第8話 なれない事はするもんじゃないな 前編

 あれからは気軽に、比較的街から近い場所の討伐依頼を受けたり、外壁周りのゴブリンで、中距離での弾頭の動きを体に覚えさせたりしていた。


 朝食は一泊の値段が変わらないのに、しんなりベーコンと目玉焼き、生野菜が付くようになった。早い話がベーコンエッグだな。


 ベーコンの上に玉子が乗ってないけど、ベーコンの油で卵を焼けば、どうなっててもベーコンエッグらしい。会社での飲み会で玉子焼きになにつける論争になって、そんな雑談も出たのを覚えている。


 そしてベーコンはカリカリかしんなり派に分かれ、玉子の下になってるかわかれてるかの、四つの派閥ができたどうでもいい飲み会があった。


 そして相変わらず朝食後のギルドは混んでいるので、いつもの角の席に座って人が少なくなるまで待つ。


 そうしたらヒョロイ男が隣に座った。またかよ……。


「依頼を頼みたい」


「言うだけならタダだ。今度はなんだ……」


「付いてこい」


 またかよ……。そう言われたので少し待っててもらい、受付とは別の場所で大銀貨五枚を引き出し、男の後に付いていった。



 場所はこの間と同じ上級区の屋敷だ。


 部屋に入ると、メイドさんがお茶とお菓子を持ってきてくれ、お辞儀をして出て行った。


「早速本題に入ろう。この街から徒歩で十五日ほど離れた村が、非正規軍に占領されている、処理を頼みたい」


 何を言っているんだこいつは?


「なんで俺なんだ? そういうのは国とか、この街の貴族の私兵が出向くんじゃねぇのか?」


「隣の帝国が裏で手を引いてる可能性が高い。それと、とある理由でこちらの兵士は動かせない」


 男がお茶に口を付けたので、俺も砂糖を入れてから口を付ける。美味いなコレ。


「非正規の部隊なら問題なくぶっ殺せるだろ? 旗も持ってない、挙句に向こうの鎧も着てねぇんだろ? なら国際問題にはならねぇだろ……。なんで動かせないんだ? それともこっちの国の兵士が、向こうの兵士の恰好して村を襲ってて、俺みたいなどうでもいい奴が殲滅して、相手の国に金でもせびるのか?」


 良くある話なので、言ってみたがヒョロイ男は黙っている。


「仕事は断る。勝手にやってろ」


「待ってくれ!」


 情報がはっきりしていないので、速攻で断り、腰を浮かせようと思ったら止められた。


「わかった。はっきり言おう。情報によれば身なりが盗賊なのに旗を掲げてアラバスターを名乗っているらしい。奴らの得意な手だ。現地の盗賊数組に旗と金、装備を渡し、現地で雇用しておいて、上手くいったらそこからそいつらを正規兵にして、その町を拠点にしてさらに相手国を侵略開始。失敗したら大国を理由に末端の兵士が勝手にやった事にして、賠償だけして切り捨てる」


「非正規なのに旗かよ……」


 現地雇用ってなだけじゃねぇか。


「そして経費削減だ。徒歩で十五日近くかかる場所までの往復の食料や飼い葉が必要だ。そして訓練された兵士と、それの後方支援の輜重兵も必要だ。軍を動かすという事は、それだけで金がかかる。だから金貨一枚で動かせて、かなりの強さがあるお前に頼む。簡単だろう? それに大勢で動くと村の人質が危ない。生きてる者は極力助けたい」


 ヒョロイ男は、にやける事もなくただ淡々と説明をしてくれた。


「あぁ、理にかなってる。そこまでの食事とか飼い葉。使える程度になるまでの兵士の訓練費とかの事を考えるとなおさらだな」


 徒歩十五日って事は最低でも三百キロメートル以上か……。外国の国境とかを考えればまだ近いのだろうか?


「この街から国境の関所まで徒歩で何日だ? 敵の数は?」


 馬車で町伝いに金稼ぎに来たから、正確な距離が欲しい……。


「街道を進んで十五日くらいだ。何か勘違いしていると思うから言っておくが。大きな道ではなく、街道から逸れた村だ。アラバスターは国境線が長い、途中の町から別な道に行き、街道沿いじゃない国境付近の村だ。敵の数はまだ三十程度だ。放っておけばさらに増えるだろう」


 はぁ、今回も長旅か……。


「侵略は、防衛よりはるかに物資が必要……か……。移動は徒歩か?」


 冗談を言ってみた。


「馬鹿を言え。緊急事態だ、放置してるとどんどん敵の数が増えていくぞ。馬車を用意する。信用できる部下二名と三人分の水と食料だ。重かったらその分遅れるからな。終わったらその村に滞在して防衛だ。この国の兵士と迎えが行くまで村を守っていてほしい。その間にこの国の正規兵を呼んでそちらに送る」


