46話 昨日よりもサンタらしく その1

「落ち着け! 今飛び出したところでどうにもならないだろ!」


 セイレンは今にも飛び出しそうなリコを必死に抑えていた。


 離れた屋根の上からでも、わずかに孤児院の様子が見える。


 そこでは、いままさに殺されそうになっている子どもたちを助けるようと、ジェシーが決死の覚悟で突入していた。


 そしてやすやすと返り討ちにあい、痛めつけられている。


「救えそうなら救う! そうだろう! ここはダメだ! 見捨てて、別の場所で子どもたちを救う! アカリちゃんの場所ともう一箇所、それで予定通り二箇所助ける! 最初から全て救うことは諦めるつもりだった! それが偶然ここで、ジェシーだった! それだけのことだ!」


 リコは子どもたちに銃口が向けられた時点で動き出していたが、セイレンがそれを押さえつけていた。


 だがロメロの暴虐に介入したジェシーが痛めつけられるのを見て、リコはさらに我を失ったかのように暴れ、それをセイレンがスライムを使って押さつけている。


「離せ! 私はあれを止めなければならないんだ!」


 ここまで取り乱したリコを見るのはセイレンも初めてのことだった。


 ソニアは孤児院の中での悲惨な現実を受け入れることができていない。


 その上、普段あれだけ信頼し合っているリコとセイレンの争いを見て、気が変になりそうだった。


「ここで無駄死にする気か! いまこの瞬間、あの子たちを助けられたとして、その先がない! 状況が厳しいなら見捨てる! これまでだってそうしてきた! 違うか!」


 リコもセイレンにも、冷静さなど微塵も残っていなかった。


 気配を完全に殺せたままなのが不思議なほどに、感情が剥き出しになっている。


 気配を消せているのは、懲罰部隊として生き延びてきた戦場の中で染み付いた癖だから。


「ジェシーに過去を重ねていることくらいわかっていた! 救いたい気持ちは理解しているつもりだが、副官として許容できない!」


 ソニアはどうにもならない切なさに震えながら、ただ黙って見ていることしか出来なかった。


 リコとセイレンでは覚悟の本質が違うのだ。


 リコは心の奥底でサンタとして覚悟し、懲罰部隊に入った。


 セイレンは懲罰部隊の副官として、リコに夢を叶えさせると誓った。


 どちらが正しい、どちらが間違っている、そうした話ではない。


 どちらも正しく、互いに譲れない一線。


 ソニアは最善が何かを考え、それが上手くいったり、いかなかったり。


 だがこの場に最善はない。どちらかが自分を譲るしかない。


 そして、そのどちらに転んでも、どちらの最善にも繋がらない。


 リコの望みを叶えれば、リコはサンタとして少しは救われるかもしれないが、サンタとしての夢は遠のいてしまう。それどころか、あの場に飛び出していけば、その場で命を落とす可能性すらある。


 セイレンの望みを叶えれば、リコは懲罰部隊の中で生きていける。だが目の前の惨劇を見過ごせば、リコはサンタとして死ぬ。


「目の前で処刑される家族を見殺しにした時のことを忘れたのか! あの時にもう私たちはサンタとして取り返しがつかないんだ! ここで助けたところで全て今更なんだ!」


「卿の言う通りだ! だとしてもだ! あそこにいる子は私だ! あそこにいるサンタは、この目に焼き付いて離れない、追いかけ続けている背中だ! どちらも救えないというのなら、私がサンタになった意味はなんだ!」


 リコはサンタに命を救われた。それと同時に、サンタであるという使命に呪われてしまった。


 サンタがただ日常を送っていただけの家族を引き裂き、善きサンタを殺す。そんな世界を変えるために、自分の心まで犠牲にしているリコの苦悩は、セイレンの理解を超えている。


 それでもセイレンはリコを抑える。リコをここで死なせるわけにはいかなかった。


 リコほどの苦悩を抱えているわけではない。それでも、上級サンタとして目にした腐敗を正すことは、紛れもないセイレンの願い。


 それにはリコが必要だった。人を惹きつける光と闇を抱えた、地獄を生きるサンタが必要だった。


 自分にとって本当に大切な決断は、最善かどうかでは決めさせてくれない。何をどうしても、その先には困難が待ち受け、後悔が残ると知りながら、進む道を選ばないといけない。


「これまで何度も見捨て、殺してきた! それと同じかもしれないが、救わねばならないんだ!」


 リコのぐしゃぐしゃの叫び。それを聞いてセイレンの力が僅かに緩む。その瞬間、リコは彼女の拘束を振り解き、孤児院へと駆け出した。


「待て!」


 制止の言葉が届くような状態ではなかった。それを誰よりも理解しながら、セイレンはリコの背中に言葉を投げた。


「くっ……ソニア! 私がリコを支援する! ソニアは周囲を警戒しつつ、奴らの逃走ルートを潰しておいてくれ! 私たちが敗北するようなことがあれば……カナンとキャロルを連れて生き延びてくれ……」


 セイレンはソニアの答えなど聞かず、一方的な命令だけを置き去りにしてリコの後を追った。

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