第三七話 再会

◇◇◇◇◇


 私とカイザーさんは五条家私有地の一部である、周りに何もないだだっ広い広場に来ていた。色とりどりの落ち葉と時折聞こえる鳥の声が人気の無さを教えてくれる。


「おい、そろそろ教えろよ。今からこんな所で何するってんだ。誰か人でも呼んでんのか?」

「これから呼ぶんです」


 それは人ではないけど。


 私はカイザーさんと一緒に火おこし用の木を集めて組み立てていく。私の力は馬鹿みたいに強くないけれど、疲労がないので常に全力で動けるのは有り難かった。それでもかなりの大きさに作ったので想像以上に時間が掛かってしまった。


 でも完成した。あとは火をつけるだけ。そして燃え上がるのを待つ。私の唯一のミスはアルミホイルに包んださつまいもを持ってこなかった事だけだ。


 その時がくるまで、私はちょっとカイザーさんとお話をする事にした。


「治す当てがあると言いましたね。確かにこれらはその当ての一つですが、本題に入る前に先に言っておきます。もう既にご存知かもしれませんが私は人間ではありません」

「ご存知あるわけねえだろうが」

「正確にいうと、人間と定義していいのか? という私の主観ですが。私のこの体を作った誰かが人間と決めたのなら人間でいいんでしょうけど」

「待った待ったついていけん。要はあれか、これから俺はお前の体とやらを作った博士みたいな奴に会うのか? そいつが俺の妹を治せると? んでもってそいつは大のキャンプファイヤー好きなのか? あぁ待て、もしかしてお前本当に女神なのか」

「いやそれは違いますけど」

「何だよ。常日頃言われてっから思わず伏線かと思っちまったじゃねえか。俺そういうの深読みするんだぞ」


 動揺を誤魔化すようにカイザーさんが捲し立ててくる。苛立ちを隠せないのか眉間に皺が寄っている。


「私達はこれから自称神様に会うんです」

「……くそっ、別に疑っても信じてもいねーけどよ、さっきから頭が痛いんだよ。何つーかこうモヤモヤして頭が回らねぇ」

「唯華ちゃんの事だけを思って下さい。その為なら今から見聞きする全てを己の心の内に秘めると誓えるなら、恐らくそれは収まります」

「…………痛くねぇ」


 本当に唯華ちゃんの事をよく思っているのが分かる。そうでなければ、もっと時間がかかっていただろう。


 その人に私の秘密を知られても、無闇矢鱈と周りに広める意思がないのなら何の支障もないし記憶の改竄も起こらないと、これまでの香澄ちゃんを見て立てた私の推測は正しかったらしい。


 炎は激しさを増して火の粉が辺りに舞う。空から太陽が消えて曇り空が良い雰囲気!


 時々、対価の神様は妙なところで神様っぽい自尊心を見せつけてくるきらいがあるから、これも本当に演出なのかもしれないと思いながら、私は威風堂々と炎の中に体を突っ込ませた。


「何をっ……!!」

「大丈夫です。まあ熱いサウナって感じですね」


 私だってこれが本当に正しい方法なのか分からない。だが、体が覚えているのだ。四方八方を熱の暴力で囲まれたこの瞬間を。涙も一瞬で蒸発するような熱い火を。香澄ちゃんが言っていたように記憶では忘れても必ず何か忘れないものがあるとしたら、今がその時だった。


「おい、いつまでそうしているつもりだ! 場合によっちゃあ殴ってでも止めるぞっ!」

「雨を降らせようってわけじゃないですからね。三日三晩もいりませんよきっと。それによく見てください。私は燃えませんよ」

「えっ、炎上しないの? 羨ましいなぁそれ」


 激しく燃え上がる炎の中心で私は待った。私の体内時計は狂っているらしいので当てにならないから、何分経ったのか分からない。しかし、それが現れた時の事は完全記憶が無くとも忘れられないだろう。


 蠢く赤色に紛れて、徐々に形を成していく。炎の勢いは変わらずとも熱が付近からは奪われていく。


 ゆっくりと確実に、炎から出来たそれは真っ赤な姿を現して、かろうじて人型に近い事だけは分かった。それも子供みたいな姿。


 あまりにも形があやふやなので、カイザーさんはこれに気付いているのかが心配だったが、声は聞こえていたのではないかと思う。何故ならその声は鼓膜からではなく直接脳内に響いてきたから。


『君は相変わらず私を見つけ出すのが上手い。それに方法も最善だ。名は体を表す。炎の中というのは私にとって一番姿を現しやすいやり方だ。つまり君は、私の正体について既に知っているというわけだ』

「さあ、どうでしょうか。寝物語での事ですからね。正直よく分かりませんし分からなくていいです。ただ、貴方が本当に私達の願いを叶えてくれるのならばそれでいい。単刀直入に言います。五条唯華ちゃんの病を治してほしいです。対価は、私の不死性とかどうでしょう?」

