第157話 ※残酷描写あり。

「皆さん、準備はいいですか?」

 千鶴が戦闘メンバー全員を乗せて運べるだけの大きさの鳥型式を前に言った。


 戦闘メンバーは恭弥、桃花、神楽、千鶴、薫、秋彦、慶一、英一郎だ。当日を迎えても、神楽の気は晴れなかったらしく、彼女は未だに陰気なオーラを発している。


 恭弥にだけ見えているオーラという訳ではないらしく、隣に立っている英一郎などは酷く居心地悪そうに煙草を吹かしていた。まともに連携が取れるのか心配だった。


 他にも心配事はある。三成の特別メニューをこなしているといっていた光輝が遂に今の今まで姿を現していないのだ。


「では、行きましょうか」

 千鶴の号令で全員が鳥型式に飛び乗る。不安に満ちた決戦が今始まろうとしていた。


 依り代となった文月がいる場所はすでに判明している。黒森峰の中にある旧陸軍研究施設だ。以前、薫と恭弥が冥道院と対峙した場所だ。彼らはそこを拠点にしていたらしい。


 あそこであれば、元々近くに住んでいる人の数も少ないので周辺住民の退去という点ではあまり気にせずに済む。唯一の利点だ。


「神楽、大丈夫か?」

 超高速で空を飛ぶ式に乗りながら、恭弥は神楽に問いかけた。


「何がですか?」


 陰気なオーラを発してはいるが、彼女は表面上普段と変わらない様子を見せた。それがまた何かを企んでいるかのようで一層不気味だった。しかし、


「いや、大丈夫ならいいんだ」


 下手に追求して問題を表出されても困る。この決戦さえ、そう、白面金毛九尾の狐との戦いさえ無事に乗り越えてくれれば後は本当の狭間恭弥が上手い事やってくれるだろう。そう思う事で恭弥は自分を納得させた。


 それから少しもしない内に一同は黒森峰へと到着した。


「これ以上は式での移動は無理なようですね。結界が張られています。皆さん、戦闘準備をお願いします。ここからは徒歩で行きましょう」


 冥道院らしい、他者を拒む結界が黒森峰の入り口に何十にも張り巡らせられていた。


 全員が得物を手に持つ。抜身のそれらは今すぐにでも戦闘が出来る状態、正しく戦闘準備だった。


 油断も慢心もなかったつもりだった。恭弥も鬼の力を解放し、拾壱次元を発動していた。それでも尚、冥道院の嫌がらせは上をいっていた。


「やられた……!」

 恭弥は歯噛みした。結界の内側に足を踏み入れた途端、先程まですぐ側にいたはずの面々の姿が消えていた。


 黒森峰全域に幾重にも張られた結界は「帳」と化していたのだ。結界が「事象」に抗うための「虚像」だとすれば帳は事象そのものだ。つまり、実態そのものに干渉する能力を持っている。だから、帳の内側に侵入した者を任意の場所に転移させられる。


 とはいえそれも条件付きだ。転移させられる地点は帳の内側のみ。黒森峰は退魔師基準ではそこまで広いとはいえない。急げば無事に合流出来るかもしれない。


(全員バラバラに移動させられたって訳じゃないのか……? 何人か固まってる感覚がある……クソ、帳のせいで霊力にノイズが入っててわからん)


 詳しく気配を辿ると、誰かまではわからないが二人ほど同じ場所に転移させられた者がいるのがわかった。恭弥は皆もそこを目指すだろうと考え、自身もそこに向かって移動を開始した。


 同じ頃、一人離れた場所に転移させられた神楽は冥道院と対峙していた。彼と接敵してすぐに援護を呼ぼうと燧で空に向かって花火を打ち上げたが、帳の効果か、それは花開く事なく不発に終わってしまっていた。


「君か、君のお姉ちゃん、どちらかはそうなると思っていたけど、今回は君のようだね」

 冥道院は厭らしく微笑みながらそう言った。


「まるで私に用があったみたいな言い方ですね」


 絶対に一対一でやり合ってはならない。それは、恭弥と千鶴が口を酸っぱくして言っていた事だ。神楽は彼が戦闘の意思を見せないのを好機と見て、話しを長引かせる事にした。そうする事で、少しでも援軍が来る可能性を上げようとしたのだ。


「どんな聖人君子であれ、人にはけがれが付き纏っているものだ。穢は人の根源だ。欲望そのものといってもいい。君達姉妹はそれが人よりも強く発露するらしい。実にわかりやすいよ」


「何を言っているのかさっぱりわかりませんね」

「ふふ、そうかい。今から君に絶望を見せてあげよう」


 そう言って冥道院は祝姫を呼び出した。神楽からしてみれば、先程までニヤニヤと会話をしていたのに急に喧嘩を吹っかけてきたようなものである。得体の知れないものに対する気持ち悪さを抱きつつも、神楽は戦闘開始を決意する。


(初めて見る術式ですね……あれは式でしょうか? いずれにしても汎式ではないっぽいです。なら――)


