宿の話

「この後、どうしたものか」


 とケントは独り言をつぶやきながら考える。


 シロがホワイトバードで、自分がホワイトライダーだと信じてもらえたのはいいが、だからと言ってすぐに仕事に結びつくものだろうか。


(どれだけ強かろうとランクに見あった依頼しか受けられない、例外はないってルールがなかったらな)


 と彼はそっとため息をつくが、ルールはルールなので守るつもりだ。


「ケントさんとシロさんなら、護衛や荷物運びの依頼がいろいろと舞い込むのではないですか?」


 タンドンが遠慮がちに声をかけてくる。


「なるほど……」


 近距離ならそういう依頼もあるからなとケントは思う。

 そして次の瞬間、彼の顔を見つめる。


「タンドンさんは明日からどうなさるおつもりですか?」


 もしかしたら彼としばらく組むことになれば、仕事を探す必要がないのではないかと期待したのだった。


「明日からは数日はここで商品を売りつつ、仕入れもおこなうつもりです。残念ながらケントさんのお役に立つのは難しいかと」


 タンドンはケントの期待を読んだらしく、申し訳なさそうな顔で答える。


「素材集めを手伝えればと思ったのですが、残念です」


 やっぱり楽して報酬は稼げないかとケントは肩をすくめた。


「ハンターの方に依頼を出さないと手に入らないものは、基本的に私は扱っていませんからね。大手の商会だとあるので、機会があれば紹介いたしますよ」


 タンドンは愛想笑いを浮かべつつ話す。


(機会があれば、か)


 あまり期待しないほうがよさそうだなとケントは判断する。

 そもそも特定の人間に頼りすぎてもいい結果にはならないだろう。


「はは、そのチャンスがあればお願いしますよ」


 と彼は言ってシロに声をかける。


「ひとまず宿でも探すが、ついてくるか?」


「はい」


 彼女は当然だと右手をあげて答えた。


「宿でしたらハンター組合で相談なさるとよろしいかと」


 タンドンの助言にケントはうなずく。

 自分で探すよりも誰かに聞いたほうがよいとは彼も思うところだった。


 彼とシロがハンター組合の建物の中に戻ると、外の騒ぎの結果が知られているらしく、シーンと静まり返る。


 ケントはまた絡まれるよりはマシだと割り切って、先ほどの受付嬢に話しかけた。


「今日ここで一泊したいんですが」


「は、はい。黒鉄ランクの方なら『夜空に浮かぶ星』という、近くの宿がおススメなのですが、ケント様ならもっと高いお宿のほうがよいでしょうか?」


 彼の気のせいでなければ受付嬢は緊張でカチコチになっている。


 伝説のホワイトライダー相手に失礼な態度はとれないと、プレッシャーを感じているのだろうか。


「いや、この大陸の通貨が心もとないので、安い宿がありがたいよ」


 とケントは正直に打ち明ける。


「さ、さようでございますか。貴金属のたぐいでしたら、換金所をご利用いただくという道もございます。小さな町ですので大金は用意できませんが」


 受付嬢は謙遜と解釈したのか、彼が知らないサービスについて説明してくれた。


「ああ、換金所か」


 たしかに失念していたとケントは思う。


(もっとも『激震撃神』由来の品がはたして換金できるのか、怪しいものだが)


 こちらの世界でもあるものなら出してもいいかもしれないが、ないものを持ち込んだとなると騒ぎになるのは目に見えている。


 世界に混乱をもたらすのは彼の望むところではない。


「ひとまず『夜空に浮かぶ星』に行ってみようと思う。どこにあるのかな?」


 とケントが問えば、受付嬢はやはり緊張した面持ちで答える。


「ここを出て左に曲がっていただいて、四軒隣の緑色の屋根が特徴の建物になります」


「左に曲がって四軒隣の緑色の建物か、ありがとう」


 ケントは復唱して礼を言った。


 後ろにひかえるシロは一発で覚えただろうから、彼が間違えても正しい方向へ案内してくれるだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る