「了解。俺は村に付くまで馬車に乗ってるだけでいいんだな? 食事代もそっち持ちか?」


「あぁ、そうだ。それと、交渉用に三人ほど生かして捕らえろ。生きてればいい。そいつがいないと証拠にならん。他に質問は?」


「俺の立ち位置はどうすればいい? 禁則事項は?」


「旅の傭兵を装え。金はこっちが払うから礼は受け取るな。略奪と強姦、家屋の破壊は絶対にするな。詳しい事は部下に聞け」


「了解」


 そう言って立ち上がるが、目の前に袋が投げられた。袋を開くと金貨が三枚入っている。


 俺は袋ごと男の前にテーブルを滑らせて返し、先ほど引き出した大銀貨五枚も袋ごとテーブルの上を滑らせる。


「前に言っただろう。金貨一枚だってな。それと今回は成功報酬でいい。死ぬかもしれねぇ奴に金なんか払うんじゃねぇよ」


 ついでにギルドカードも、テーブルの上を滑らせて渡しておく。


「身分が割れたら困るだろう? それと、死んだら宿屋の女将に渡してくれ。お前なら名前まで調べあげてると思うがな。婚約してたとか言えば、それで金は多分引き出せるだろ?」


「危険な仕事は成功報酬とかふざけた野郎だ……。馬鹿かてめぇ」


「その馬鹿に仕事頼むのはどこのどいつだよ。俺はまだてめぇの名前すら知らねぇんだぞ? んじゃ、宿屋に戻って遠出してくる事を言ってくるわ。準備しててくれ」


「あぁ。しっかり別れの挨拶してこい」


 別に死ぬつもりはないし、最悪一時撤退するからどうにでもなる。



「今日からまた遠出してくる。三十日分前払いだ」


 俺は宿屋に帰り、グリチネさんに遠出する事を伝え、お金を置いた。


「あんたの部屋は荷物が少ないから、あんたがいない時の宿代はいらないわ。気にしないで行ってきなさい」


「感謝する。んじゃ行ってくる」


「御武運をー」


 グリチネさんは、指に煙草を挟みながら、手をヒラヒラさせていた。


 相変わらず無愛想だなー。


 俺はいったん部屋に戻り、ドライフルーツだけもって上級区の屋敷に戻り、門の前に止めてあった幌付きの馬車の前に男が立っていた。そして親指で荷台を指したのでそちらに乗り込む。


 そして乗ったら、直ぐに馬車が出発した。


「スピナさんですね。サポートを任されている……アニタとお呼びください、御者ぎょしゃは……トニーです」


 アニタと名乗った女性は特に特徴がなく、知り合いじゃない限り街ですれ違っても、特徴がなく記憶に残らない印象しかない。やっぱりこういう職業は、記憶に残らない系が一番なんだろうか?


 そして服装だが、キャペリンに茶色の地味なワンピース風のどこにでもいる一般市民っぽい服装だが、きっと一通りの訓練はされていると思う。ってか名前は今考えただろう。少しタメがあったし……。


 御者も茶色のズボンに白のシャツ、そしてキャスケット帽で、やっぱり特徴のない顔だし。


 俺、浮きまくってるな。未来に生きてんな……。まぁぼろいローブ着てるからマシだけど。


「スピナさんの身辺のお世話をさせていただきます、何かありましたら声をかけてください。もちろん……下のお世話も……」


「あぁ、必要になったら言う。そっちはそっちの仕事をしててくれ」


 あんなやつの部下とそんなことしたら、弱みを握られそうで怖いわ。ってか覚悟できてないなら、照れながら言うなよ。仕事と割り切れよ。女性としての武器を最大限に生かせよ!


 まてよ……、最大限に生かした結果があの照れなのか? まぁどのみち世話にならないからいいけどさ。


 昼食は用意されていたサンドイッチなどの軽食だったが、材料や日持ち的な問題でで、今後町や村に泊まらないと柔らかいパンは食べられないだろうな。


「さて、聞いておきたいことがある。こちらから与える村民の人的被害についてだ……」


「と、言いますと?」


「刃物を持った奴が人質を取った場合だ。動くんじゃねぇ、動いたらこいつを殺すぞ! ってな感じだな。その場合は犠牲を出していいのか?」


「できるだけ最小限に抑えろとの事ですが、自分の身が危ない場合は仕方ないとの事です」


「あいよ」


 食事中にある程度の事はトニさんーやアニタさんに聞きいて頭に叩き込み、あとは臨機応変ケースバイケースでって事にした。



 七日後、目標の町付近に到着し、馬車を森の中に隠すが……。尻が痛い。


 サスペンションなんかないし、道が悪い。ガタガタ揺れるし、旅人風を装ってるから出来の悪いクッションくらいしかない。あの丘の上の家を爆破した時の馬車の作りが良すぎたのかもしれない。


