第二部 エピローグ 前編 12/25 1:24
88話 Dawn of The Santa Claus その1
ロメロを倒してから一時間以上が経過していた。
その間、リコ、セイレン、ナッツの三人は、トイズ・ファクトリーのバルテカ支社を徹底的に調べていた。
何か役に立ちそうな情報を見つけるために。
「工房に連絡した記録が残ってないね」
「ロメロは切り捨てられることを恐れていた、ということか。懲罰部隊と工房の戦争になりかねない状況だと判断し、本部に私たちの襲撃を報告していなかった……」
「そういうことだろうね」
ここ数時間の通信記録の中に、サンタ工房に連絡した記録はなかった。記録を消したような痕跡もない。
ロメロはリコによる襲撃を報告していなかった。
これならロメロたちが全滅したことをサンタ工房が知るのは、それほど早くはない。
遅ければ数日の間、発覚しない可能性もある。
「時間を稼げたな。その間にこの街をどう統治するかを決めなければ……」
ロメロたちサンタ工房がこの街を支配していた。経済的にも政治的にもだ。
後任のサンタ工房が到着した時に、この街がどう扱われるのかわからない。
ロメロの配達道具をリコたちが抑えている間は、強化兵士を生産することはできないが、似た能力の配達道具は存在かもしれない。
最悪、街の状況は悪化する。
そうでなくとも、力を持ったサンタがいないとなれば、兵器開発局は政府の機能を支配するために、首都であるこの街に攻撃を仕掛ける。
そうなれば、街に住む人々は大量に巻き添えとなり、死ぬ。
それも対処しなければならない。
「兵器開発局と話をするなら私も協力する。懲罰部隊一つでどうにかできる領域じゃないでしょ」
「卿が協力してくれるというのなら心強い……何か名案はあるか?」
「残念ながら。兵器開発局に余裕はないし、いつこの街に工房の後任が来るかもわからないんじゃ、武力でさっさと制圧しようとするのは間違いない。その点に関しては、交渉の余地はない」
「サンタらしくあるって、難しいね」
三人はこれからのことを一つずつ詰めていく。
ナッツの助言は的確だ。兵器開発局の内情を正確に把握している。
真の意味で子どもたちを救うためにも、まずこの内戦を……サンタ組織による代理戦争を終わらせなければならない。
戦争が続いている限り、悲劇は止まない。何度でも繰り返される。
これから先、ナッツの協力なしで切り抜けていくことは不可能だろう。
この戦争を終結させるためには、兵器開発局とサンタ工房の両方を動かさなければならない。
ナッツがいることで、リコ達は兵器開発局の内情にかなり介入しやすくなる。
「それより構わないのか? 私たちに協力して」
「一人は寂しいから、いまは誰かと一緒に何かをしたいの……それに、いまさら虫のいい話だけど、サンタらしいことをするのも、悪くないかなって」
「そうか」
ナッツは子どもたちをちゃんと守ってくれた。彼女たちはサンタとして許されないことをしていた。
だから、やり直そうとしている。できる範囲で少しずつ。リコはそれが嬉しかった。
「リコ、聞こえていますか?」
「ソニアか。何か進展はあったか?」
「ロメロ達の配達道具を全て確保しました。いまはカナンとキャロルと共に、保護した子どもたちと一緒にいます。アズサは気絶していますが、カナンの支配を入れました」
「了解した。私たちはもう少しここを調べる。酷使してすまない……休んでおいてくれ」
「大丈夫です。この中では一番傷が浅いですから」
ソニアは疲れを隠しきれていない、元気そうな声と共に通話を切った。
彼女自身も疲弊し切っているが、ロメロたちが所持していた配達道具の確保は行わなければならなかった。
カナンとキャロルは行動不能であり、このビルの捜索もせねばならず、比較的動けるソニアに任せた。
ソニアは三十分かけ、戦利品の確保は完了した。ロメロたちが所持していた、高性能な配達道具が六つ。それに加えて、クルミとパインの配達道具が二つ。そしてナッツの身柄。
これだけの材料があれば、兵器開発局との交渉を優位に進められる可能性は高い。
彼女たちの意志と共に使用された配達道具。そして共闘したナッツの身柄を、交渉の道具として使うことに抵抗はあるが、しのごの言っていられる状況ではない。
使える全てを最大限に利用する。そうでなければ、この国に更なる悲劇を招いただけで終わってしまう。
それだけは避けねばならないのだから。
