89話 Dawn of The Santa Claus その2

 ビルを出た三人は、すぐ近くに停まっているトラックに乗り込んだ。


「おかえりー。なにかおもしろいものあったー?」


 ソニアの膝の上で寝転んでいるキャロルは、リコにざっくりとした質問した。


「期待以上でも以下でもないが、収穫は確実にあった」


「手詰まりになるのだけはイヤだったから、安心したよー。それで、これからどうするの?」 


 リコ、セイレン、キャロル、カナン、ソニア、ナッツ。この場にいる六人全員が揃っている。


 これからどうするか。ロメロたちとの戦いで精一杯で、いままで触れられなかった部分だ。


「二手に分かれよう。セイレンはサンタ協会の本部に戻り、今日のことを上手くマンユに報告して欲しい」


「総隊長の相手は苦手なんだけど、引き受けたよ。それで、リコはどうするの?」


「私はいまからナッツの配達道具で透明化させたこのトラックを使い、子どもたちを預けにいく。その後、兵器開発局の本部に向かい、交渉を行う」


「確保した配達道具はどうしますか?」


 ソニアがリコに尋ねる。これは難しい判断になる。


 兵器開発局と交渉する際、現物がなければ信頼されないだろうが、現物を持っていけば力で押収してくる可能性がある。


 懲罰部隊との関係を悪化させるようなことはしないだろうが、弱り切っているいまのリコなら、支配系の配達道具で簡単に支配下におけるだろう。


「半分ずつに分けるのはどうかなー? セイレンはロメロ、アリス、コール、パインの配達道具を持ち帰って、残りの四つは晒す手札にする。これなら向こうは手を出し辛いんじゃないかなー」


 キャレルの案がおそらく最適解。


 確保した中で脅威度の高い上位三つの配達道具と兵器開発局が保有する一つを確保しておき、残りを実物として見せつける。


 クルミの配達道具に加えて、サンタ工房の配達道具が三つがあれば信憑性もある上、残りの地雷型配達道具を取り戻したければ、リコ達と交渉するしか取り戻す道はない。


 これなら交渉を優位に進められる要素を見せつつ、弱みは見せないで済む。


「それで行こう。やはり、キャレルは頼りになる」


「お礼は膝枕でいいよー」


「いつも通りだな……せっかくのクリスマスなのだから、もう少しわがままを言ってくれても構わないのだが……」


「いつも通りが一番だよー。そうでしょ?」


「そうだな。その通りだ」


 キャロルは組手で勝った時、勝者の報酬と称していつも甘えてくる。


 リコにしてもキャロルにしても、実力的に近い相手が一人しかいないため、いつもリコが甘えられている。というより、相当甘やかしている。


「リコと私が子どもたち。他の四人はサンタ協会に帰る。そんな感じの理解で構わない?」


「ああ。それと、生き残っているアズサのこともセイレンに託したいのだが、問題ないか?」


「大丈夫だよ。いつも通り宝物管理局に引き渡しておけばいい?」


「それで頼む」


「それじゃ、そうやって手配しておくよ」


 方針は決まった。まだ戦いは始まったばかり。


 兵器開発局との交渉に失敗すれば、リコたちは懲罰部隊を除名されることになるだろう。


 ロメロたちを襲撃したリコ達を処分することで、サンタ工房との軋轢を回避するために。


 そうなれば、リコたち五人の命もそうだが、助けた子どもたちの未来も閉ざされてしまう。


 綱渡りは終わらない。一歩踏み間違えれば全て終わる。


「リコ。アカリちゃんにナナカちゃん……みんな不安がってる。リコがこれから会う人は、信頼できる?」


 カナンは不安そうにリコに尋ねる。トラックの荷台に乗せられ、子どもたちはみな、不安の中にいる。


 子どもたちをこの街に置いておけば、遠からずサンタ工房は彼女たちを始末するだろう。


 仮にそうならなかったとして、わずかであったとしても資金援助を受けていた孤児院は、ロメロの配達道具がなくなれば存在価値がなくなる。つまり、閉鎖される。


 そうなれば、そこで暮らしていた子どもたちに生きる術はない。肉体的にも精神的にも、痛めつけられた彼女たちは、この街で長くは生きられない。


 殺されなかったとしても、このままでは子どもたちに明るい未来はやってこない。


 トラックに押し込んで、運ぶのはリコもカナンも耐え難かったが、こうするのがいまできる最善。


 こうした事情を考え、カナンは不安だった。自分のことよりもサンタとして、子どもたちのことが。


「ああ。絶対に大丈夫だ。子どもたちのことなら、絶対に助けてくれる。環境も物資も、決して恵まれてはいないが、それでも絶対に助けになってくれる」


 カナンはリコの目と話し方を聞いて、子どもたちを託す相手が誰かを察した。


 そして、あの人になら安心してみんなを託せる。


 だって、カナンがこの世で最も尊敬しているサンタなのだから。


「悪い子だから、夜更かしは平気なんだけど、さすがにはしゃきすぎて疲れちゃったよー。休みたいよねー」


「そうだね。私も休みたい。それで、私たちはどうやって帰る?」


 カナンがリコとセイレンに尋ねる。


「行きに使った新幹線の始発はどうだ? 朝の十時に出発だったはずだ。それが確実で最も早い」


「それが良いだろうね。出発まで休めるし、クリスマスの今日は忙しいだろうから、ロメロのことは最短でも今夜までは気付かない。今日中なら工房の検問もされないはず」


 帰路も決まった。相談すべき事案はもうない。あとはそれぞれがすべきことを全力でするだけだ。

 

