第18話 寄付と安い正義 前編

 あれから特に何もなく過ごしているらしいが、とりあえずヘイに言われたので金の使い道を考える。投資とか寄付?


 寄付か、いいな寄付。渡してそのまま任せれば勝手にお金を使ってくれる。こんな世界じゃ株とかはなさそうだし、収入に対する税金とかもなさそうだし、最低でも金貨五枚くらい残して、言葉は悪いがばらまくか。


 俺はいつものPMC装備と自動拳銃mk23を選び、出かける準備を済ませた。



「あら珍しい。休むとか言ってたのに出掛けるだなんて」


 昼の仕込みが終わったのか、グリチネはカウンターの中でタバコを吸っていた。


「あぁ、この間ヘイに金は使えって言われたからな。使ってくる」


「高級な女でも数人買って溶かすの? 賭事で大金賭けて負ければ直ぐに終わるわよ?」


「それでもある意味経済は回るが、もう少し有益に……だな」


「へー。プランは?」


「孤児院と教会に寄付だな。ココに寄付しても良いが、嫌がってただろ?」


 色々ボロボロだから、冒険者ギルドにも寄付しても良いが、中立を謳ってる俺が渡したらまずいだろうから止めておく。


「まぁね、私は今の状態が好きなの。椅子やテーブルもなるべくコレでやっていきたいから」


 そうかたくなに拒否されるので、死者の軍隊には寄付はできない。っていうか、お金があってもやらないらしい。グリチネには、何か思い入れか思い出でもあるんだろう……。



 まずは飛竜を落とした教会に行く。あそこも結構ボロボロだったからな。ほら、ドアノッカーなんかザビザビだし、ドアの根本に油も注さってない。木も腐食してるし、取っ手を思い切り引っ張ると取れそうだ。


 金貨が五枚入った小さな布袋を、入り口入って直ぐ横の寄付皿に乗せて帰っていいのだろうか? ろくにお金が入ってないけど、ここに入れたら逆に不安だ。


「あら、貴男は飛竜の時の……」


 そう思っていたらシスターに気が付かれた。まぁ、普通に音の鳴るドアを開けて入ったら、誰か来たと思って奥から出てくるか。もうドアノッカー取っちゃえよ。


「寄付だ、受け取れ」


 そう言って俺は小さな布袋を下からゆっくりと放り投げ、シスターが上手く胸元辺りでキャッチした。


「寄付ならそこのお皿に……」


 そう聞こえたが逃げ出すようにして教会を出ると、シスターの叫び声が聞こえた。だって大金の寄付って恥ずかしいじゃん?



 さて、次はスラムに半分足をつっこんでる孤児院だが……。

 なんか叫び声上げられそうだ。だって今の自分の見た目を知ってるし。


 クリスマスの夜中に、こっそりそういう施設に行って、入り口にプレゼントを置いて帰るニュースをその時期限定で見かけるが、ばっちり監視カメラに映ってる動画で見ると雰囲気ぶち壊しだったな。


 けど、夜中に置き手紙とお金を投げ込むのもなぁ。一応顔とかも見せないと使い辛そうだし。


 装備にタイガーマスクはないし、スカルマスクでドクロマンを名乗る? 衛兵を呼ばれるな。普通に行こう。



 まぁ、大きいだけの平屋だから目立つし、見つけるのは簡単だった。


 そして無駄に広い敷地に、大量の洗濯物が干してあり、ボロボロの服を着た子供達が元気に遊んでいた。


「この中を通って、入り口まで行くのか。なんか気が進まないなぁ……」


 廃材を並べて、横に板を乗せて紐で縛り付けただけの、門だか柵だか朽ち木だかわからない物を押し、敷地内に入ると子供達が急に静かになって一ヶ所に集まり、恐怖の目でこっちを見ている。


「こういうのが一番悲しいなぁ……」


 隣に人がいても聞こえないくらいの声で呟き、溜め息を吐きながら廃材で作ったようなドアをノックすると、軽くたゆんだ。もうドアの意味をなしてないな。鍵があったとしても簡単に蹴破れる。


「すみません、責任者の方はいますか?」


「はい、どのようなご用件でしょうか」


 若い男性の声がするが、まだドアは開かない。ってか隙間からこっち見えるよな。中が薄暗いから、こっちからは見えないけど。


「特に理由はないんですが、寄付を受け取っていただこうかと思いまして、来院しました」


「とても嬉しい事なのですが、見知らぬ方にいきなりそのような事をしてもらう訳にはいきません。申し訳ありませんがお引き取り下さい」


 教会みたいに、誰でもウェルカムじゃないからな。公爵を通して正式に渡してもらうか。


「わかりました。公爵様を通して、後日正式に寄付が届くようにします。急な来院申し訳ありませんでした」


 俺は振り返り、帰ろうと思ったら敷地に入るドアを蹴って男が入ってきた。だから雑に作ってあるのか?



