第24話 悪魔は微笑みの中に宿る


 お茶会当日。

 ジュリアが仕立てた服は、デザイン画のものよりも凝ったものになっていた。

 刺繍を見ただけで、それが魔力が込められた一品であることがすぐに分かった。

 使われている素材はどれも高級なものばかり。

 ジュリアが頑張って取り揃え、加工して作り上げてくれたものだ。

 ベルトの部分にはジュリアの店名『天使の刺繍針』が彫られている。


 チューブトップを着て、パンツを履いて、白のハイカットブーツに足を入れる。

 薄い水色の透けた腰布をつける。


 ジュリアの指示通りに髪を編み込みながらポニーテールにして、服飾職人が手ずから作ったという銀色の額飾りをつければ完成だ。


 この日の為に(リディが)気合を入れて美容に励み、お肌のコンディションを万全に整えた。

 事前に話をしていた両親も驚いていたが、静かに目を伏せるだけで何も言わなかった。

 手筈通り、両親とは時間をズラして会場に入る。

 最大の懸念であったドレスコードチェックも何故か無かったので、そんなこんなであっさりと会場に入れてしまったのだ。



 豪華なシャンデリアがいくつも吊るされ、大理石の床がキラキラと光を反射している。

 建国記念日のセレモニーに相応しく、そこには煌びやかな空間が広がっていた。


 両開きになった扉を潜り抜けながら、会場内に踏み入れれば何処かで息を飲む音が響く。

 次いで、注がれる不躾な視線。


 つるり、と目当ての人物──シェリンガム公爵の手からワイングラスが滑り落ちる。

 グラスは粉々に砕け、ルビー色の葡萄酒が床に溢れた。

 顎が外れんばかりに口を開き、目は瞬きを忘れたようにきょろきょろと私の身体を舐め回すように見る。

 その視線が私の顔に落ち着いたところで、彼が何かを言う前に私は大きく声を張り上げる。


「あら、会場の皆さまご機嫌麗しゅうございます。如何でしょう、シェリンガム公爵様。貴方が私のために“ご用意”くださったドレスは?」


 シン、と耳鳴りがするほどの静寂に満ちた会場に、細波のように騒めきが拡散する。


 それもそうだ。

 私の発した言葉は浅い関係ではないと解釈できてしまう。

 事実、純朴そうな見知らぬ令嬢は顔を真っ赤にしてシェリンガムと私の顔を見比べている。


「な、な、なんて格好を……!?」


 私の服を見たシェリンガムは顔どころか耳、さらには首まで真っ赤になって狼狽えている。

 あの品のないドレスをデザインしたとは思えないほどの狼狽ぶりだ。


使。私のために慣れないドレスデザインに励み、秘蔵っ子の仕立て屋に託すほど思われていたなんて……私って愛されていたんですね」


 少し恥じらった演技を含めてチラリとシェリンガムの顔を見れば、彼は顔色を赤くしたり青くしたり、また赤くなったりと忙しなく変わる。

 彼の取り巻きも順調に誤解していっている様子で、「まさか、仲を見せつけるために!?」と驚愕の表情を浮かべていた。


 そのなかに、見知った人物を見かけて口角があがる。


「あら、ファーレンハイト侯爵夫人様。ご機嫌麗しゅうございます。我が親友、サリーはこの場にいらっしゃらないのですね」

「っ……!」


 挨拶をしただけだというのに、彼女は、さあっ、と顔を青ざめてだらだらと冷や汗を流し始めた。


「おや、なにやら顔色が優れないご様子。この猛暑で熱中症にでもなったのでしょうか?」

「そ、そうかもしれませんわね。少し、席を外しますわ……」


 ふらふらとした足取りでホールの外へ向かう夫人を見送る。

 父の調べで、我が仕立て屋に圧力をかけていたのは彼女だったという証拠を掴んだと聞いたので少し揺さぶりを掛けただけであの反応。

 どうやら彼女とシェリンガム公爵は繋がっていたとみて間違い無いらしい。


 さて、我が父の派閥の裏切り者は会場の外にいる母に任せるとして、今はシェリンガム公爵だ。

 彼は、これまでの振る舞いから見て社交界の中でも評判は低い。

 さらに、私の発言によって彼の名声と人望は地に落ちたといっても過言ではない。

 当の本人はぱくぱくと言葉にならない声を漏らすだけで、保身のために言葉を紡ぐことすらできないほど放心状態になっていた。


 だから、シェリンガム公爵に近づいてそっと耳打ちする。


「貴方から頂いたドレスデザイン画を我らが親愛なる王妃殿下にお見せしましたところ、大変気に入られたご様子でしたわ。是非ともお話しを伺いたいと仰っておりましたわ」


 シェリンガムの頬を、一筋の冷や汗が伝い落ちる。


 ジュリアの元を訪れたという偽使用人を捕まえ、話を聞けば彼はスルスルと知っている情報を答えてくれた。

 一瞬、私を陥れるための罠なのかと訝しんだが、彼は日頃から乱暴者で使用人に当たるような人間で忠誠心はなかったらしい。

 王妃のドレスデザインと知って極刑を恐れた彼を、減刑を条件に仲間に引き込めたのは僥倖だった。


 あとは父を経由して王妃殿下に便りを出し、シェリンガム公爵の蛮行を正直に直訴しただけで王妃殿下をこちら側へ引きずり込むことに成功したのだ。


 今、この場にいるシェリンガムの仲間は彼の腰巾着もといルーシェンロッド家の敵だけ。

 その絆も『共通の敵がいる』という曖昧で、貴族としての進退を賭けるほどの強固な信頼関係の上に成り立ったものじゃない。

 一人、また一人とシェリンガムの側から貴族が離れていく。


「な、な、な……この破廉恥女ッ! だ、誰かこの女を城外へ、いや地下牢へ放り込みたまえ!!」


 はっとしたシェリンガムが叫ぶけれども、騎士たちでさえ私の何処に触れて連行したらいいのか決めあぐねている様子だ。

 何処を触れても素肌、しかも私は未婚の令嬢。

 下手に連行して因縁をつけられては堪ったものじゃないと表情から伺える。


「はやく、その女を連れ出せ!」


 会場にいる人全員の耳に届けと言わんばかりに叫ぶシェリンガム。

 けれど、それは貴族として悪手だ。

 その声を聞いた貴族がさらにこちらを見て、ただならぬことが起きていると気づいて注目する。

 どうしてこうも私にとって都合よく物事が転がるのだろうかと笑ってしまう。


 そして、程よく注目を集めたタイミングで……。


「静粛に! 国王陛下と王妃殿下の御前であるぞ!」


 シェリンガムが体勢を立て直すよりも早く、私の味方が現れた。

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