第三十七話 ルボーア会戦(7)
「この……っ!」
"ミストルティン"の腰部連装ミサイルランチャーから中型のミサイルが発射される。飛翔するミサイルは途中で分裂、いくつものマイクロミサイルとなって敵部隊に降り注いだ。回避しようとするが、避け切れずに数機の"ジィロ"や"ジェッタ"に命中した。炸薬の少なさからそれだけで撃墜するには至らないが、動きは鈍くなる。
「よし!」
空になったミサイルランチャーを投棄しつつ、ヘビーマシンガンを撃つ。被弾した敵機はこれを回避できず、エンジンを撃ち抜かれて地面に倒れ伏す。しかし。
「ちっ!」
ヘビーマシンガンの弾切れで、最後の一機は仕留め損ねた。反撃とばかりにライフルを構える"ジェッタ"の腹を、輝星のパイルバンカーが貫いた。
「す、すみません!」
「すみませんじゃないの! ありがとうでいいの!」
「はっ、はい! ありがとうございます!」
慌てて言いなおしてから、シュレーアは歯を噛み締めた。しかし、今は落ち込んでいる暇などない。敵の増援はまだ止まっていないのだ。いったい何機墜としたのか、もはや覚えていない。すさまじい物量だった。
役立たずになったヘビーマシンガンを腰にマウントし、代わりに右肩のシールドから両手持ちの大剣……ツヴァイハンダーを引き抜く。
「殿下、弾切れなら補給してきてくださいよ!」
シュレーアの援護射撃は強力だ。はやく補給して戦線復帰してほしいとサキは訴えた。幸い、先ほどマガジンを受け取っている輝星と近接主体のサキはまだしばらくは継戦可能だ。
「……わかりました!」
一瞬躊躇したのち、否と言いそうになる心を押さえつけてシュレーアは答えた。余裕があるうちに補給して戻らねば、やがて全員消耗しまともに戦えなくなる。敵機の増援が止まる気配はまったくないのだ。
「ん?」
しかし、踵を返そうとしたシュレーアは輝星の不思議そうな声に動きを止めた。
「変な気配が来る」
「変な……気配?」
ずいぶんとふわふわした言葉だが、輝星のいっそオカルティックにすら見える戦闘能力を考えれば一笑に付すことなどできない。シュレーアはちらりと残弾を確認する。肩のブラスターカノンはまだ一射くらいなら出来るようだ。
「強敵ですか?」
「いや……違うと思います」
小首をかしげつつ、輝星はスラスターを吹かして進んだ。すると、一機の"ジィロ"がフォトンセイバーを抜いて突っ込んできた。
「妙な敵ってこいつか? 旧式で近接挑んでくるなんて確かにマトモじゃねえが」
サキが唸った。輝星は答えず、自らもセイバーを抜いてその攻撃を受け止めた。緑と赤の光剣が交差し、スパークが弾ける。
「周囲から見えにくい場所へ押し込んでくれ、そちらに移りたい」
通信が飛んできた。なんと、目の前の"ジィロ"からだ。
「秘匿回線!?」
輝星は思わずメインモニターに大きく映った"ジィロ"の三眼カメラを見据える。不思議なことに、その眼からは殺気や害意などは感じられなかった。妙な気配と感じたのは、パイロットから発されるその戦場にあるまじき雰囲気からだった。
「……了解」
少し考えてから、輝星は答える。フットペダルを踏み込んでスラスターを全開にした。"ジィロ"は気持ちばかりのスラスター噴射で競り合っている風に見せたものの、両機の推力差は向こうのパイロットも理解していないはずがない。ただのポーズだ。
結局、二機はつばぜり合いをしたまま入り組んだ岩場に入り込む。巨大な岩の隙間に入り込めば、まさにオーダー通りの"周囲から見えにくい場所"だ。
「助かるよ」
そう言うと、"ジィロ"のパイロットはコックピットハッチを解放した。輝星もマイクのスイッチを切ってから無言でそれに続く。
「やあ、しばらくぶりだね」
「聞き覚えのある声だと思ったら……」
コックピットに飛び込んできたのは、なんとパイロットスーツ姿のヴァレンティナだった。自分よりずいぶんと背の高いすらりとした肢体を、輝星は立ち上がって受け止める。
「うわっ」
するとヴァレンティナは輝星の体に手を回し、ぎゅっと抱きしめてきた。突然のことに目を白黒させる輝星。
「再会できてとてもうれしいよ、我が愛」
