第三十五話 勝利の鍵
◇◇◇◇◇
「誰か炎上でもしたのかよ」
各々理由は違えど、ロビーで今後を憂いて項垂れている私達を見てアンズさんがそう表現した。配信者あるあるブラックジョークだ。
「エリザベスはどうしたんだ」
「私のせいで、ロイド様が見知らぬ男性の方に嫁がされそうになっていますわ……」
「ロイドはそれで落ち込んでるのか?」
「優勝しないとエリザベスさんが土下座をする事に……でも裸……少し見てみたい気持ちが……くぅ」
「事情は分からんがお前はもう少し自分の事心配しろ」
私は最悪優勝を逃しても、前向きに検討すると言っただけなので言い逃れは出来る。もちろん負けてやる気などさらさらないとして。
ただ現実問題、私達が優勝を狙える確率は極端に下がった。こんな事を言うのもなんだがエリザベスさんがチームに加わったのとカイザーさんがチームから抜けたのは、考えられる限り最悪のパターンだ。人造人間との戦いで野菜人を置いてきてギョウザ持ってきた感じ。
「どうしてこんな事になったんだよ」
「いやっ、私も驚いている! 悪い事ってのは重なるもんだね!」
エクレールII世さんが場を和ませるように大きな声を出す。そして神妙な声付きで続けた。
「今回の件はアイドリーム上層部の嫌がらせかと思ったけれど、あいつらさっき菓子折り持ってきたんだよ。後でみんなで食べようぜ。続いてロイドちゃんの件といいプロゲーマーがここまで大きく干渉しているとなるともっと上の大手企業が関わっているかもしれないね。下手に首を突っ込んだらゲーム配信の収益化外されるかも。まあそんな事になったら然るべき法を用いて対抗するけど。でも、大事なのはそこじゃない。社会の授業真面目に受けてたら分かると思うけど、歴史を紐解いて見ても真実なんてのは曖昧で些細なものに過ぎない。それは意外な程に重要じゃない。今最も問題なのは、どう優勝するかだ」
エクレールII世さんがジッとこちらを見据える。暗に優勝を出来るのか問いているのだろう。
仮に私が孤軍奮闘してプロゲーマーの集団に勝てるかちょっと考えてみたが望み薄。よっぽど運が良くない限り優勝は出来ないだろうし、そんなのは私の目指す勝ちでもない。
今この状況で勝ち筋を作るとなると……
「まず、エリザベスさんには今後大会まで私が練習につく事になります。がむしゃらに頑張って欲しいです」
「大前提ですわね……」
「次に、これが最も必要で、逆に言うとこれをクリアしなければ非常に優勝は難しいのですが、改めてカイザーさんにチームに加わってもらいます」
「それは……」
カイザーさんの引きこもりっぷりをよく知っているのか、アンズさんとエクレールII世さんも難しい顔をする。第一期生同士だからこそ分かる事もあるのだろう。
「ロイド、お前はあの日偶然私達が一緒にいたから想像つきにくいかもしれないが、あいつが家から出る事はまずない。私は無理だと思っている」
アンズさんはキッパリと答えてくれた。その予想は概ね正しいのだろう。けれど、エクレールII世さんは無理だとは言わずに私に聞いた。
「当てがあるのかい?」
私は少し迷ったが、今更この人に嘘をつく事もないと思い正直に答えた。
「とっておきのが」
〜〜〜〜〜
そもそも、どうして五条さんは家から離れられないのか。一瞬私は対価を想像した。五条さんはあの容姿を手に入れる為に引きこもりになる事を選んだのではないかと。それはそれで面白い。
が、現実はきっと面白くない。私はカイザーさんの本名である帝という名に聞き覚えはないけれど、五条という名を見た事があった。特徴的だったからよく覚えている。
『一万のカルテ』
一万のカルテの一万人目はよくある外科手術だったが、九千九百九十九番目の患者さんの症状がとても特徴的で翻訳を頑張ったのだ。そう、その九千九百九十九番目の患者の名前こそ五条。五条唯華。
症状は極度の紫外線アレルギーに、極端な免疫低下が引き起こす虚弱体質。言ってみればそれだけだが、外に出るだけで全身が火傷に似た症状を負うとしたら? 擦り傷一つでありとあらゆる菌がそこを蝕み命の危機に見舞われるとしたら?
