第三十八話☆ ハイスペックフル稼働

◇◇◇◇◇


 唯華ちゃんは私の車を見て心をワクワクさせて、私の家を見て目をキラキラさせて、メイドの香澄ちゃんを見て何かを決意したように私に近づくと耳元で囁く。


「お兄ちゃん掃除も料理も出来なくて特技は一つかもしれないけど、魅力はいっぱいあるの。カッコいいし優しいし、とってもオススメの人だと思う。私分かるの。お兄ちゃんきっと……」

「おいこら待て唯華。お前病気が治ったからって調子に乗るなよ」

「治ったから調子に乗ってるんだよ!」

「それもそうか、ってほだされねえよ? あー、気にすんなロイド。こいつが勝手に言ってるだけだ」

「ん? 別に気にしてませんよ?」

「……あー、そう、安心したわ」

「お兄ちゃんのバカ」


 兄からアイアンクローを受けて悶える妹。こんな光景も事情を知れば尊みが深いんです。


 エリザベスさんも後から来て、私達はリビングで作戦会議を行う。香澄ちゃんは人数分の飲み物を用意してくれた後、私以外のばーちゃるちゅーちゅーばーがいるので気を遣って自分の部屋に戻っていった。良い子やわぁ。更に唯華ちゃんが気を遣って香澄ちゃんの後についていった。二人とも可愛いなぁ。


 ちょっと人数的に寂しくなってしまったが、気を取り直して二人を見据える。


「まず、私達の状況を初見の方にも分かるように現状を簡単に説明しましょう」

「初見の方って何だよ。俺たちは既知だろ」

「でも、整理する事は良い事ですわ。名探偵の映画すら最初は必ず自分の名前の紹介を挟みますもの」

「私は安藤ロイド、そして隣がエリザベス。こいつが五条」

「今こいつって言った?」

「アイドリームのヤンチャな方に啖呵を切って苦手なバトルロイヤルに参加してしまったエリザベスさん。一方、カイザーさんを仲間だと信じて疑わなかった私は、まさかカイザーさんが出場を辞退する事になるだなんてその時は思いもしなかった。なんやかんやでカイザーさんを呼び戻す事に成功したが、色々あってカイザーさんのゲームの才能は無くなってしまった! 今度のブイペックスの大会の優勝は依然として厳しいまま……弱くなっても結果は同じ! 敗北知らずの配信者! 真実はいつもひとつ! これでいきましょう。では作戦を述べます」

「お前って時々壊れるよな」

「そもそもゲームの才能とはなんなのか。初期エリザベスさんを参考にしたところエイム力、判断力、このあたりではないかと考えています。つまり、指示された動作をする事くらいは出来ます。大丈夫です、どんな時に五条さんがどう動くかは覚えています。試合では私が指示を出しますので、カイザーさんは言われた通りに動く練習をしましょう」

「おう」

「エリザベスさんは引き続き前回と同じ練習方法でいきましょう」

「分かりましたわ」


 具体的には、真ん中を撃つ練習とグレネードを投げる練習の二つ。エリザベスさんは今着実に上手くなっていってる。


「基本、これから一ヶ月間みっちり練習します。その間の配信も全てブイペックスです。練習は各自分かれてやる時もありますが、配信では三人一緒で行います。お二人が私の家でやっている事も早めに公開しておきましょう」

「ちょい待ち。そこ教える意味はないだろ。俺のアンチが増える」

「後でバレるほうが面倒くさくないですか? これから密に練習を重ねるので、お互いトークでボロを出さないように配信を続けるのはストレスが溜まるかもしれません。検証班も油断なりません。でも、ヘイト管理は私が上手にやっておきます。カイザーさんは配信の時も私達二人から遠ざけられて一人部屋の隅に追いやられてるとか、寝る時も鍵付き倉庫で一晩を明かしてるとか」

「俺倉庫で寝るの?」

「ちゃんと個室を用意してますよ。もちろんエリザベスさんも」

「お部屋を借りるだなんて申し訳ないですわ。私は別にロイド様と一緒の部屋でもよろしくてよ?」

「部屋は余ってるので大丈夫です」

「……なら、問題ありませんわね」


 エリザベスさんは納得がいってないようだったが、既に私のベッドにはいつも香澄ちゃんが私を抱き枕代わりにしているのだ。そんな状況では香澄ちゃんと今日が初顔合わせのエリザベスさんもゆっくり出来ないだろう。


「配信ではお互いに連携を高める練習をメインで行い、配信外で各自の技を磨きましょう。配信外で身に付けた技は決して配信では使わないようにしましょう。対策を取られないように」

「成る程な。お前マジのガチで勝ちにきてんな」

「はい。私も配信外では別室のシアタールームを使って個人で練習するので、その間決して中を覗かないでくださいね」

「お前その止め方は成功しないって昔々から習わなかったの?」 

「し、シアタールーム……外にはプール。圧倒的財力を見せつけられていますわ」


 カイザーさんの言うように今回は全力を尽くす。配信で使うキャラのスキンもそれぞれ統一しておく。試合は既に始まっているのだ。


◇◇◇◇◇


「カイザーさん右に、いや後ろに下がって! エリザベスさんは練習通りに撃ってください!。あぁ、だめカイザーさん外には出ないで!」

「え……あ、そっか。悪い。俺死んだわ」

「真ん中真ん中真ん中真ん中真ん中真ん中」


〜コメント〜

あのロイドが苦戦しているだと

今のロイドには、初めて子供が逆上がりを成功するのに似た高揚さえ感じる

カイザー両手でも失ったのか?