「わ、我が愛!?」
ヴァレンティナを引きはがしつつ、輝星は冷や汗を浮かべた。もしかしなくても、自分のことだろう。しかしそんな風に呼ばれたのは生まれて初めてのことだ。
「そうとも。私の心を奪った愛しいひと。君のことさ」
「は?」
いきなり歯の浮くようなセリフをぶつけられて、輝星は困惑する。落ち着くためにホルスターから棒付きキャンディーを取り出し、咥えた。
「突然のことだ、困惑するのも無理はない。すまないね。……そして困った顔もキュートだ」
手袋に包まれた手で輝星の頬をさらりと撫でるヴァレンティナ。輝星は極力無心で飴の味に集中する。向こうのペースに飲まれてはいけない。
「……で、何の御用で?」
敵方の皇族である彼女が、旧式機に乗って不可解な手段で接触してきたのだ。並々ならぬ事情があるに違いない。
「そうだね、とりあえず本題に入ろう。だが、その前にわたしが乗ってきた"ズィロ"を破壊して、戦闘に復帰してくれ。帝国軍に怪しまれないようにね」
「味方にすら内緒で来たわけですか、あなた……」
疑問に思いつつも、輝星は言う通りにした。腹部をパイルバンカーで一突きにする。
「輝星さん、どうしたんですか!? 大丈夫なんですか!?」
そこに、シュレーアから通信が来た。どう答えるか逡巡する輝星だったが、ヴァレンティナが勝手にマイクのスイッチをオンにして返答してしまう。
「やあ、ヒモ皇女。久しぶりだね」
「んなっ!? その声、不遜な物言い! まさか……帝国のナンパ女!」
「はっはっは、ひどい言われようだな」
「お互いさまでは」
思わず突っ込む輝星。
「なんだ? "カリバーン・リヴァイブ"にだれか乗り込んだのか!?」
サキが慌てて機体を走らせた。ただ事ではない雰囲気を感じ取ったのだ。
「ストーカーです! 陰湿変態ストーカーがなぜか"カリバーン・リヴァイブ"のコックピットに! いったいどういう手段を使って……」
「まあ待て、わたしは戦いにきたんじゃない。大切なことを伝えに来たのだ。そう邪険にする必要はない」
そう言うなり、ヴァレンティナは輝星の背中側にもぐりこんでシートに座った。そして膝をぽんぽんと叩く。
「とりあえず、何事もなかったフリだ。この場に居る帝国兵も、そして帝国側の指揮官もわたしがここに居ることを知らない。だから、君たちもそのまま戦ってほしい。わたしの秘密の外出がバレないようにね」
そんなことを言うヴァレンティナの膝に、輝星は不承不承座った。身長差があるため、こうしなければ機体を操縦することができないからだ。背中に当たる大きくて柔らかい物体が、集中力をそぐことこの上なかった。
「失礼」
「あっ!」
棒付きキャンディーが奪われた。ヴァレンティナは躊躇なくそれを自分の口に入れる。濡れた飴玉をじっくりと味わい、彼女はとろけた笑みを浮かべた。
「飴玉のお返しに好きなものをあげよう。砂糖より甘い甘いキスなんてどうかな?」
無線のマイクも拾わないような微かな声で囁くヴァレンティナ。熱い吐息が耳を撫で、輝星は身を震えさせる。
「け、結構です」
「ごそごそ音が聞こえるのですが!? 輝星さん! 大丈夫なんですか!?」
不穏な気配を察してシュレーアが怒鳴った。
「安心したまえ。我が愛を傷つけるような真似は絶対しないとも」
「わ、我が愛!?」
「うわっ、気持ち悪ッ!」
シュレーアとサキが同時に嫌悪感に満ちた声を出した。しかし、ヴァレンティナはどこ吹く風の表情だ。
「不埒なこともしないさ。きみたちが指示に従っているうちはね。わたしの要求はただ一つ、今からする忠告を聞いてほしい、それだけさ。簡単だろう?」
「……チッ! ろくでもない話なら殺します。輝星さん、牧島中尉、とりはえず話だけは聞きましょう。話だけは」
実際、輝星の身柄が抑えられている以上どうしようもない。シュレーアは仕方なくヴァレンティナの言葉に従うことにした。
「……はあ」
なんだか妙なことになってきたとため息を吐きつつ、輝星は機体を発進させた。
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