第五十二話 ただ喫茶店に行っただけの話

◇◇◇◇◇


「ここが噂の詐欺で有名な珈琲店か。ったく、ここからでもヤバい雰囲気が伝わってくるぜ」


 ラスボスのいる城を目前とした槍使いが言うようなセリフを吐くカイザーさん。あ、元ネタは特にないです。


「その言い方ですと営業妨害ですわ。予想していた量の期待を超えた料理を提供してくれるお店ですのよ」


 男性不信ではあったが、カイザーさんにはすっかり慣れた様子で嗜めるエリザベスさん。


 今日はランチに三人で某有名珈琲店にやって来た。黒地にオレンジの外観、ログハウス調の店内、ゆったりとした雰囲気で寛げるソファー席。山盛りの料理。ご機嫌な昼食だ。


「本当に期待を超えてくれる事を祈るぜ。俺の貯金が底をつかないくらいにな」


 そう言いながら私の方を向くカイザーさん。いやいや、別に私この中で一番食べないって事も出来るんですからね? 人をピンクの悪魔みたいに思われても困ります。まあ、暇な時や考えるのが面倒くさくなった時はメニュー表を指してこっからここまで、みたいに頼む時はありますけど。


 今回はカイザーさんの奢りなのでちゃんと節度は守ります。どうして奢りなのかというと、昨日の三人のブイペックスのエリロイ貝の配信で、私にキル数で勝ったらデート一回、負けたらカイザーさんが私とエリザベスさんに昼飯を奢るという、家族曰くどちらにせよご褒美定期の結果、初動の武器の差もあって私が圧勝してしまったのでこういう事になってる。


 私自身は最近ゲームをする事自体控えているが、カイザーさんからの誘いを断る程の理由もなく、コラボ配信の時だけは純粋に楽しんでいる。


 カイザーさんは巧みなネット捌きにより、安藤ロイドガチ勢の地位を確立して、普段の配信でも普通に私への好意を露わにしていた。私がすげなく対応している事もカプ芸として成り立たせているのかもしれない。勿論、焼き貝には毎回されますけどね。


「それじゃあ、入るか。未到の地に」

「いえ未到はカイだけですよ。私とエリは一緒にもう来たりしてます。ですよね?」

「っ……あれは偶々お昼の場所が重なっただけですわ」

「そうなんですよ。偶々一緒に来て偶々同じ席に座り偶々一緒に同じ物を食べただけなんですよ」

「たまたまうるせーな猫ちゃんかよ。仲が良いのは分かったら経験者が先に入ってくれよな。俺お初の店に先に入るの嫌なんだよ笑われそうで」


 仲は良くないとかまたあの口が言いそうだったので、強引に手を繋いで一緒に入る。後に続くカイザーさんは、女性二人を連れているという事で女性からも男性からも白い目で見られていた。


「ほら、やっぱり俺見られてるよ。何かこの店独自のマナーを破っちまってるのか? 大丈夫?」


 海外帰りのカイザーさんはまだボケているのか、留年パーティーの言葉といい最近察しが悪かった。けど、料理が届いた時にはすっかり調子が戻っており、自分の届いたデザートに文句を言っていた。


「あれ、このシロップ何で一つだけなんだ? 見ろよこれ、メニューにはちゃんとそっちのとこっちにも付いてんだぜ。なのに一つだけしかきてねぇ。ははっ、本当に詐欺っちまってるな。これ訴えたら勝てんじゃね?」


 本人はそんな馬鹿話を私達だけに聞かせてるつもりが、どうやら通りすがりの店員さんには聞こえていたらしくて。


「こちら、宜しければどうぞ」


 と、もう一つシロップを持ってきてくれた。私とエリザベスさんがすいませんすいませんと謝って、主犯のカイザーさんはやっちまった的な顔で俯いてブツブツ言ってる。黙らされたわ、とか。冗談だって、とか。最終的にはまた調子が戻って。


「赤っ恥かいたわ。訴えようぜ」


 人は同じ過ちを繰り返す生き物である。


 それからもカイザーさんはというと。


「新人店員見つけて強引にこのセット頼んでみようぜ。今は時間対象外らしいけどよ、押したらいけるかもしれねぇ」

「それ食べたいんですか?」

「いやいらねぇけど」


 これも聞かされていたらきっと、この店で私達はブラックリストに追加されていた事でしょう。それでなくともさっきのシロップはかなり恥をかいてしまったので当分ここには来れないかもしれない。


 テンション高めですカイザーさん。


「俺さぁ、最近声真似練習してるんだよ。“お前は鬼狩りの柱になれ”!」

「何か混じってません?」

「ははっ、お前何かないの?」

わたくし、口笛でウグイスの鳴き声には些か自信がありますわ」

「なるほどあれね。やってくれよ」

「……いやですわ。食事中ですもの。それに結局、声真似に関しては誰もロイ様に敵いませんから」

「あー……」

「私もウグイスの真似はした事ないですよ」

「ほーん、ウグイスの鳴き声は知ってるか?」

「はい」

「じゃあそれはもう確定なんだよ。億万長者が小銭を使った事がないからって俺達はマウント取れねえんだわ」


 そういうものですか。私は3個目のランチセットを頂きながら納得した。おっと、つい。


「……大丈夫です。これでご馳走様しますよ?」

「いや、別にいいけどよ……そうだ、四期生で気になる奴はいたか? まだ全部は見れてねーんだが、俺はやっぱり双子の奴が興味をそそられるな」


 アンズさんと同じ事を言っている。どうしよう、忘れていたなんて言えない。まだ一人として関わっていません。そっか、もう四期生の方はみんな初配信を終えたのかな。これは早速先輩面をしにいかないといけないですね。全員の配信に凸してみたりとか。


 ……気になる人、か。まだみんなの配信すら見れていないからなんとも言えない。それでもやっぱり、気になる人と聞かれたなら……


「私は、詳しい事は分かりませんね」

「いるんだな。それも野郎か」

「どうしてそこは察しがいいんですか」

「そんな、ロイ様が殿方を?」

「いや、なんというか、そんなんじゃありませんから、気にしたら負けですよ。負け。そんなに過敏に反応しないでください。これ以上はセクハラで訴えますからね」


 最後の方だけ聞かれたみたいで、店員さんからチラッと見られた。赤っ恥をかいちまったぜ。


 ……もう出ましょう。


 どうし気になってしまうのか、今考えても思い出せないものは今考えたって仕方ないんです。それは一番自分がよく知っています。


 今日は喫茶店に来ただけ。たったそれだけのお話なんです。敢えて伏線にも満たない小話を取って付け加えるとするならば、今日をきっかけに四期生男性ばーちゃるちゅーちゅーばー全員にカイザーさんが触れ合いという名の牽制にいったとな。


 早くカイザーさんに私以外の好きな人ができますように。私より性格の良い人なんていっぱいいるんですからね。容姿は随一ですけど。容姿は。

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