↑失ってるのは脳だろ。判断が遅い!

何で俺のエリザベスちゃん真ん中botになってんの?

今のエリザベスちゃんには何やっても大丈夫な気がする……ハッ! 自首しました

↑その潔さは認めよう


「中々厳しいですね。指示も簡潔な奴を考えましょうか。逃げる時はハウス! 撃ってほしい時はバキュン! とか」

「あー合図を決める案はいいかもな。今のままだと咄嗟の動きが出来ない」

「今のままでも咄嗟じゃない動きすら怪しいですよ」

「真ん中真ん中真ん中」

「ちょっと休憩しましょうか。エリザベスさんの精神が不安ですし。私夜ご飯ささっと作ってきますね。その間お二人に配信を任せます」

「実質俺一人じゃねえか。おい起きろエリザベス。愛しのロイドが手料理作ってくれるってよ」

「真ん中真ん中──別にあの白魚の様な手や百合の如き足が愛おしいなどと思った事はありませんわ!」

「なんかごめんな。お前が正気じゃない内に謝っとくわ」

「……はっ、私は何を」


〜コメント〜

改めて異次元過ぎる空間

ロイドちゃんの自宅で合宿配信とか最強

俺預言者。後でカイザーはファンとアンチ夢の共演からフルボッコにされる

もちろん野郎に足枷ついてるよな?

カイザーのゲームが別人レベルで下手くそなのって代償に両手両足切断されたからなんだよね

達磨五条はエロ過ぎNG

↑一文字間違えたんだろ? そうなんだろ?

これだからイケメンは

でも配信外では外側から鍵かけるタイプの倉庫で寝かせるってよ

囚人かよ

俺もそこへ行きたい。後どれほど徳を積めば良いんだ

↑と、徳兄貴!? 生きてたのか!

今日の配信は俺の夢がメジャーリガーからVtuberに変わった記念すべき日だ


「足枷か。よし足枷付けたら俺の事許せよお前ら。そういえばあいつって料理作れるんだな。出来ない事ないのかよ」

「ロイド様のお料理はとても美味しゅうございましたわ」

「そりゃ楽しみだけど、いよいよ俺の舌も抜き取られそうな贅沢だわ。おい誰だ俺の事番号で呼んだ奴。お前次やったら名前とアイコン、ネットに晒すからな!」


◇◇◇◇◇


 私は配信が終わって二人と分かれると、シアタールームにメタリックピンクのパソコンを持ってきていた。


「それじゃあお願い」


 言われた以上の事をこなしてくれるこの子は、普段は映画を映す程巨大なスクリーンに幾つものブイペックスレジェンズの配信を表示していく。正確には今回の大会に出場するプロゲーマーの数の分だけ。


「少し早く送りで……うん、このくらい。ありがとね。じゃあ私のプレイは真ん中で」


 自分もありとあらゆる状況に対応出来る様プレイしながら、同時にプロゲーマーの癖や動きを頭に叩き込んでいく。プロになればなるほど配信の動画があるので情報収集はとても簡単だ。


 相手の使うスキン、キャラのムーブ、撃ち方のクセなどを覚えて自分が戦う時のイメージを作り上げていく。ブイペックスの動画が少ない方は別のゲーム配信を見て特徴を見抜いていく。


 情報量が多く目眩がしそうだがそんなのは錯覚だ。心をストイックに保ちそんな生活を繰り返していたある日、食事の席でエリザベスさんに恐る恐るといった感じで言われた。


「私の見ている限りで……ロイド様は一度もお眠りになっていませんわ」

「エリザベスさんが寝ている時に私も寝ているんですよ。ね、カイザーさん」

「ん、ああ、俺はこいつが寝てるのを見たぞ」

「そう、ですのね。なら私からはもう何も言う事はありませんわ。でもお身体だけは大事にしてくださいまし。私共のせいでロイド様が風邪でも引いてしまわれてはこのエリザベス断頭台に首を差し出す思いですわ」


 それは重いですわ。


 私はエリザベスさんの言葉に深く頷いた後、カイザーさんにフォローを頼むと視線で伝えてその場は事なきを得た。


 もしかしたらエリザベスさんは私の普通ではあり得ない事に薄々と気が付いているのかもしれない。でも何も言ってこない。私から言われるのを待っているのだろうか。だったらもう少しだけそれに甘えていよう。


 いつかその時が来たら笑い話の一つとして軽く話してみよう。エリザベスさんのレアな博多弁が聞けるかもしれませんしね。


 そんなこんなで練習に明け暮れる毎日。大会の日はもうすぐそこまで来ていた。

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