「生体認証をする設備があると思ったんだけど見当たらないね」
「そうだな。しかし、生体認証に必要な物がなにかを知らないのだから、見落としているだけかもしれないが」
リコたちはビル中をくまなく探した。図面にない隠された区画まで徹底的に。
それでも、配達道具の生体認証を行う設備や道具は存在していなかった。
生体認証に必要な条件を知らないため、単に見落としているだけかもしれないが。
できることなら鹵獲した配達道具の生体認証を行いたかったが、それは無理そうだった。
配達道具は理論上、一人にいくつでも所持させられるが、一人に複数の役割を持たせるよりも、二人いるなら二つの、三人いるなら三つの役割を分けて与えた方が戦術的に有効なため、複数所持させることはありえない。
そんな非効率的なことをする余裕は、サンタ工房でさえもなかった。
理を歪める力を有した核は限られている。初代サンタが創り出した、配達道具の核は無駄使いできない。
それでもいまの状況であれば、一人に複数の配達道具を生体認証するメリットはかなり大きかった。
サンタ工房から鹵獲した配達道具の生体認証の申請をサンタ工房に行ったところで、受理されるはずがない。それなら、たとえ非効率的だとしても、使用可能な状態にしておきたかった。
キャロルやリコほどの技量であれば、複数所持してもある程度有効に使える。だからそうしたかった。
「ちゃんと使い切れるといいけど」
セイレンがそう零した。八つもある配達道具が交渉で使い切れなかった場合、ただの調度品になってしまう。
それはあまりにもったいないが、どうにもならなかった。
生体認証の設備の捜索を終えた三人は、初代サンタの遺物に関する資料を探し始めた。
「ここにもないね」
「初代サンタの遺物に関する資料なんて、残しておくわけがないか……」
セイレンとナッツはため息をつく。
サンタ工房が捜索しているであろう初代サンタの遺物。それに関する資料はどこにも存在していなかった。
「もしかしたら遺物なんて最初から存在してなくて、この戦争の目的は別にあるとか?」
「いや、それはないだろう。いま見つけたトイズ・ファクトリーが資金提供している事業の中に、石油の採掘に関する物があった。サンタがわざわざこんなことはしないだろう」
ナッツの推測に、リコは発見した資料を手渡した。
トイズ・ファクトリーはおもちゃ会社だ。しかしその実態は、サンタ工房が支配するサンタ企業。
サンタがクリスマスに配るプレゼントの製造を全て請け負うサンタ工房には、おもちゃの生産設備が必要になる。
それがトイズ・ファクトリーだ。しかしこのバルテカ支社の地下に存在した、図面には書かれていない区画。
そこに残された人体実験の痕跡や、兵器開発の設備。トイズ・ファクトリーは単なる世界で一番のおもちゃ会社ではない。サンタ工房の生産拠点なのだ。
「この辺りは確か……兵器開発局の地質調査で資源があったはず。だけど私たちはそこでの工房による採掘を認知していなかった。隠れてやってる」
「バルテカに目を向けさせておいて、そっちが本命なのかもね」
「その可能性もある。あるいはこの国にも、その国にも、初代サンタの遺物が眠っていて、その両方を狙っているか……」
サンタに石油など必要ない。それでも行われるサンタ工房による怪しげな採掘計画。
これもまたサンタとして阻止しなければならない。そんな予感がする。
「兵器開発局がこの国以外に手を伸ばす余裕なんてなかった。バルテカの工房を抑えるので精一杯。知っていたとして、手は出せなかった」
兵器開発局の上層部は、バルテカ以外での採掘も認知していた可能性はある。
しかし、そこに回す戦力はどこにもなかった。
士気に関わるからと、末端の兵器開発局員には隠匿していたかもしれない。
そのことに三人は思い至るが、どれも仮説に過ぎない。
直接確認するか、支配して聞き出すか。そのどちらかを行うまで真実はわからない。
「こんなものかな。もう調べ尽くしたよ」
セイレンは椅子に座って、眠たそうにしている。
極限の死闘を超えられたとして、その後もすべきことが山積みなのは覚悟していたが、それでもやはり疲れていた。
全員が死にかけている。これ以上は探索の余地もない。そろそろ切り上げるべきだ。
「もう充分だろう。皆の元へ戻ろう」
リコが探索の終了を二人に告げた。
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