「おや、同業者ですか?」


 同業者? 何を言ってるんだ?


「多分違うぜ?」


 すれ違い様にそれだけを言い、門の所まで来て振り返ると、男がドアを蹴破って開けていたので、俺は端末をいじり、走って入り口まで戻った。ドアもボロボロな理由がわかったわ。


「子供を売ってくれる決心は付きましたか?」


 そんな声が聞こえたので、襟首を掴み思い切り引いた。


「おい……。しばらくここに近づくんじゃねぇ」


 俺は耳の近くでささやくようにして、寄付する為に持ってきた内の、金貨一枚を目の前にちらつかせる。


「しばらくって、どのくらいだい?」


 男はニタニタと、笑いながら顔を着きだしてきた。


「金貨一枚の儲けが出るまでの期間だよ」


 そう言って、暴力らしい暴力は襟首を引っ張っただけだ。多分色々衛兵には言われないだろう。


「なら、炭坑に運んで戻って来るまでの二十日程度ですね」


「二人、三人でそんな儲けが出るのか? まさか十人とか連れて行くつもりじゃねぇだろうな?」


 商人は何も言わず、ニタニタと笑いながら門の方に歩いていったので、装備枠にはない小型の無線ビーコンを撃てる特殊ハンドガンで靴のかかとに当て、さっさと太ももとは別なホルスターに銃を戻す。


「驚かせて済まなかった。俺も失礼する」


「お待ち下さい。せめてお茶くらいは飲んでいって下さい」


 帰ろうとしたら、中性的な顔付きのポニーテールの男性が、ローリングピンを持って出てきた。


「平気なのか? 子供達は怖がっていたが?」


「平気です。子供達は見ていないようでよく見ていますし、我々大人が思っている以上に理解力もあります。貴方の行動は見ていますよ。ポケットから金貨を出した事も……。ね?」


 男性は腰の辺りに抱きついていた、女の子の頭を撫でながら微笑んで聞いていた。


「うん。わたしピカピカみたし、わるいやつをおいはらってくれたもん」


 本当だ。子供は感受性とかが高いっていうから、一連の行動を見ていたんだろうな。そう思いつつ、俺が敷地内に入った時に遊ぶのを止めていた子供達は、遊ぶのを再開していた。


「そうですね。いただきます」


 元々中に入りたかったからとりあえず中に入り、椅子に座って待っているとお茶が出てきた。


「どうぞ、外で摘んできた野草のお茶です。あ、自己紹介がまだでしたね。フィルといいます」


「スピナです。いただきます」


 その後は軽い話し合いになるが、奴は近所の炭坑からこの街に買い出しにきているらしい。奴隷商の資格があれば、その辺からさらってきた子供や女性でも売れると言うグレーゾーンな事を知り、経営が苦しいこの孤児院に目を付けたらしい。


「子供達を売るなんて、親として恥ずべき事です……」


 時代劇とかだと、仕方なく売ってたような表現があるが、借金の形に取られたりとかしか覚えてない。実際は口減らしとかであったんだろうけど。あとはお涙頂戴的な表現?


「まぁ、訳は聞かずに受け取って下さい。寄付ですので」


「ですが……」


 男性は、もの凄く申し訳なさそうな顔をしている。


「フィルさん。俺は金を持ってても、使う場所も買う物もないんですよ……。多少貧しくても、その日暮らしができれば良いんです。なら、使ってくれる場所に寄付した方が、有効活用してくれる」


 俺は笑顔のまま立ち上がり、逃げるようにして孤児院を後にした。



「さて、あの商人は……っと」


 俺は端末を操作し、MAPの見える範囲を広げると中級区の奥の方に十字のマークがあり、一定時間止まっている。ここが奴の店か? 確認だけ済ませるか。


 俺はそのまま歩きだし、マーカーが止まっている場所に行くと、確かに奴隷を売っている店があった。が、中に入るわけにもいかず、店にマーカーを撃ち込み帰る事にした。




 件名:十字マークがついている店を穏便に偵察して下さい


 本日、溜め込んだお金を寄付という形で消費しようと思い、孤児院に近所の炭坑付近の町から奴隷商が来ていました。


 さらった子供や女性も売れるらしいので、それらしい様子なら返事を下さい。


 もしそのような事があれば、公爵と裏組織に直談判しに行きます。


 PS:俺は顔が割れてます。



件名:了解



 件名で返事か。本当にクソ真面目なリーマンだったのか?



