の令嬢に何食べさせるつもりよ」


「別にいいでしょ。旦那さんはここに居ないんだから」


「三流愛憎劇の間男みたいなセリフね……色気なんてあったもんじゃないシチュエーションだけど」


 何とも言えない表情で呻きながら、ミランジェも輝星たちの対面に腰掛ける。そしてカップ麺をテーブルに置き、輝星の顔をしげしげと見た。


「アンタ、顔だけはいいんだからそういう事を面と向かって言うのはやめときなさいよ。勘違いする馬鹿も出てくるわよ?」


「これで勘違いするとか真正のバカでは?」


「待てよ、うちの殿下なら勘違いしてもおかしくねえぞ」


「確かに!」


 サキとミランジェは顔を見合わせて大笑いした。本人が居ないとはいえ、言いたい放題にもほどがある。輝星は小さくため息を吐いた。


「それで、まあ、これと交換してほしいものがあるんですが」


「なに、またお菓子? いいわよ、まだまだいっぱいあるし」


 ミランジェはリスかハムスターのように自室に様々な食料をため込んでいる。とにかく、食べるのが大好きなタイプなのだ。この手の交換取引には気軽に応じてくれる。


「いや、レーションの類で良いのはないかなと」


「今日もメシが牛丼らしいんでな。手土産もってタカりに来たって訳よ」


「またぁ? この頃そればっかりじゃないのよ!」


 ミランジェが顔をしかめた。当然、物資が欠乏している現状では捕虜にだけ特別な食事が出るはずもない。輝星たちが牛丼ということは、ミランジェにも牛丼が出てくるということになる。


「もー、しょうがないわねえ……ちょっと待ってなさいよ」


 深々とため息を吐き、ミランジェは立ち上がった。向かう先はクローゼットだ。ここに大量の食糧が隠されているのである。

 それから十数分後。輝星たちの前には湯気を立てるステーキと瓶詰のザワークラウトが置かれていた。ステーキはヴルド人のソウルフードだ。サキがヨダレを垂らしそうな表情で、その大きな肉塊を眺める。


「いいもん持ってるじゃないか!」


「レトルトだけどね。ま、牛丼よりマシでしょ」


 何でもないことのようにいうミランジェだったが、このステーキは金を持った貴族しか買えないような、オーガニックビーフのしっかりした物だ。培養タンパクと調味料でごまかした模造品の合成ミートなどとはモノが違う。当然、貧乏所帯の皇国軍ではこんなものは食べられない。


「レトルトったってなあ。ええ? オーガニックだろ? すげえよホント」


 めったにないご馳走を前にして、サキのテンションはかなり高かった。褒めちぎられたミランジェはどや顔で胸を張る。


「まあわたしは次期ミスラ侯爵だし? 貧乏人共に恵んであげるのも貴族の義務のうちだし?」


「いやーさすが大貴族様だ! 尊敬しちゃうなー!」


「わはははは! それもほどでも……あるけどぉ?」


 実際問題、カップラーメン一つで二食ぶんのオーガニック・ステーキを提供するのはアンフェア極まりないトレードではあるが、こうしておだてておけばミランジェは上機嫌でそれを許してしまう。かなり付き合いやすいタイプの人間であるのは確かだった。

 当然、二人は遠慮せずにステーキにかぶりつく。レーションとはいえ大貴族向けの製品だけあって、やはり素晴らしく美味しい。


「美味しいけど、ちょっと多いな……」


「マジかよ。もったいねえな、貰っていいか?」


「いいよいいよ。食べちゃって」


 とはいえ、輝星は比較的小食だ。あっという間に満腹になり、残りはサキに押し付けた。それを見たミランジェが苦笑する。


「たくさん食べないと大きくなれないわよ?」


「残念ながら成長期は終わってるんですよ」


 細切れのザワークラウトをスプーンで弄りつつ、輝星が答える。この酸味のある発酵キャベツは、肉を食べてこってりした口内をサッパリさせるにはちょうどいい。


「まあ確かに、あなたは男にしては背は高いけどね」


「婚約者の人はもっと背が低いんです?」


「もちろん! ちっちゃくって可愛いのよ、わたしのカレは」


 婚約者の話を振られ、ミランジェは嬉しそうに答えた。しばらく彼女によるノロケが続く。とはいえ、料理を提供してもらった恩がある。輝星は聞き流さずに真面目に聞いていた。


「だからね、カレは最高の最高なのよ! 結婚式に間に合うように解放されなきゃ困るわ!」


「それは戦争の流れ次第だからなあ……」


 サキが若干うんざりした表情で答える。貴族の捕虜は身代金を払うことで解放されるのが普通だが、戦争が終わらないことには身代金交渉すらままならないことはよくある。


「どこかの誰かが頑張りすぎたせいで、帝国の一方的大勝利! なんてのは非現実的になっちゃったから……」


「仕事なので」


 恨みがましい目を向けるミランジェに、輝星はニヤリと笑って見せた。悪びれないその態度に、彼女は肩をすくめる。


「ま、一番悪いのはあのディアローズだけどね! このわたしにあくどい事の片棒担がせちゃってさ!」


 ディアローズの顔を思い出してミランジェは憤慨した。終末爆撃で民間人ごと都市を吹き飛ばすディアローズのやり口は、彼女としても思うところがあるようだ。こうしてたびたび恨み言が飛び出すあたり、根は深い。

 そんな彼女に、輝星はふとヴァレンティナの言葉が脳裏をよぎる。彼女も随分とディアローズを嫌っていた。総大将にしては、ずいぶんと人望がないようだ。


「帝国の別の人も悪く言ってましたね、そういえば。帝国軍の中ではあまり好かれてないんですか? ディアローズ様は」


「まあね。興味あるの? あの女に」


「どうも、その人に戦略レベルで意識されてるっぽいですからね……俺ってば。相手のことをある程度知っておいた方が安全かなって」


 ルボーアで飽和攻撃を仕掛けられ、苦労したのは記憶に新しい。


「なるほどね。敵に塩を送るのは癪だけど、あの女に大きな顔をされるのはもっと腹立たしいし……教えてあげるわ」


 意外と素直にミランジェは頷いた。どうやら、味方を売る嫌悪感よりディアローズに対する憎しみが勝ったようだ。

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