「私はこれから子どもたちを運ぶ。いまから出発したとしても、到着するのは夕方になるかもしれない」


「休まなくても平気なの?」


「交代で運転してあげるから大丈夫でしょ。それに少しでも早く、三人を良い場所で寝かせてあげたいから」


 ナッツは運転席に三人の遺体を持ち込む。子どもたちのいる荷台には置けない。


 それでもこの街に置きざりにすることだけは絶対にしたくない。


 死体が本当に大切なわけじゃない。それでも可能な限り、大切にしたい。


 そうした気持ちまでは消せなかった。


「わかった。無茶しないでね。リコが死んだら、私はすごく悲しいから」


「卿には心配ばかりかける……明日の朝にはいい報告をする」


「期待してる」


 リコは運転席に座る。ナッツはトラックを捕捉されないために、香水を吹きかけて透明にしている。


 いまから会う相手とリコが接触していることは、可能なら隠しておきたい。


 リコとナッツが準備をしている間、カナンは荷台にいる子どもたちに会っていた。


「大丈夫だから安心してね。優しいサンタさんが待ってるから」


 カナンは一人一人にメッセージカードを入れたプレゼントを配る。


 みんな怯えている。当然だ。カナンたちがやっていることは、誘拐と何一つ変わらない。


 正しいことだと、善い行いだと思ってやっていることだが、トラックに押し込め、家を奪っている。充分以上に暴力だ。


 プレゼントをあげたくらいで許されて良いはずがない。



「……ありがとう、サンタのお姉さん」


 カナンが去る直前、ナナカがお礼の言葉を口にした。


 カナンは感謝など求めていなかった。感謝を求めて何かをするのは間違っている。そんな押し付けるような考え方は、サンタらしくない。


 善くあろうとすることが、子どもたちに夢と希望を届けようとする意志が、サンタらしさだ。


 それでも、やっぱり、ありがとうと言われると嬉しい。傲慢なのはわかっているが、そんなものだった。


「ありがとう。私もナナカちゃんに会えて嬉しかった。いつか会いに行くから、元気でね」


 カナンはみんなに手を振る。


 子どもたちが行く先に待っているのは、今日とそれほど変わらない過酷な現実。そんな中でも、なんとか前を向けるようにと祈って。


 ここにいる子どもたちは目にした。自分たちのために傷を負って戦う、サンタの姿を。本物のサンタの姿を。


 その姿は、きっと、いつか、希望を紡いでくれる。すぐには無理でも、いつか立ち上がる力になってくれる。


 そういう力を与えられるのが、サンタだ。



「リコ。これから会いに行く人に一つ伝えて欲しいことがあって……」


 トラックの透明化は終えた。あとは運転席に座るリコとナッツを残すだけ。


 別れる最後の瞬間に、カナンはリコに伝えようとした。少し言いにくそうにしながら。


「どんな言葉でも伝えておこう」


「『今度は私のことも頼って』って。そう伝えて欲しいの」


「心得た」


 リコは確かに受け取った。


 彼女の正確な居場所を知っている人間を無闇には増やせない。


 そのことを理解しているから、カナンは連れて行ってとは言わなかった。


 リコには責任がある。カナンの思いを伝える責任が。


 リコはアクセルを踏む。いま一番会いたい相手……ずっと会いたかった、サンタさんがいる場所へと向かって。



「ついて行かなくてよかったんですか?」


 子どもたちを連れ、夜の道を走り始めたリコとナッツを見送りながら、ソニアはカナンに質問した。


 本当にこれでよかったのかと。


「会いたいけど、会わなくてもわかるから。それに私が離れたら、キャロルが寂しがるでしょ?」


 カナンとソニアの間に挟まって、嬉しそうにしているキャロルを放ってはおけない。


 今日はクリスマスだ。そんな日にキャロルを放ってはおけない。


「キャロルがここまで甘えているなんて、珍しいね」


 セイレンは三人を見守りながら、自分の考えを改める。キャロルは子どもだったのだと。


 コールとの戦いで、あまりに冷静で、したたかで、思わず忘れてしまった。


 キャロルが寂しがり屋で、甘えたがり屋なことを。


「それじゃ、帰ろっかー。ちょっとお休みしてから、私たちのお家にさー」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る