第213話

 車に揺られる事数十分、到着した仮称安全ランドでは工事員が精力的に工事を行っていた。広大な敷地には思いつく限りのアトラクションが作られようとしていた。


 そんな中、光画は入り口の警備員に二、三言話しかけると関係者である事を表すパスポートを持って戻ってきた。


「見学中はこれを首から下げておくんだ。一応、視察という名目だからあまり勝手な行動はしないようにな。特にアリス」


 光画にそう言われたアリスは心外そうな顔を一瞬見せたが、普段の自由気ままともいえる自身の行動ぶりを振り返って「わかったわ」と嘆息混じりに返した。


「今回の見学では主に建設計画の進行ぶりと完成したアトラクション等を実際に利用してみる。プラスして私と恭弥君は要となる妖対策の処置を確認する」


「了解です。形としては結界になるんですよね?」

「その予定だ。結界の作成にあたっては君の師匠の手も借りたんだよ」


「師匠……っていうと千鶴さんですか?」

「そうだ。陰陽術となると彼女ほどの使い手はそうそういないからね」


「めちゃくちゃ身内で回してるじゃないですか……」


 なんていう会話をしながら入り口で待っていると、案内人らしきスーツ姿の男性がやってきた。男性はこちらに向かって一礼すると、


「施工管理者の伊藤です。本日の案内人を務めさせていただきます。よろしくお願いします」

 と、簡単な挨拶をしてきた。


「天上院です。本日はお忙しいところお時間を頂戴します」

「いえ、それでは早速ご案内させていただきます」


 恭弥達は伊藤に案内されるまま施設を見て回った。途中、光画が幾度か質問し、それに伊藤が答えるなどといった事もあったが、視察自体は滞りなく進んだ。


「僕からは以上となります。天上院さん方はこの後完成したアトラクションを利用されるのですよね?」


 園内を一周し、再び入り口に戻ってきた伊藤はそう言った。


「その予定です。後は、結界の確認ですね」


「そちらに関しては我々は関知しておりませんので、お任せ致します。では、失礼します」


 仕事を終えた伊藤は足早に去っていった。視察中もしきりに時計を確認していたので、恐らくこの後に仕事を控えているのだろう。管理職というのも大変だな、と思った。


「さて、アトラクションを利用しようか。といっても、完成してるものは少ないがな」


 伊藤を見送った光画がそう言うと、それまで退屈そうにしていたアリスが「待ってました!」とばかりにテンションを上げてこう言った。


「まずはあれ乗りましょ! あのタコさんの回るやつ!」


 アリスが指名したのは一般的な遊園地でもよく見かける飛行機や動物に乗って上下に動きながら回転するタイプのアトラクションだった。


 仮称安全ランドはコンセプトとして夢の国にも負けないアトラクションを設置する一方、多くの人に親しまれるよう一般的な遊園地にもあるありふれたアトラクションも設置する予定だった。アリスが指名したタコさんライダーは後者のアトラクションという事になる。


「ふむ、いいだろう。しかし、このアトラクションは二人乗りのようだが――」

「そんなの決まってるじゃない。行くわよ、光画さん」


 言うが早いかアリスは光画の手を取ってタコさんライダーに向かっていった。そんな母の様子を見た文月はクスリと笑みを浮かべ、


「私達も行きましょうか」

 と言って控えめに恭弥の手を取った。


 珍妙な顔をしたタコさんの席に座り、安全バーが下りると、いよいよタコさんライダーが動き出した。


 最初はゆったりとした速度だったが、やがて回転速度が上がってくると上下にも動くようになった。それでも、子供向けに作られただけあって工事中の園内を観察する余裕がある。


「完成したら、今度は皆さんで来たいですね」


 文月らしい控えめな要求だった。彼女は風で乱れそうになる髪を手で抑えながら、前の席に乗っている両親を嬉しそうに見ている。


「光画さんもあんな風にはしゃぐんだな」


 見れば、キャーキャー言っているアリスにあてられたのか、光画も楽しそうに手を上げて全身で風を受けていた。


「お父様のあんな姿、初めて見ました」


「確かにイメージにないな。でも、たまにはこんな日があってもいいんじゃないか?」


「ふふ、そうですね」


 次に行ったのは「メグポンのにゃんにゃんアドベンチャー」というアトラクションだった。


 にゃんこ達の住むメグランドが悪のにゃんこ「アクニャン」に侵攻されてしまったので、転生者の手を借りてアクニャンをやっつけようというストーリーのアトラクションだ。


 入り口に立っていたロシアンブルーっぽい三頭身の猫をモチーフにしたマスコットがそう説明してくれた。恐らく、あのマスコットが「メグポン」なのだろう。


 アトラクションとしては転生者に扮したキャストが渡された銃を使って、トロッコで進む内に現れるアクニャンの手先をやっつけるというもののようだった。


「さあアクニャンをやっつけるわよー!」

 チュートリアルが始まる前から気合十分のアリスに対し、


「私こういった事は初めてで、こう、ですか?」


 文月はチュートリアルとして現れたアクニャンの手先とは全然関係のない方向に銃を向けていた。


「ほら、あそこにアクニャンの手先がいるだろ? あれに向かって銃を撃つんだよ」


 文月の手を握って銃の照準を合わせてやる。そして、引き金を引くとアクニャンの手先が「やられたー」と言って倒れていった。


「なるほど。でも、なんだか可哀想です。あんなに可愛いのに……」

「ま、まあアトラクションだから……」


 チュートリアルを終え、トロッコが少し進んで停止した。すると、左右に多種多様なにゃんこ達が現れた。どうやら転生者達に使命を言い渡す場面のようだ。しかし、建設途中による弊害か、オーディオの接触が悪いようだった。


 本来なら「ようこそ、メグポンのにゃんにゃんアドベンチャーへ!」と言っているのだろうが、耳に届くのは「ヨーコッス、エグボンノ、アーアー、アオエンチャーベ!」となってしまっていた。


 メルヘンな世界観が台無しになってしまっている……。


 とはいえ、音響設備を除けばアトラクション自体の出来は非常に良く、これならば老若男女問わず楽しめそうな出来栄えだった。文月も、


「メグポンが可愛かったです。ぬいぐるみとかないんでしょうか」


 と、すっかりメグポンの魅力に取り憑かれたようだった。


「そうねえ。私はメグポンよりアクニャンかしら。ねえ光画さん、マスコットとかぬいぐるみとかないのかしら?」


 やはりあのデフォルメされた猫のマスコットは女性陣に好評のようだった。光画は少し考えるような素振りを見せた後、何か思いついたのかこう言った。


「ふむ。少し待っていてくれないか。恭弥君も一緒に来てくれ。時間がかかるかもしれないから、待っている間に二人でジェットコースターにでも乗っていてくれ」


 不思議そうな顔を見せる二人を後に、恭弥は言われるまま光画について行った。


 迷う事なく進んでいく光画についていくと、バックヤードにたどり着いた。そこには園のマスコットキャラクター達のきぐるみが置かれていた。中には先程のアトラクションにいたメグポン達の姿もあった。


「なるほど。これを着て出ていこうって訳ですね」

「そういう事だ。君はメグポンを着るといい。私はアクニャンを着る」


 言うが早いか光画はいそいそとアクニャンのきぐるみを着始めた。その姿を見て恭弥はニヤリと笑みを浮かべる。


「光画さん、ノリノリじゃないですか」

「せっかくの機会だからな。やるならトコトンまで、だよ」


 光画もまた、ニヤリと笑みを浮かべた。

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