第22話 仕立て屋ジュリア
建国記念日に開催されるお茶会に出席するため、ドレスを用意することになったのだけれど、王家が寄越してきたリスト全員に手紙を送って返事が返ってきたのは二通だけ。
一通は断りの手紙、もう一通は了承の手紙だった。
概ね予想通りだったのだが……。
手筈通り、屋敷にやってきた仕立て屋を接待する。
相手は平民なので、挨拶はフランクに。
丁寧にしすぎるとかえって威厳がなくなってしまうのだ。
「レティシアよ。手紙の通り、ドレスを依頼したいの」
「この度はご依頼くださり、誠にありがとうございます。仕立て屋の店主代理で参りました、ジュリアと申します」
招待を受け、遥々王都までやってきたのはジュリア。
ふわふわとしたマホガニー色の髪にくりくりと可愛らしいマロン色の瞳。
うっすらと色づいた頰と唇にすらりとした手足。
少女漫画好きなら誰もが一目見て彼女こそヒロインだと確信するだろう。
ストーリー開始時、ジュリアは閑古鳥が鳴くような仕立て屋を営んでいる。
お茶会に向かう直前、クロノが服を汚してしまってジュリアの店を叩くところからストーリーは始まり、二人は交流を始めるのだ。
それから暫くしてジュリアとレティシアは出逢うはずなのだが……。
どうやら私が小説を書いて出版したことで設定が捻れてしまったらしい。
しかし、いまさら変更するわけにもいかないので、ここは仕事の話を進めることにしよう。
「お茶会は来月の第一土曜日なのだけど、それまでに仕立てられるかしら?」
ぶっちゃけると時間はそれほどない。
こんな案件、前世だったら即お断りだ。
ゼロからデザイン、材料決め、それと採寸を経てドレス製作に取り掛かる。
知識がなくとも、それがどれほど大変かはなんとなくわかる。
私の無茶振りに対して、ジュリアはニッコリと営業スマイルを浮かべた。
「今日から取りかかれば間に合います。デザインの方ですが、先日ルーシェンロッド家の使用人を名乗る者からいただいたものを、こちらで少々手直しさせていただいても宜しいでしょうか?」
「あら、私達は依頼の手紙以外にはなにも送っていないはずですけど」
依頼もしていないのに、デザインを送りつけるのは野暮。
そもそも、アイディアが外部に漏れては面目丸潰れなだけでなく費用が無駄になってしまうのだ。
一応の案はリディと話して方向性は決めてある程度。
「それは変ですね。こちらのデザインで頼みたいと伺ったのですが……」
そう言ってジュリアが応接室のテーブルに広げたのは、この世界の貴族の間では『破廉恥』なデザインのローブ・デコルテスタイルのドレス。
首筋や肩の露出はともかく、背中には大きなV字の切れ込み、スカートの部分にはスリットが腰まで入っている。
肌の露出は控えるべし、という未婚の令嬢が着るには相応しくない。
「心当たりがないわね。リディ、あなたは?」
「いえ、旦那様からも奥様からもそのようなお話は伺っておりません。何者かがルーシェンロッド伯爵家の使用人を騙ったものかと」
「やはりそうね。まったく……」
側で控えていたリディが素早くメイドに目配せをして指示を出す。
一礼したメイドは確認を取るために書斎へと向かっていくのを視界の端に捉えながらどうしたものかと頭を悩ませる。
「ジュリアさん、貴族にとって建国記念日のお茶会というものは大事だというのは知っているわね?」
「国王陛下だけでなく、諸外国の重鎮も参加なさる場だとお伺いしております。ですから、特別に服を仕立てるのだとも存じております」
さすが仕立て屋を営んでいるだけあって、お茶会の重要性を理解しているらしい。
しっかり屋な彼女らしく、力強く解説してくれた。
「その大事な場に、心当たりもない人のデザインで仕立てたドレスを着るわけにはいかないの。無茶振りをするようで申し訳ないのだけど、私だけのドレスをデザインしてもらえるかしら?」