「ここから、太陽が十個分傾いたくらい歩いた場所にある町です」


「了解」


「では、案内しますね」


「ん? 案内はトニーじゃないのか?」


「このような場所に女性一人を置いていくと、最悪盗賊の増援が来たら強姦や輪姦されますからね、スピナさんの近くの方が安全でしょう。むしろ、自分よりアニタの方が強いですよ」


「はぁ? 非正規軍風盗賊団との戦闘があるのに、逆に危険だろうが」


 なんで男二人にしなかったのか謎だが、夫婦に護衛って言えるからかもしれない。あと、アニタさんの方が強いってのは無視した。


「そんな動きにくそうで目立つ格好は止めてくれ、見つかって襲われても責任は取らねぇぞ?」


「わかっています、今着替えますね」


 アニタさんは物陰に入り、上下茶色のズボンとシャツに着替えて戻ってきた。腰には短剣が二本下げてあり、戦闘もできる事を自己主張していた。


「はいはい、それでいいなら別に構わん、そして携帯食料も二人分用意しておいてくれ、俺も着替えてくる」


 俺も物陰に行き、右腕の端末をいじり、少し深緑系の糸がモサモサ生えまくっているギリースーツを選択し、装備はいつもの自動拳銃mk23だけだ。移動するのに重いものは持ってられない。


「うお!」「ひゃ!」


 二人とも驚いている。まぁ、仕方ないか、この時代にこんな装備なんかないしな。


「移動するぞ。いつ人が通るかわからないから、森の中を歩いていくぞ」


 俺はアニタさんにそう言い、細い道があるわきの森を通って行く事にした。



「アレです」


 隠れる様に森を歩き始めて一時間。かなり遠くに櫓やぐらが見える、高いところからの見張りは、多分あれだけだろうな……。


「少し待て」


 俺は端末を操作して、小型UAVを装備し、一分後に背中から下して組み立て、カメラだけ付けて飛ばした。アニタさんが驚いていたが無視した。


 上空百メートルまで飛ばして村を見るが、本当に村って感じの村としか言いようがない。端末に親指と人差し指をくっつけてから広げるようにしてズームし、色々と詳細を見るが、町の一角に赤いものが見えたので、さらにズームすると、死体の山だということに気が付く。


「男は結構な数が殺されてる可能性が高いな」


 俺は画像を等倍に戻し、町の全体図をメモに簡単に書き写す。


「ほら、これが村の全体図だ。ここに死体がある」


 メモをトントンと叩き、アニタさんに教える。


「この変な矢印は何ですか?」


 なんとなく描いた方位記号に突っ込みが入った。学生時代の授業や地図アプリで描いてあるから、何気なく使ってしまった……。


「この矢印の右がひが……太陽の出る方角、左が太陽が沈む方角だ」


「わかりました」


「詳しい情報が欲しい、もう少し近づくぞ」


「はい」


 俺は中腰でゆっくりと歩き、家が手前になく、村中央の見れる場所まで移動した。


 そしてスポッタースコープを覗き、村を詳しく見る。


「防壁なし、これは肉眼でもわかる。防壁を作る金もないのか、特産品もないし見捨てられ気味なのかは知らんが、襲われる原因を作ったのは村長か統治してる貴族のせいだな。あ、別にこの独り言は上に報告してもいいぞ」


「あの、いえ……。そのような事は……」


「冗談だ、お前はお前の仕事をしろ。どうせ俺の見張りもしてるんだろう? ってか防壁がないと逆にやりづらいな……どこから攻めるかだな……。あ、櫓やぐらに旗が掲げてある。あれがアラバスターの旗ねぇ……」


 どうせ俺の見張りなんだから、軽口でも言っておく。


「あの、いつ頃救出に?」


「真夜中だ。二人なのに昼間に堂々と突っ込む程バカじゃない。それまではできるだけ情報を集める。俺の事も監視するなら、敵に見つかるなよ? 突入ルートは、一枚目のメモ用紙に線を引いておいた。頭に叩き込んでおけ」


 森から出ずに、村を見られる場所から色々な場所を見てメモを地図風に描く。


 時々半裸や全裸の女性が決まった家から連れ出され、そこに戻されるを繰り返されている。女性は最低でも一ヶ所に集められてる可能性大。


 そして村の所々では、装備が整っている小汚い兵士風の男が所々で酒を飲んでいる。逃走防止だろうか? まぁアレが例の盗賊を雇った兵士で問題はないだろうな。

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