第225話
「いい機会だから、いい加減教えてくれないか?」
「なんじゃ、藪から棒に」
「天城の事を教えてほしいんだよ。俺はお前の本当の名前すら知らないんだ。名前を言うのが嫌だっていうなら、せめて昔話の一つでもしてくれよ」
「なぜ」
「なぜ、って……どうせ暇なんだ。退屈しのぎ程度に語ってくれてもいいと思うけど?」
「我の過去など聞くに値せん」
「それを判断するのは俺さ。俺と天城の付き合いも長くなってきたんだ。俺だけ一方的に知られてるってのは酷いと思わないか?」
天城は「仕方ないの」と、小さくため息をつくと語りだした。
「我は神と呼ばれる存在じゃ。それはお主も薄々感づいておったじゃろう?」
「まあ、な。正直反則すぎるほど強いしな。なんとなくそうかな、とは思ってたよ」
「我は人の心が理解できん。じゃから沢山の人の子を殺め、喰らってきた。しかしそのせいであやつに目をつけられてな、大事な子を隠されてしまったんじゃ。我はその子は取り戻すために人の愛とやらを勉強しておるのじゃ」
「それってまさか――」
「言うな! その名は封印しておる。今の我は天城じゃ。それ以上でもそれ以下でもない」
恭弥は天城の正体を察したが、なんらかの制約を枷られているのだろう。その名を呼ぶ事を止められてしまった。
「……悪い」
封じられている名を向けられてしまうと、なんらかのペナルティが天城には発生してしまう。
天城の正体が恭弥の想像通りなら、彼女ほどの存在を封じる枷は相当なものだろう。その分、ペナルティも常軌を逸したものに違いない。だからこそ、恭弥は謝った。
「よい。先に言わなんだ我も悪かった」
「俺の考えが間違ってなかったら、ザクロとか用意した方がいいか?」
「いや、いっときそればかり食べておったからもう飽きた。今は肉が喰いたいの」
「そっか。教えてくれてありがとう。でも、童子切安綱の霊刀なんて持ってるから俺はてっきり――」
「あれは奪った。ちょうどあの頃調子に乗った鬼がいたからの、そいつを斬るのにちょうどよかったのじゃ」
「奪ったって……まったく……」
ちょうどよかったで名刀を奪われる側はたまったものではない。しかし、天城なら本当に散歩に出かけるくらいの感覚で奪えるのだろうなと思った。
「しかし実物をどこにやったか、とんと思い出せん。どっかの洞窟に置いてきたような気がするんじゃが……ううむ、あの時昼寝した洞窟かの?」
「いや知らんけど。思い出したら教えてくれ、回収するから」
対妖特攻を持った名刀は常々退魔師の間では捜索がなされている。そういったものに頼らなければ強力な力を持った妖に対処出来ないからだ。童子切安綱ほどの名刀が見つかれば、暫くの間はそれで話題が持ちきりになるだろう。
「うーむ……どこじゃったかな……? まあいい、そろそろ時間じゃ。意識を戻せ」
「もうそんな時間か」
「起きたら相当消耗しておるじゃろうからな、喰うもん喰って体力を戻す事じゃな」
「了解。それじゃ、行くよ。色々ありがとな」
意識を戻そうとしたら、ちょうど電車が停車した。恭弥は出入り口から一歩踏み出し光に包まれた
「ハッ! ……うおおおおおお、嘘だろちくしょう!」
傍目には道場の中心で目を閉じて正座していただけなのに、意識を戻した恭弥の身体は全身という全身が筋肉痛を訴えていた。おまけに、身体中の汗腺全てから玉のような汗を流していた。霊装が汗でベチャベチャになっている。
「恭弥様、そろそろお夕食のお時間ですよ――って、どうなさったのですか!」
夕餉の時間を告げにきた文月が予想外の惨状に駆け寄ってくる。彼女は汗で衣服が汚れるのもいとわず道場に寝転がる恭弥の上体を起こした。
「……修行に力を入れ過ぎた。汗で汚れるだろ、大丈夫だよ」
「大丈夫に見えないから支えているのです! 病み上がりなのですからお身体を大事にしてくださいと言ったではないですか!」
「これはちょっと俺も想定外だった。でも、飯喰ったら治るからそんなに心配しないで」
「心配します! もう、そんな身体じゃお風呂にも入れないじゃないですか。私が一緒に入って洗って差し上げますから。掴まってください」
「いや、それは流石に……」
「嫌と言っても一緒に入ります!」
「ええ……」
かつてないほどに押しが強い文月に言われるまま、恭弥は道場に併設されている風呂場に連行された。
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