 初見に技に対して神楽が取った手段は実にシンプルだった。力による強引な式の破壊。それも遠距離から行う事で安全性を保った上でだった。つまり、


「火よ、全ての祖たる輝きよ。その熱を持って我が願いを叶え給え」


 神楽の周囲に圧倒的な熱量を持った炎が渦巻き始める。やがてそれは地面をも侵し、五芒星の煌めきを描いた。


「永劫に燃え盛る劫火の炎、今こそ甦れ。焼き払え、火鳥風月!」


 それは人の三倍はあろうかというほどの巨大な火の鳥だった。英名ではフェニックスとも呼ばれる不死の象徴。燧に宿る伝承、そのものの姿だった。


 けたたましい叫びを上げた火鳥風月は神楽の指示の元、祝姫を焼き尽くさんと襲いかかる。傍目には絶望的にも思える状況で尚、冥道院は笑みを絶やしていなかった。


「僕の祝姫は退魔師の開祖が禁術としたものだ。君らが伝説と呼んでいる存在によって生み出された存在なのさ。対する君の術は伝承の顕れだ。つまりこれは、伝説と伝承のぶつかり合いって事になるね。楽しみだなあ。どちらが勝つかな?」


 いよいよその結果がわかる。火の鳥が祝姫に噛みつき、鋭く尖った爪をその肉に突き立てた。途端、祝姫が業火に包まれた。


 モニュメントのように人工的な白味を帯びた体色が、焼け爛れて炭になっていく。しかし祝姫は再生を司る術だ。炭となった端から肉の芽が現れ再生が行われる。そうして元の体色となった場所を再び火の鳥が炭にしていく。その繰り返しだった。


「やあ、まるで矛盾だね。再生した側から焼かれるものだからどうにもならない」

「……余裕そうですね」


 そう言った神楽の表情は険しかった。それもそのはず、火鳥風月は非常に大食らいな術なのだ。顕現させる際にも大量の霊力を消費するというのに、顕現させた後も際限なく霊力を食らっていく類の術式だった。


 神楽にとって火鳥風月は一撃必殺の術であり、本来このような根比べに使われるような術式ではなかった。いかな豊富に霊力を持つ彼女とて限界はある。


「まあね。このくらいは想定済みだし、何より祝姫は君のと違ってそこまで消費が大きい術ではないからね」


 神楽は歯噛みした。なんの冗談だと嘆きたくなるのを必死に抑え込む。


 通常強力な術というのはそれ相応の代償が必要だ。だというのに、眼前の火鳥風月と完全に互角な術式は自身のそれと比べて消費が少ないなどあり得ない事だった。


(霊力以外の何かを代償に捧げてるに違いないです。何かしないと、このままじゃこっちがやられる……!)


 霊力以外の代償がなんなのかを探り当てなければ、ガス欠でやられてしまうのは見えていた。神楽は、少々無理をして火鳥風月を顕現させたまま霞焔を冥道院に撃ち込んだ。


「ヒッ……!」

 しかし、冥道院が生み出した巨大芋虫の軍勢に霞焔は飲み込まれてしまった。ドサドサと焼け焦げた死体が周囲に散らばる。が、尚も巨大芋虫はうねうねと鎌首をもたげていた。その光景に神楽は在りし日のトラウマが呼び起こされた。


「私は芋虫だけはだいっきらいなんです! 薙ぎ払え! 流離火槌! 」


 破れかぶれに霊力の消費も考えずに神楽は大技を繰り出してしまった。だが、結果として流離火槌は芋虫のみならず冥道院と祝姫にも当たり、拮抗していた火の鳥と祝姫のバランスを崩した。すなわち、祝姫の回復速度を僅かだが上回ったのだ。


「……やれやれ、これだから炎使いは嫌いなんだ」


 冥道院は焼け落ちた左腕から蟲を生やしながらそう言った。恐ろしきは彼の再生力だった。焼け落ちた左腕は元より、全身が焼け爛れているというのにまったく堪えた様子がない。


「す、少しは効いたんじゃないですか?」

 神楽は肩で息をしながらそう言った。だが、自分自身手応えがなかったのはわかっている。これは少しでも時間を稼ぐ事が目的の問いかけだった。


「君の方が疲れてるように見えるよ?」

「芋虫なんか出すからです!」


「そうか、君は芋虫が嫌いなのか。良いことを聞いた。じゃあこんなのはお好きかな?」


 冥道院は印を組むと、先程の巨大芋虫よりも更に巨大な芋虫を生み出した。サイズにして4メートル程度はあるだろうか。うねうね蠕く腹脚に無数の目のような黒玉。その全てがもじょくそと蠢いている。神楽は身の毛がよだつのを抑えられなかった。


「いやあああああああ!」


 神楽は脇目も振らず霞焔を乱射した。炎の塊がその身穿つたび、芋虫はこの世のものとは思えぬ断末魔にも似た悲鳴を上げる。それがまた一層気持ち悪かった。それに、痛みから逃れようと身体を左右にねじるものだから、そのたびに黄緑色の粘液が周囲に散った。


「君は陰の気が人より強い。退魔師である以上、当然知っている事とは思うけど、陰の気が強いという事はそれだけ女性的であるという事だ。実に僕好みでもある」


「あなたに好かれたって気持ち悪いだけです!」


 最後の一撃を顔面に放ち、巨大芋虫を沈黙させた頃には、すでに神楽の額には玉のような汗が流れ出ていた。誰が見ても限界が近かった。それでも尚火鳥風月の術式を維持しているのは感嘆の一言に尽きた。


「そう邪険にするものじゃないよ。場も温まってきたし、そろそろ本題に入ろうか」


 彼にとって今までの戦闘は遊びに過ぎず、文字通りの座興だった。神楽を疲れさせる事で、嫌でも話しに耳を傾けざるを得ない状況を作り出したに過ぎないのだった。

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