ねこじゃらし事件

 早朝、駅までの道のりを自転車で走っていたら、歩道と車道の間の植え込みに鬱蒼と茂っているねこじゃらしの中に人間の姿が見えた。


 驚いて速度を落として見てみたら、ねこじゃらしの高さが高くてよく見えなかったが、どうやら女性が地面に突っ伏す形で丸まっているようだった。


 この日はどうしても朝早く出社しなければならず、どうしようと迷いながら数メート通り過ぎてしまった。

 しかし、もし病気で倒れていたら大変だ。直ちに救急車を呼ばなければならない。

 もしくは、事件に巻き込まれていたとしたら。このまま見殺しにするわけにはいかない。

 私は自転車をUターンさせると現場に戻り、自転車から降りてねこじゃらしの中にうずくまっている女性に恐る恐る声をかけた。



 私「大丈夫ですか……?」



 女性は動かない。



 私「大丈夫ですかー?」


 

 少し声を大きくしたら、女性がむっくりと顔を上げた。



 女性「ああ〜……すみません。大丈夫です……ただの酔っ払いなんで〜。すみません」



 私「ほ……ほんとに大丈夫ですか?」



 女性「大丈夫です、ただの酔っ払いですから〜。すみません。ありがとうございます〜」



 中年の女性はめちゃくちゃ呂律が回っていない口調で「大丈夫」と「すみません」を連発すると、むにゃむにゃ言いながらまたねこじゃらしの海に溺れていった。


 私は自転車に飛び乗り駅までかっ飛ばしながら、現場の目の前に建つ小さなホストクラブから店員さんが出てきて女性を救出してくれている事を切に願った。




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