 宿屋に戻り、昼食を食べてホールを手伝い、休憩中に部屋でのんびりとしていると端末に返事が来た。



 件名:黒だ。スクリーンショットSSも添付する。


 早速足を運び、適当に女性の奴隷を物色して、話しをそれとなく合わせたら、奴隷としての管理番号のある者とない者がいる事が判明。


 多分だが、犯罪奴隷として売られた奴隷、連れ去られた人の二種類が存在している。


 そして女性も二種類。服が綺麗なのと、暴れて切れていたり、血の付着していた者だ。子供なら非力だからそのままさらえるが、奴隷じゃない年頃の女性は多少抵抗するだろう。




 そしてスクリーンショットを見るが、確かに番号のある者とない者でわけられていた。


 俺は盛大にため息を付き、勢いをつけてベッドから起きあがり、上級区のボスの所に向かうことにした。


 いつも通り家の中を抜けて地下に行くが、急な訪問でも会ってくれた。ボスはスゴく良い人だな。


「急な訪問だけど、どうしたんだい?」


「ちょっと奴隷についてお話しが。裏で奴隷事業ってやってますか?」


「面白い事を聞くね、どうしてそんなことを聞くんだい?」


 質問に質問で返してきたな。俺の説明が足りなかったのかもしれない。


「金の使い道がないので、教会や孤児院に寄付をしたんですが、そこで噂を聞きまして……。子供や女性を拉致し、そのまま奴隷として売り払うという事が起きています。数日前なら気に留めなかったのですが、関わった以上無視できなくなりまして。しかも孤児院に買い付けに来る始末なので」


「ふーん。面白い性格してるね。答えはいいえだ。我々はそのような事はしていない。だが、上の連中の誰かが稼ぎのために副業でやってるかもしれない。我々は奴隷商人ではない。その辺でのたれ死にそうなガキを拾って、粗食を与え延命し売り払う。コレは街にとってはある意味メリットだ。遺体処理をしないで済むし、街に疫病が蔓延しないから衛生的だ。だが、家族がいるのに誘拐し、売り払うのはただの違法な金儲けに走った商人の仕事だと思う」


「そうですか。なら、最悪殺しても?」


「我々問題ない。商会の誰かを敵に回すと思うがな」


「それだけ聞ければ十分です」


「ただ、少なからずメリットがある事は忘れるなよ? 街が孤児と餓死したガキの死体で溢れるぞ?」


 ドアに向かって歩いていると、そんな事を言われた。確かにそうだ。


「公爵に法の改善と、施設の増設。商会への圧力を徹底させればいけるんじゃないんですかね?」


「まぁやってみるが良い。奴等は一枚岩で、結束は固い。せいぜい孤児院への訪問を止めさせる程度が限界だろうな。孤児が出ないよう整備するのにも、季節が数回巡る必要もあるだろう。女性が襲われないようにするには衛兵の巡回を増やすしかないが、それはこの街の税金を使うと言う事。犯罪率は下がると思うが、他の事に回す金が少し減るぞ?」


「……そうですね。ご教授ありがとうございます」


 俺は上級区から去り、公爵の屋敷に直接向かった。門番に止められたが、俺だとわかると直ぐに退いてくれた。それでいいのか門番……。


「ってな訳なんですが、どのくらい時間かかります?」


 いきなりの訪問なのに公爵と話しができたので、俺は今日の事を事細かに話た。


「王都の国王に言い、会議をして法を管理する者が決める事だ。私には何もできん。諦めろ。しかもこの国だけに適応される。ただ巡回を増やす事はできるが、奴隷商は孤児院に交渉しに行っているだけだから、そう言われたらこちらとしては何もできん。それに、売った側にも買った側も利益が出て、奴隷を買った者も利益を出す。まぁ、売られた本人の意思は度外視だがな」


「……そうですか。お話しありがとうございました」


 俺は立ち上がり、現状では何もできない事に腹を立てつつ、宿屋に戻った。



「おかえり。随分とかかったわね。本当に娼館で溶かしてきたのかしら?」


「いや。普通に孤児院の院長と世間話をしつつ、裏家業のボスと公爵の所に顔を出してきた」


 俺はお茶を飲みながら、今日の事をグリチネに話した。


「孤児院の子供を、売る売らないはそこの勝手だけど、人攫いは聞き捨てならないわねぇ。まぁ、巡回が増えるならいいんじゃないかしら?」


「孤児院が奴隷商の店に行って、泣く泣く手放すのもどうかと思うが、金蔓を見つけて、押し込みで圧力をかける商人が気にくわねぇだけだ。まぁ、個人的な好き嫌いだな」


「仕事じゃない時は変に正義感あるわね。平気で人を殺せるのに」


「そっちは仕事だからな。けどそいつをぶっ殺しても解決しないってのが、頭に来るだけだ」


 そして俺はイライラしながら風呂に行き、夕食を食べてから店を手伝い、夜にグリチネに無理矢理慰められたが、気分は複雑だった。


 長時間の頭ナデナデはないわー。もっと、こう……ね?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る