『ほぉ……』


 老獪な年寄りのように、或いは赤ん坊のため息のような声が脳に響く。少し炎の揺らめきが強くなって、また人型に戻った時に答えは返ってくる。


『なるほど、なるほど。またしても君は願いの為に自らを削るのか。確かに対価としてはお釣りが来る。その娘が今後何一つとして病に侵されない健康的な肉体を与える事でようやく対価になりそうだ。だが、認められない。その体をどう使おうとも君の勝手だが、どう扱うかは我々の管理下にあたる。簡単にその体の性質は弄れない……そうだな、例えば他の誰かを対価にすればいい。君の後ろにいる男が健康的な体を失えばそれは立派な対価として認められるだろう』

「駄目ですね誰かを助けようとするのに他の誰かを犠牲にする事は認められませんそんな事あってはいけない」


 私が脊髄反射でめっちゃ早口でそう言うと、突然ぐいっと片腕を引っ張られて炎から出される。


「熱っ。やっぱり熱! いや当然だけどよ本物の火だよこれ。ってかロイド! お前のその一人で突き進むやつ悪い癖だって言ったよな! 俺の意思を無視するんじゃねえよ」

「でも……」

「あのなー、俺だって馬鹿じゃねえし物心ついた時から察しはいいから何となく事情は理解したよ。つまりそいつが、唯華を助けてくれるんだな。そうなんだろ恩人!」

『……恩人?』

「悪いなぁ名前知らねーもんで。唯華を助けてくれるなら誰だって恩人だ。それで、対価を差し出せばいいんだな? 簡単な話じゃねえか」

『私を信じるのかい?』

「疑ってもねえし信じてもねえ──けど、信じてぇんだよ。当たり前だろ。流れ星どころかそこら辺の石にだって願ったぜ。やっとチャンスが来たんだ。信じてぇ。俺のこれからの人生に一つでも奇跡があるのなら、それは今でいい」

『……いいだろう。では、こうしよう。類稀なゲームの才能。君はとてもその分野に長けている。治す病気は不治というわけでもない。ギリギリだが、その才能は対価になるかもしれない』

「そんなんでいいのか?」

『“恩人”として言わせてもらうなら、君の‘覚悟’は立派な対価だった』

「……あんたってもしかして良い奴?」

『否。私は所詮対価の神。差し出された物しか返せない鏡に似た存在。不信感には不審を、好意には愛を、願いには対価を』


 その言葉を聞いたカイザーさんは、納得したように対価の神様へ笑顔を向けた。まるで男同士の熱い友情を見せられているようだ。炎だけに……炎だけに!


 果たしてどう対価の神様が唯華ちゃんを治すのか見ものだったが、なんと対価の神様は動かしやすいからといって私の身体を借りてきた。


 自分の意思とは勝手に口と体が動く。


「やはり、しっくりとくる」

「おい、それって元に戻せるよな?」

「心配か」

「そりゃあ後輩だしなぁ。今のお前の姿は初めて見た時より近寄り難いし」


 初めて見た時は少し近寄り難かったみたいな言い草だ。カイザーさんの漏らした言葉はしっかりと私の脳内にメモしておこう。


「では、すぐに終わらせよう。君の後輩の自我が薄れて消える前に」

「消えんのか!?」

「否。神様じょーく」

「次くだらねえ事言ったらアンタに対する恩を一旦見逃して全力でぶん殴るからな」

「やはり、対価無しの私の行動はこの世全てが認めぬというのか」

「センスの有無だろ」


 言ってやれ言ってやれと心の中で応援する。私もヒヤッとさせられたので、どうにかしてこの心の内側から殴れないだろうかとシャドーボクシングを繰り返していた。


 結局どんな拳技も通用しないという答えが出た頃に、さっき出てきたばかりの唯華ちゃんの部屋の前に着く。そしておもむろに対価の神様が私の姿で服を脱ごうとしたので慌ててカイザーさんが止める。


「やっぱりお前俺にぶん殴られたいの?」

「そういう記録があったのだが」

「馬鹿の真似したら馬鹿になるからやめろって。それに、治してくれんだろ? だったらもうこんな気を使わなくて済むんだよ。俺たちも、あいつも」

「正論だ。では、入ろう」


 私の脳内メモが着々と埋まっていく。私の意識があるのをカイザーさんは知らないのかもしれない。後が楽しみですね。


 唯華ちゃんは真っ先にカイザーさんの姿に気付いて顔を綻ばせる。


「──あ、お兄ちゃん!? 珍しいね。こんなサプライズで顔を合わせてくれるなんて。え! もしかして今日、私誕生日だったかな?」

「ま、誕生日と言っても過言ではないんじゃね」

「謎かけ!謎かけは好きだよ……って、その人誰」

「さっき会っただろう? ロイドだよ」

「ううん違う全然違うよ。誰! ロイドさんと違って全然信用出来ない!」

「さて、どうだろうか。大人しく信用した方が身の為だぞか弱い少女よ。私が君を治してやろう。代償に、相応の対価を頂くがね」

「お前も紛らわしい態度してんじゃねえ!」

「……私は対価の神。不信感には不審を」

「もういいからそれ!」

「承知した。私の内側から早く治せと訴えが飛んできている。では、すぐにでも終わらせよう」


 私の体が唯華ちゃんに両手を向ける。


 今から起こる事を私は記憶に刻む。


 体の目の前で小さな炎が生まれる。とんでもない熱量を感じる紅い色だ。片腕をカイザーさんに向ける。カイザーさんの胸から何かが抜けとられ炎に焼べられる。色が紅から薄い青に変わって、その炎が一直線に唯華ちゃんの胸に吸い込まれていった。