紫外線アレルギーとは名ばかりで、その病気は常日頃毒まみれの世界に脅かされているのと一緒だ。五条唯華はその持病を持っていて、10年後に出来る新薬と治療で治る……はずだった。
この世界で10年後に治るかどうかは知らない。何故なら10年後に救うはずの人はもういないから。
「あ、あのぉロイド様、私はどうすれば」
一人でもの思いに耽っていたからか、やけに
訓練場で私とエリザベスさんとチャップリンさんがいるけれど、暇なチャップリンさんはさっきから画面の端で荒ぶっている。ちなみにこの練習は配信をしていない100%プライベート。
「な、なんですのこの方。落ち着きがないですわ」
「カイザーさんから送られてきたチャップリンさんです。チャップリンさんは嬉しいんですよ。何たって私の大ファンですからね。それと多分エリザベスさんの事も好きなんだと思いますよ」
「チャップリン? 名前は、ポテトとありますわ? ポジティブな方ですの?」
「喋らないからチャップリンだって」
「……そのネーミングセンスはきっとカイザー様ですわね。私の髪の事を掘削機と呼んだのも彼ですわ……ところでロイド様、カイザー様の件本当に当てはありますの? いえもちろん疑っているという事ではないのですけれど」
「そちらは大丈夫ですよ。エリザベスさんこそ、自分の事気にしないとダメですよ?」
「も! もちろん承知しておりますわ! これ、この銃ですわよね!? 今一番強い武器という事はリサーチ済みですわ」
「その武器反動が大きいので中級者以上にはオススメですけど、エリザベスさんには合ってませんね」
「……私など所詮口だけの女なのですわ」
おや、今のエリザベスさんは少し面倒くさくなってるぞ。どうしたのだろう。相手方に勝手に宣戦布告したという話は聞いているが、他にも精神を揺さぶられるような事があったのかな。
「大丈夫ですよエリザベスさん。貴女が口だけの女じゃない事は私が知っています。そんなエリザベスさんだからこそ私は未だに優勝を信じていられるんです。だから、一緒に頑張りましょ?」
「……女神様?」
「ロイドです。皆さんちょくちょく私をアンドロイド以外の何かに仕立て上げますね」
「取り乱してしまって申し訳ありませんわ。ロイド様の言う通り、今の私に出来る事は練習あるのみですわ。さあ、何とでも仰って下さい。言われた全てをこなしてみますわ」
エリザベスさんの覚悟を受け取り、私も真面目に彼女の特訓メニューを考える。久しぶりにこの脳をフルで使う時が来たのかもしれない。
「エリザベスさんは何度かこのゲームをやった事ありますよね? その経験一旦全部消しちゃいましょうか」
「消してよろしいので!?」
「はい。色んな銃を試して撃ってみたりしましたよね? 忘れてください。それでこの銃だけ使ってください。初心者に最もおすすめで扱いやすい銃です。これ以外の銃を拾わず、これだけを使ってください」
「この銃だけ?」
「はい」
「他の武器を見つけても拾わずにこの銃を?」
「今後一生」
極端な方法だったが、残り期間が一ヶ月もない今、エリザベスさんに残された道は一点集中狙いだけだ。
「この銃を使って的のど真ん中に当てる練習をしてください。ど真ん中です。それだけです。それのみ練習をして下さい。いかなる状況も真ん中だけを狙ってください。本番も、真ん中だけを撃ってください」
「えぇ? 相手の方が隣にいても?」
「はい」
「少しズラせば当たるとしても?」
「死ぬまで撃ってください」
エリザベスさんはゲームのセンス自体はそう悪くない。エリザベスさんが一番最初にやった試合とさっき私達と一試合やってみて比べた感想としては、確実に上達している。エイム以外。
とっさの判断が良い。キャラのムーブも理解している。申し分ない働き。けれどエイムだけはクソ雑魚ナメクジと呼ばれるだけはある。
どうしてそんなに歪なのか。恐らくだが、エリザベスさんは人を撃つ事に躊躇いを持っているのだ。例えゲームであろうと、自ら積極的に指を動かして誰かを傷つける行為に無意識のうちに抵抗を示しているのだ。だからその分野だけ上達が遅い。エイムでキャラを追えない。
だから真ん中だけ狙わせる事によって、人を狙って撃つという感覚から外そうというのも今回のポイントだ。
「エリザベスさんにはそれに加え、あとはグレネードを完璧に投げられるようになってもらいます。その二つを一ヶ月間大会まで続けましょう」
「ここまで来たらロイド様を信じてやりますわ」
「チャップリンさんと一緒に程よくオンラインで試合もして下さい。私はその間にカイザーさんと話をつけてきますね」
「……こんな事を言うのも何ですけれど、どうかご無事で」
「どうしたんですか急に改まっちゃって」
「今の貴女の目を見れば誰でも殊勝になりますわ。お怪我だけはしないように」
「ふふん、大丈夫ですって。こう見えても私自分が大好きなので危ない事はしませんよ」
──ただ一人の少女を救うだけの簡単なお話です。物語に例えるなら、2話程度で終わらせてみせますよ。
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