第174話

「このような状況で逢引など、危機感が足りないのではないですか?」


 神楽とデートをした翌日、恭弥は桃花もデートに誘っていた。当初は難色を示していた桃花だったが、最後の思い出作りを手伝ってくれと言うと、渋々ながら承諾してくれた。


「久しぶりに桃花の毒を聞いた気がするよ。来てくれてありがとう。でも、待ち合わせ時間には随分早いんじゃないか? 俺も早めに来たつもりだけど、いつからいたんだ?」


 恭弥は待ち合わせ時間の15分前に着いたが、桃花はすでに待っていたようだった。和装をしているから遠目にもその姿はやたらと目立っていた。


「さてどうでしょう。女を待たせたのです、当然今日は楽しませてくれるのでしょう?」


「手厳しいな。ドライブがてら遊園地に行こうと思うんだけど、どうかな?」


「まあ、よいでしょう。運転は恭弥さんが?」

「もちろん。助手席は桃花が独占してくれ」

「ではコンビニで買い物をしてから向かいましょうか」


「そうだな。買うのはドリンクだけにして、昼飯はどっか途中の店で食べよう。流石にコンビニのおにぎりじゃ寂しいからな」


「ええ、そうしましょうか」


 今日は少し背伸びをして千鶴のスカイラインを借りてきた。お嬢様である桃花を助手席に乗せるにはまだ足りないが、これ以上となれば新たに車を買うしかないので、今回はこれで我慢してもらう。


 本当は誰かにスポーツカーでも借りようかと思ったが、なんとなく桃花は屋根がついていない車は嫌がりそうだと思ったので、この辺が妥協ラインだろう。


 昼食を軽く蕎麦屋で済ませた二人は高速に乗った。目的地である遊園地には、札幌中心部から有料道路を使って車で一時間程度のところにある。


 北海道で一番有名な遊園地であり、家族連れからカップルまで行楽シーズンは大勢の人で賑わっている事で有名だった。


「しかし、よりにもよって遊園地ですか」

 雑談しながら車を流していると、桃花は話の流れをぶった切る形でそう呟いた。


「ん? やっぱり遊園地嫌だったか?」


「いえ、幼少期に一度行ったきりだったものですから、どういう場所なのか思い出せなくて」


「テレビとかで結構やってるだろ――って言っても、桃花はテレビあんま見ないか」


「そうですね。朧げに観覧車が楽しかった事と、絶叫マシンにばかり乗る神楽に呆れていた事は覚えている程度です」


「結構覚えてるじゃないか。幼少期ってお母さんがまだ生きてた頃だよな?」


「ええ。あの頃はまだ少し変わった家族程度でした。しかしその後すぐに、母が妖に取り憑かれたのです。そして、知っての通り父は変わった」


「本質的には変わってないけど思うけどな。ま、何にせよ今日は楽しもうぜ」


「貴方という人は……まあ、よいでしょう。あの記憶を上書きするほどには、楽しませてくださいね?」


「家族との思い出を超えろってか? 相変わらず高いハードルを設定するなあ」


「それぐらいやってみせなさい。でなければ、わたくしの想い人として相応しくありません」


「了解。やるだけやってみるさ」


 遊園地へとたどり着いた二人は、入園料を支払って園内へと足を踏み入れた。目玉アトラクションの一つである3回転するジェットコースター「ドラゴンキング」や、北海道1大きい観覧車である「レインボー」などが目に飛び込んでくる。


「久しぶりに来たけど、めちゃくちゃアトラクションあるんだな。桃花は何乗りたい?」

 貰ったパンフレットを二人で覗きこみながら問いかける。


「そうですね……最初は軽めのものが好ましいです」


「じゃあコーヒーカップなんてどうだ? あれならゆったり座れるしいいんじゃないかな」


「ではそれにしましょうか。さあ、早く行きますよ」


 なんだかんだ言いつつ桃花はこの時点で遊園地を楽しんでくれているようだった。ワクワクという擬音が聞こえてきそうなほどに足取りが軽かった。


 列に加わって順番が来るまでの間、桃花はしきりに「次はこれに乗りましょう」だとか言ってパンフレットから目を離さなかった。これだけ喜んでくれるのならば、連れてきたかいがあったというものだ。


 順番が来て、係員の簡単な注意を受けた二人はコーヒーカップに乗った。ゆったりと回転しながら回るので、周囲の景色を見るのに最適だった。


 ちなみに、回転数を上げる真ん中のハンドルは桃花が動かすと言ってきかなかったので彼女に譲っている。


「見ろよ、あれたぶん俺らくらいの学生連中だぜ。めちゃくちゃ回転数上げてる」


 恭弥の視線の先には、同年代くらいの男子学生4人組が限界まで回転数を上げてはしゃいでいる姿があった。


「わたくし達もやってみますか?」


「冗談だろ。俺はまったり回ってるくらいが一番楽しめる……まさか桃花、本気でやりたいのか?」


「そ、そんな事はありませんよ?」


 普段のキャラとかけ離れた行動を取りたがっている自覚はあるのか、彼女はしどろもどろになりながら否定した。しかし、明らかにやりたがっている。


「しょうがないな……うりゃ!」


 桃花がやらないというのなら俺がやる、とでも言わんばかりに恭弥は思い切りハンドルを回した。すると、すぐにカップの回転数が上がった。


「おらおら、ドンドン行くぞー!」


 ぐんぐんと回転数を上げていくコーヒーカップ。比例するように周囲の景色が歪んでいく。もはや常人であれば吐き気を覚えるほどの回転速度になっていたが、退魔師の二人にとっては軽いアトラクション程度だった。