私はドレスや芸術品を作ったことがないから分からないけれど、こういうものは一から作り上げることの方が難しいという。
デザインだけでなく、採寸してドレスの材料を集めて加工し、縫い合わせなくてはいけないのだ。
その労力は大変の一言では済まないだろう。
多少、報酬に色をつけなければ断られるかもしれない。
そんな私の気遣いは無駄だったと知ったのはすぐのことだった。
「まあ! そういうことでしたらお任せ下さいませ! 実はこのデザイン、そんなに好きじゃなかったんです!」
食いつくようにジュリアはそう告げると、机の上にあったデザイン画を手で払い除けてポシェットをガサゴソと漁る。
取り出したのは擦り切れかけてページが色褪せたノート。
表紙にはドレスデザイン帳とシンプルに名付けられていた。
それをパラパラと捲って、目当てのページを開いて私に向ける。
「レティシア様を一目見て、私は確信しました! その妖艶な髪色と蠱惑的な眼差し、美の女神が如き豊満な胸から流れるくびれのある美しき腰、そして万民を魅了する太腿から足首までのライン! これを活かすには首まで詰まった古典的なドレスでは力不足!」
ジュリアが示したのは、先ほどのデザインなんて笑ってしまうほどの露出度に満ちた服だった。
胸部を覆うチューブトップに白の短いパンツの上から透けた素材のスカートを着るけれど、それも前の方はガッツリと開いている。
ショートブーツに銀のブレスレット、そして髪型は編み上げのポニーテールと細かいところまで決められている。
臍、首、肩、腕、背中だけに飽き足らず、透けた素材であるから足まで露出……いや、ここまできたら見せつけているようなデザインだ。
大体なんでもアリだった前世の価値観に照らし合わせても、度肝を抜かれるようなファッションに間違いない。
「……如何でしょう?」
緊張した面持ちでジュリアが私の顔を見る。
これを着てお茶会に出たなら大顰蹙ものだろう。
けれど。
ああ、一目見て私はこのデザインを
ドレスに飽きていたのもあるが、このデザインならば確実にお茶会で目を引く。
あのふざけたデザインはシェリンガム公爵か王家が持ってきたものだろうが、そんな奴らの下品なものよりも遥かに魅せ方が上手いと素人ながらに思う。
「いいわ、そのデザインで仕立てなさい」
背後でリディが息を飲む音が聞こえた。
「えっ!? いいんですか?」
「いいもなにも、自信がないなら何故見せたのかしら?」
「いえ、まさか了承が貰えるとは思わず……」
チラリと見た限り、他のデザインも市井では受けても貴族では眉を顰められるものが多かった。
だからこそ彼女の店は閑古鳥が鳴くのだが……。
その才能をクロノに見出されて彼女は専属のグランクチュリエールとして王妃専属のデザイナーにまで成り上がるのだ。
そして波乱万丈な舞踏会を終えた後でクロノとジュリアは互いの思いを告げてキスをしてストーリーは幕を下ろす。
本来ならクロノと出会うまで才能を埋もれさせるべきなんだろうが……、それはとても勿体ない。
二人の恋路を阻むつもりはなかったが、予定変更だ。
「そのデザインのどこかに貴女の名前か店の名前を入れなさい」
「よ、宜しいのですか!?」
ドレスに名前を入れるという行為、それはつまりお抱えのデザイナーにするということでもある。
大抵は王族専属のデザイナーぐらいでなければ名前を入れないし、入れたがらない。
「ええ。貴女にはそれほどの才能があるわ。それと、先ほどの小癪なデザインを寄越したとかいう使用人の特徴を教えて」
ジュリアが告げた偽使用人の特徴をリディにメモさせながら、私は『今回のお茶会は本当に退屈せずに済みそうだ』と一人ほくそ笑んでいた。
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