 一瞬の出来事だった。その一連の光景は私達のイメージが生み出した幻だったのか、本物だったのか。


「……何、ですか。今の?」

「勘のいい兄妹だ。もう気付いているだろう。君の兄の最も優れた才覚であるゲームの才能を失う代わりに、君の病は癒された。しかし、完璧ではない。君は相変わらずか弱く健康的とは言い難い。だが、もう陽の光に悩まされる事はないだろう」


 俺の最も優れた才覚ってゲームかよ。とカイザーさんが落ち込んでいる。こんな雰囲気になれるのは唯華ちゃんの病が治ったと私達が本能的に理解しているからだろう。


 ただし、唯華ちゃんだけは納得がいってないようだった。


「お兄ちゃんの唯一の特技を……私が奪ったんですか?」

「っておーい! お前もそんな印象なのか!?」

「どうすれば元に戻りますか!?」

「元に戻せば、元に戻る。しかしそれでは意味がない……いや、どうやらこの体の持ち主が提案している。今度君たちが出る予定の大会に、予定通りのメンバーで出場し優勝すれば、失ったゲームの才を元に戻せはしないかと」

「何だよそれ。無茶苦茶な言い分じゃないか? 俺たちに都合が良すぎる」

「だが私にとって都合が悪いわけでもない。それに、君達が優勝するのは現時点では不可能だ。不可能を可能にするのなら、奇跡を起こした対価としてその程度の願いは叶えられるかもしれない。どうする。決めるのは君だ。安藤奈津でも私でもない」

「いや、俺は……」


 カイザーさんは急な提案に困っていたようだが、唯華ちゃんから真摯に見つめられて覚悟を決める。


「……俺は、ぶっちゃけ唯華を治してくれただけで他の何もいらねえけどよ。ゲームが俺の唯一の特技だっけか。後でピーマン口いっぱいに食わせてやるとして、他の誰でもない妹のこいつがそんな兄を望むなら、取り返せる物なら取り返してぇな」


 私の体がそれを聞き届けて、深く頷いた数秒後に私は自分の意思で体を動かせるようになった。どうやら対価の神様はどこかに行ったらしい。


 不思議な時間を過ごした私達は、目に見えない繋がりが結ばれていた。それぞれ顔を見渡して、その場のノリで三人で抱き合う。唯華ちゃんとカイザーさんは泣いていた。今頃治ったという自覚が心身に伝わってきたのだろう。


 どこか懐かしさを覚えながら、私は当初のプロゲーマーに打ち勝つ為カイザーさんを呼び戻すという問題が何も解決してない事に気がついた。どうやったって解決はしないという形で解決したと言ってもいいけれど。


 カイザーさんをメンバーに戻す事は出来たが、きっと戦力にならない。介護対象が2人になった分マイナスされたという見方もある。それでも優勝するのだ。必ず、エリザベスさんに土下座なんかさせてやらない。土下座とは強要されてやるものではないはずなのだ。


「ほらほら、兄妹で仲良しこよしはまだ早いですよ。私達の戦いはこれからです!」

「っぐす……そうだな。でも大丈夫かよ。そのままだと連載終了っぽいぞ」

「まさかまさか。これから私達の修行パートが入るんですよ。修行パートは大抵人気がないので早く終わらせちゃいましょう」

「お兄ちゃん達、勝てそう……?」

「ふっふっふ、余程カイザーさんと相性が良いみたいですね。あの神様は一つアドバイスをしてくれましたよ」


 現時点では不可能。現時点、では。つまりそれは可能性の余地が残っているという事だ。まだ大会には一ヶ月ある。十分だ。


 ……不信感には不審、か。私はすこしあの神様に対する態度を反省しなければいけないのかもしれない。今私がこうして幸せに暮らしていけてるのは、紛れもなくあの神様のお陰なんだろうから。


「さて、では修行を始める為にここを移動しましょう。唯華ちゃんにはこの日傘を貸しますね。紫外線が女性の敵である事に変わりはありませんから」

「お前今どこからその日傘……もはや何も言うまい。で、どこ行くんだ?」

「私の家に」


 エリザベスさんも呼ばなければ。これから大会までみっちりと練習です。私も少し……全力を出しましょう。

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