「なかなか面白いアトラクションでしたね」


「そうだな。まさか桃花がコーヒーカップの限界に挑戦したいってと言うとは思わなかったけど」


「はて、なんの事でしょうか。わたくしはそんな事を言った覚えはありませんよ?」


「とぼけちゃって。次は轟音だっけ?」


「そうですね。道内で一番長いとやらのジェットコースター、楽しみです」


 楽しみとか言う辺り完全にキャラをどこかに置き忘れているように思うが、恭弥はあえて指摘しなかった。指摘したら機嫌を損ねそうだ。


「長いというだけあって、本当に長かったですね。しかし、刺激が足りません」

「俺らにとっちゃな。普通はあれで絶叫するもんだ」


「そうですか。少し期待外れです。一応別のジェットコースターにも乗ろうと思いましたが、どれも似たような感じなのでしょうか」


「んー乗った事ないから知らんがドラゴンキングは3回転するらしいから、ちょっとは刺激があるんじゃないか?」


「では乗りましょう。何事も比較して初めて価値がわかるというものです」


 果たして、ドラゴンキングに乗った桃花の表情には薄っすらと笑みが浮かんでいた。いわく、3回転しているところが刺激的で楽しかったらしい。


 全国的に見てもなかなか上位に位置するであろう絶叫マシンを楽しんでいる辺り、彼女も神楽の事を言えないのでは、と思ったが口には出さない。


 対する恭弥は3回転しているところが、純粋に胃が浮く感じがしてゲッソリしていた。桃花と真逆の表情をしている。


「情けない。あの程度でそんな顔をするなど先が思いやられますよ」


「いや、この遊園地にはあれ以上はないはずだから問題ない。むしろなんで桃花はそんな楽しそうなんだよ。胃が浮く感じしなかったか?」


「それが楽しいのでしょう?」


「……見解の相違というやつだな。次は穏やかなやつにしよう。ゴーカートなんてどうだ?」


「構いませんよ」

「よーし、なら競争だ。負けた方が勝った方にジュース奢るルールだ」


「ふむ。ならば負けられませんね。わたくしの運転技術をお見せしましょう」


 結果として、恭弥はゴーカートで桃花に勝負を挑んだ事を酷く後悔した。彼女はスピード狂で、更に勝負ごとには本気を出すようで、ガツガツ車体をぶつけてくるものだから、予定していたほがらかな勝負にはならなかった。若干トラウマになっているレベルだ。


「わたくしの勝ちですね。ジュースを奢りなさい」

「おかしい……俺の予定していた勝負と違う……」


「……参考までに聞きますが、どんな勝負を予定していたのですか」

 あまりの恭弥の落ち込み具合に、流石の桃花もそう尋ねずにはいられなかった。


「こう、なんていうの? あ、抜いたなーこのこのー的なキャッキャウフフを想定してた」


「甘いですね。勝負なのですからそのような試合運びにはなりませんよ」


「くそう……いいもんねー! 神楽辺りに頼んでキャッキャウフフのレースするから!」


 悔し紛れにそう言ってしまったが、今の言葉で明らかに桃花が苛ついたのがわかった。


「いいでしょう。もう一度です。お望み通りキャッキャウフフなレース展開にしてみせます」


「いや、あの運転を見てからだと無理があるだろう。気持ちが乗り切らない」

「うるさいですよ。いいからもう一度やるのです」

「えぇ……」


 渋る恭弥に痺れを切らした桃花は、彼の手を握って再びゴーカートの列へと並んだ。


 そうして始まった二度目の勝負は、先程とは違った意味で恭弥にトラウマを植え付けた。


 明らかに加減しているとわかるほどにスピードを落として走る桃花を追い抜くと、


「ア、ヌイタナー。コノコノー」


 後ろから一切感情の乗っていない言葉が耳に届いた。ビビりながら後ろを振り向くと、桃花は無表情でその言葉を発していた。


「ひいいいいいいい!」


 恐ろしくなった恭弥はアクセルベタ踏みで桃花から逃げるが、びっしりと尻に付かれて逃げようにも逃げられない。新手の煽り運転だった。


「マテマテー」

「か、勘弁してくれえ!」


 遊園地に恭弥の悲鳴にも似た叫びが響き渡るのだった。

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